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認知機能ってそもそも何? 〜記憶・注意・判断を支える「脳のしくみ」を知る〜
「最近、人の名前がスッと出てこない」 「やることを順序立てて進めるのが、前より大変になってきた」―― そんな小さな引っかかりを感じたことはありませんか? そもそも私たちの「認知機能」とは、いったいどんな能力で、脳のどこが担っているのでしょうか。 これを知っておくと、年を重ねたときに何が起きているのか、どこを大切に守ればいいのかが、ぐっと見通せるようになります。 今日は、認知機能の話の いちばんはじめ――脳のしくみのお話を、できるだけやさしくまとめてみます。 ✅ 認知機能は、記憶・注意・判断などいくつもの能力の集まり。それぞれ脳の違う場所が担っています ✅ 脳は 単独の部屋 ではなく、チームプレー(ネットワーク) で働いています ✅ 「衰える場所」を知れば、「守るべき場所」が見えてきます 目次 そもそも「認知機能」とは? 脳の主役① 前頭前皮質 〜段取りと判断の司令塔〜 脳の主役② 海馬 〜記憶の入り口〜 注意のスイッチを切り替える「サリエンスネットワーク」 脳は「ネットワーク」で動いている 最新の話題:脳をささえる「もう一つの細胞」アストロサイト まとめ おわりに そもそも「認知機能」とは? 「認知機能」と聞くと、なんとなく 記憶力 のことだけを思い浮かべる方が多いかもしれません。 でも実は、認知機能はもっと幅広い能力の集まりです。 代表的なものを並べてみると―― 記憶:新しいことを覚える/思い出す 注意:必要な情報に目を向ける/よそ見をしない 実行機能:段取りを立てる・判断する・優先順位をつける 言語:話す・聞く・読む・書く 視空間認知:地図を読む/物の位置を把握する これらが組み合わさってはじめて、私たちは買い物に行ったり、料理を作ったり、人と会話したりできるわけです。 つまり「認知機能の低下」と一口に言っても、どの能力が、どのくらい衰えているかで見え方はずいぶん違ってきます。 脳の主役① 前頭前皮質 〜段取りと判断の司令塔〜 おでこのすぐ裏側にあるのが 前頭前皮質(ぜんとうぜんひしつ) と呼ばれる場所です。 ここは、人間の脳の中でいちばん「人間らしさ」を支えている部分とも言われています。 担っているのは―― 計画を立てる(旅行の段取り、料理の手順) 判断する(信号を渡るタイミング、買うかどうかの決断) ワーキングメモリ(一時的に情報を頭の中に置いておく能力) がまんする(衝動を抑える) なかでも前頭前皮質の「外側」にある 背外側前頭前皮質(はいがいそく ぜんとうぜん ひしつ) という部分は、注意を維持して、頭の中の情報を操作するときに大活躍します。 たとえば「電話番号を聞いて、それをメモするまでの数秒覚えておく」――こんなとき、ここがフル回転しています。 加齢やストレスでこの場所が弱ると、「段取りが苦手になる」「気が散りやすくなる」といった変化が出やすくなります。 脳の主役② 海馬 〜記憶の入り口〜 耳のすぐ内側、脳の奥のほうに 海馬(かいば) と呼ばれる、タツノオトシゴのような形をした小さな器官があります。 名前は知らなくても、「認知症で最初に縮みやすい場所」として聞いたことがあるかもしれません。 海馬の役割は、ひとことで言えば 「記憶の入り口」。 ...
