薬の大半は、脳に届いていなかった 〜「関所」を越える研究のいま〜
以前、認知症の薬、いま何が変わったのか という記事で、進行を遅らせる新しい薬(レカネマブ、ドナネマブ)をご紹介しました。 あの記事を書いたあと、読者の方からこんなご質問をいただくことがありました。 「せっかく効く薬ができたのに、どうして『少し遅らせる』程度なのですか?」 もっともなご質問だと思います。今回は、その答えのひとつになりそうな話をお届けします。 結論から申し上げると、こういうことでした。 投与した薬の大部分は、そもそも脳に入っていなかった。 脳には、外から入ってくるものを厳しく選り分ける 「関所」 があります。薬は、その関所でほとんど止められていたのです。 そしていま、この関所をどう越えるかという研究が、静かに、しかし確実に進んでいます。 ✅ 脳を守る 血液脳関門(けつえきのうかんもん) という関所があり、抗体の薬はここをほとんど通れません ✅ 突破する方法が2つ試されています。超音波で門を一時的に開ける 方法と、通行証を持った「乗り物」に載せる 方法です ✅ ただし、どちらも まだ数人〜数十人規模 の段階です。期待しすぎず、しかし目は離さずに 目次 脳には「関所」がある 薬は、関所で止められていた 方法① 超音波で門を開ける 方法② 通行証つきの乗り物に載せる ここは正直に ― まだ数人の話です それでも、意味があると思う理由 いま、私たちにできること おわりに 参考にした情報 脳には「関所」がある 脳は、体のなかでも特別に守られている臓器です。 その守りの中心が、血液脳関門(けつえきのうかんもん) と呼ばれるしくみです。英語の頭文字をとって「BBB」と呼ばれることもあります。 脳のなかを走る血管は、壁の細胞どうしがすき間なくぴったりくっついて います。体のほかの場所の血管は、もう少しゆるく、栄養や水分がしみ出せるようになっているのですが、脳だけは違います。 おかげで、細菌や有害な物質は脳に入れません。とてもありがたいしくみ です。 ただ、この関所には困ったところがあります。通してほしい薬まで、まとめて止めてしまう のです。 あなた 体を守るための関所が、治療の邪魔もしてしまうということですか。 Torapon そのとおりなんです。関所は「よい薬」と「悪い物質」を見分けてくれません。 大きな分子は通さない、という単純な基準で門を閉じています。そして、いま使われている認知症の新薬は——まさにその「大きな分子」なのです。 薬は、関所で止められていた レカネマブやドナネマブは、抗体(こうたい) という種類の薬です。 抗体は、体が細菌やウイルスと戦うためにつくるたんぱく質で、とても大きな分子 です。脳のなかにたまったアミロイドβという物質にくっついて、掃除を助けるはたらきをします。 問題は、その大きさでした。 大きい分子ほど、関所を通れません。 抗体の薬を点滴で入れても、脳に届くのは、投与した量のごくわずか(1%にも満たないとされます)。残りは、体のほかの場所をめぐって終わります。 ここで、少し見え方が変わってこないでしょうか。 いまの薬が「進行を少し遅らせる」程度にとどまっているのは、薬の力が弱いから、とはかぎらない のです。そもそも、現場にほとんど到着していなかった。 だとすれば、やるべきことは薬を強くすることではありません。どうやって現場まで届けるか。 いま研究者たちが取り組んでいるのは、そこです。 方法① 超音波で門を開ける ひとつめは、いかにも力技に聞こえる方法です。 ...