認知機能はなぜ衰えるの? 〜脳の中で起きている4つの変化〜
「同じ話を何度かしてしまう」 「テレビのリモコンを置いた場所を、つい忘れてしまう」―― そんな小さな変化に気づくたび、「これは年のせい?」「それとも何かのサイン?」 と心配になることはありませんか? 前回の記事 では、認知機能を支える脳の主役たち(前頭前皮質・海馬・サリエンスネットワーク)をご紹介しました。 今回はその続きとして、「では、それらが、どんなふうに衰えていくのか?」 をテーマにお話しします。 仕組みを知っておくと、「むやみに怖がること」も「逆に油断すること」も、少なくなります。 ✅ 脳は加齢で 少しずつ縮みます。でも、衰え方には個人差があります ✅ ポイントは 脳の萎縮・ミエリンの劣化・ネットワークの不調・ストレスや生活習慣 の4つ ✅ 認知症は「ある日突然」ではなく、何年もかけて少しずつ進んでいきます 目次 そもそも脳は何歳まで成長するの? 脳の萎縮 〜灰白質がやせていく〜 ミエリンの劣化 〜情報の通り道が傷んでくる〜 ネットワークの不調 〜切り替えが鈍くなる〜 ストレスと生活習慣 〜脳をすり減らす要因〜 認知症のタイプによってメカニズムも違う まとめ おわりに そもそも脳は何歳まで成長するの? 意外に思われるかもしれませんが、脳は20代の前半くらいまで「育っている途中」 です。 特に、脳の中の電線にあたる「ミエリン」(神経の通り道を保護する膜)は、20代半ばでようやく完成するといわれています。 つまり―― 0〜25歳ごろ:脳がぐんぐん育つ時期 30〜50代:成熟していて、もっとも安定している時期 60代以降:少しずつ機能が変化していく時期 「もう年だから」と思いがちですが、60〜70代で新しいことを学んでも、ちゃんと脳の中で回路ができることが分かってきています。 これを 神経可塑性(しんけい かそせい) と呼びます。 衰えの話の前に、ぜひこの 「脳は変わり続ける」 という事実を、いちばんはじめに知っておいてください。 脳の萎縮 〜灰白質がやせていく〜 脳の表面は、灰白質(かいはくしつ) と呼ばれる神経細胞の集まりでできています。 年を重ねると、この灰白質が 少しずつ薄く・小さく なっていきます。これが 脳の萎縮(いしゅく) と呼ばれる変化です。 萎縮しやすい場所 特に縮みやすいのが、前回ご紹介した2か所―― 前頭前皮質:段取り・判断を担う場所 海馬:記憶の入り口 だからこそ、年を重ねると、 「段取りを立てるのが面倒」になったり 「新しいことが頭に入りにくい」と感じたり する変化が出てきます。 でも、これは「普通の老化」 ここで大事なのは、年相応の萎縮は誰にでも起きるということ。 健康な脳でも、毎年わずかずつ縮みます。 それでも何ら困ることなく暮らせている方が大勢いらっしゃいます。 「萎縮=認知症」ではありません。 萎縮があっても、認知機能が保たれている方はたくさんいます。 ...
いちばん「頭が働く」のは何歳ごろ? 〜研究が示した「55〜60歳」という答え〜
「人の名前が、すぐに出てこない」 「新しい機械の使い方を覚えるのが、若いころより時間がかかる」 そんなふうに感じて、「もう歳だから」とため息をついたことはありませんか? ところが2025年、その常識をゆさぶる研究が発表されました。心の働きを総合すると、いちばん高くなるのは20代ではなく、55〜60歳ごろだというのです。 理学療法士として現場に立っていると、年齢を重ねた方の落ち着いた判断に、何度も助けられてきました。今回は、その感覚を裏づけるような研究のお話です。 ✅ 「頭のよさ」は一つではありません。覚えるスピードは20代がピークでも、知識・ことば・経験は60代まで伸びていくことがわかっています ✅ 16の側面をまとめると、総合的なピークは55〜60歳ごろ。下がりはじめるのは65歳ごろ、下がり方が大きくなるのは75歳以降と報告されました ✅ ただし、これは平均の傾向の話です。個人差はとても大きく、「何歳だからこう」と決めつけられるものではありません 目次 「頭のよさ」は、ひとつじゃない 16の側面を足し合わせたら、山のかたちになった 70代・80代まで伸びつづけるものもある この研究には、限界もあります 現場で感じていること いま私たちにできること おわりに 「頭のよさ」は、ひとつじゃない あなた 頭の働きは、若いころがいちばんいい……そう思っていました。 Torapon 半分は当たっていて、半分はちがうんです。「頭のよさ」には少なくとも2種類あると考えられていて、その2つは年齢とともに反対の方向に動くんですよ。 心理学では、「頭のよさ」を大きく2つに分けて考えます。 覚えるスピードや、初めての問題を解く力(専門的には「流動性知能」といいます)……こちらは20代ごろがピークで、そのあとゆっくり下がっていきます 知識・ことば・積み上げた経験(「結晶性知能」といいます)……こちらは60代ごろまで伸びつづけると報告されています 「人の名前が出てこない」「新しい機械に手間取る」というのは、前者の変化です。たしかにそこは、年齢とともにゆっくりになります。 でもそのあいだに、もう一方はずっと育ち続けているのです。長年つちかった知識、ことばの豊かさ、「こういうときは、こうしたほうがいい」という勘どころ。それらは、若いころには持っていなかったものです。 脳の中で何が起きて「ゆっくりめ」になるのかは、こちらの記事でくわしくお話ししています。 👉 認知機能はなぜ衰えるの?〜脳の中で起きている4つの変化〜 16の側面を足し合わせたら、山のかたちになった ここで紹介したいのが、オーストラリアの西オーストラリア大学のジル・ギニャック博士と、ポーランドのワルシャワ大学のマルチン・ザイェンコフスキ博士による研究です。2025年に、心理学の専門誌『Intelligence(インテリジェンス)』に発表されました。 二人が取り組んだのは、こんな疑問です。 「覚える力のピークが20代なら、どうして仕事で成果を出す人のピークは、50代後半なのだろう?」 そこで研究チームは、「人生をうまく運ぶ力」に関わる9つの分野・16の側面を選び出しました。推論する力、記憶、考えるスピード、知識、感情をあつかう力、まじめさ、気持ちの安定、お金についての判断力、道徳的な考え方、思いこみに振り回されにくさ……といったものです。 そして、それぞれについて「年齢とともにどう変わるか」を既存の大規模なデータから集め、同じものさしにそろえて、一本の指標にまとめました。 その結果が、こちらです。 18歳からぐんぐん上がり、55〜60歳ごろがいちばん高い 65歳ごろから下がりはじめ、75歳以降は下がり方が大きくなる 計算の仕方を変えても、ピークはやはり55〜60歳ごろ あなた 55〜60歳がピーク……。ちょうど、いちばん忙しい時期ですね。 Torapon そうなんです。会社で責任のある立場を任される時期と、ぴったり重なります。研究チームも、「仕事で成果が出るピークと、この山の頂上はほぼ同じ」だと述べています。経験を積んだ人が現場で頼りにされるのは、気のせいではなかった、というわけですね。 なお、「経験でみがかれる力」を重く見て計算した場合、85歳ごろの高さは18歳のころと同じくらいになったとも報告されています。ただし中身は別もので、得意なことと苦手なことが入れ替わっている——そんなイメージです。 70代・80代まで伸びつづけるものもある この研究でとくに興味深いのは、60歳を過ぎても伸びつづけるものがあった点です。 「もったいない」に引きずられにくい……たとえば、あまり面白くない映画を観ていて、「お金を払ったのだから、最後まで観ないと損だ」と思って座り続けてしまう。こういう判断のくせは、だれにでもあります。ところが年齢を重ねた方は、ここで上手に切り上げられると報告されています。しかもこの力は、70代・80代まで伸びつづける可能性があるそうです お金についての判断力……60代後半ごろまで伸びていきます 道徳的な考え方……年齢とともに深まっていくと報告されています まじめさ(几帳面さ)や、気持ちの安定……60代から70代にかけて、いちばん高くなっていきます いっぽうで、中年以降にゆっくり下がっていくものもありました。頭の切り替えの早さ、相手の考えを読みとる力(65歳ごろから)、そして「あれこれ考えたい」という意欲などです。 あなた 年をとると、頑固になるものだと思っていました。 Torapon おもしろいですよね。あわてて飛びつかず、落ち着いて決められる——それも立派な力です。若さの「速さ」とはちがう種類の強さが、年齢とともに育っている、ということなんです。 この研究には、限界もあります ここは大事なところなので、正直にお伝えします。この研究には、いくつか気をつけて読むべき点があります。 多くが「横断データ」である……同じ人を何十年も追いかけたのではなく、いろいろな年齢の人を、同じ時期に比べたものが中心です。そのため、「年齢による変化」と「育った時代のちがい」が混ざっている可能性があります 欧米のデータが中心……主に欧米の豊かな国のデータから集められています。日本を含む他の地域でも同じ形になるかは、これから調べる必要があります あくまで「平均」の話……人によるちがいは、とても大きいものです 研究チームは論文の中で、「高度な判断を求められる仕事には、40歳未満や65歳以上の人は向きにくいかもしれない」という見方にも触れています。ただ、これは平均から導いた一般論です。 年齢だけを見て「この人はもう」と判断するのではなく、その人が実際にどうかを見る。研究者自身も、そこを強調しています。 現場で感じていること 理学療法士として働いていると、年齢を重ねた方の「落ち着き」に助けられる場面が、たしかにあります。 ...
50〜75歳で、脳の「掃除係」が入れ替わる? 〜40人の脳が教えてくれた、年齢とミクログリアの話〜
脳の中には、ゴミを片づけたり、異常がないか見回ったりする「掃除係」のような細胞がいます。ミクログリア(=脳の中で、免疫の見張りと片づけをする細胞のこと)です。 これまで、この掃除係は「お母さんのおなかにいるころに作られ、一生その仲間で脳を守り続ける」と考えられてきました。 ところが2026年7月、アメリカの研究チームが、学術誌『Science』に「50〜75歳のあいだに、この掃除係が、血液から来た細胞に似た仲間へ入れ替わっていく」という研究を発表しました。アメリカ国立衛生研究所(NIH)も、8月にこの研究を紹介しています。 ✅ 亡くなった方40人の脳(記憶にかかわる「海馬」)を調べた研究で、50〜75歳のあいだに、もとからの掃除係が減り、血液の細胞に似た仲間に置き換わっていたことが分かりました ✅ 新しい仲間は、炎症を起こしやすい特徴を持っていました。ただし、それが物忘れや認知症につながるのかは、まだ分かっていません ✅ これは基礎研究です。1人の脳を一度だけ調べたもので、「これをすれば防げる」という話ではありません 目次 脳の「掃除係」ミクログリアとは? 亡くなった方40人の脳を、細胞1つずつ調べた 50〜75歳で、掃除係が入れ替わっていた 分かったこと、まだ分からないこと いま、私たちにできること おわりに 参考にした情報 脳の「掃除係」ミクログリアとは? 脳には、考えたり覚えたりする「神経細胞」のほかに、それを支えるさまざまな細胞がいます。 ミクログリアは、そのうちの免疫(=体を守るしくみ)の担当です。古くなったものを片づけたり、異常があると炎症を起こして対応したりします。 これまでの考え方は、こうでした。 ミクログリアは、お母さんのおなかにいるころに脳に住みつく 大人になってからも、自分たちで分かれて増えながら、一生その仲間で脳を守る ただし、この考え方は、主にマウスの研究から来たものでした。人の脳で本当にそうなのかは、はっきりしていなかったのです。 あなた 人の脳の細胞が、どこから来たのかなんて、調べられるんですか? Torapon そこが、今回の研究の工夫なんです。細胞の中のDNAには、「どこで生まれたか」の手がかりになる目印が残っています。その目印を、細胞1つずつ読んだんですね。 亡くなった方40人の脳を、細胞1つずつ調べた 研究したのは、カリフォルニア大学サンディエゴ校、カリフォルニア大学アーバイン校、ニューヨーク・ゲノムセンターなどのチームです(学術誌『Science』2026年7月23日)。 調べたのは、亡くなった方40人から提供された脳です。 場所は、記憶にかかわる「海馬(かいば)」 亡くなる前に、脳の病気がなかった人たち 年齢は20代から80代以上まで。年代ごとに10人ずつ、男女半々になるように選ばれていました そして、細胞を1つずつ取り出して、次のようなことを調べました。 どの遺伝子が働いているか DNAについている「目印」(=その細胞の生まれや経歴が残る、化学的なしるし) DNAが細胞の中で、どう折りたたまれているか NIHの発表によると、とくにDNAの目印を読んだことで、ふだんの遺伝子の働きだけでは見えなかった「細胞の生まれ」の違いが見えてきた、ということです。 50〜75歳で、掃除係が入れ替わっていた 結果は、次のとおりでした。 50〜75歳のあいだに、おなかの中にいたころからの、もとの掃除係が減っていた 代わりに、血液の白血球の一種(単球)から生まれた掃除係に似た細胞が増えていた 論文の先行公開版によると、20〜40歳の人ではほとんどが「もとからのタイプ」、80歳以上の人では、ほとんどが新しいタイプでした 新しいタイプの掃除係は、炎症を起こしやすい準備ができた状態の特徴を持っていました。NIHの発表では「炎症のしるしが強い細胞」と説明されています。 あなた それって、年をとると脳に炎症が起きやすくなる、ということですか? Torapon 研究チームは「慢性の炎症の一因になるかもしれない」と考えています。ただ、まだ「かもしれない」の段階です。入れ替わりが、脳にとって悪いことなのか、良いことなのかも、決まっていません。 ほかにも、海馬では年齢とともに、神経のつなぎ目を支える細胞(アストロサイト)が大きく減っていたことも報告されています。 脳の炎症については、こちらでも紹介しています。 👉 アルツハイマーの「炎症スイッチ」が見つかった? 分かったこと、まだ分からないこと ほぼ同じ時期(2026年7月30日)に、別のチーム(スタンフォード大学など)も、学術誌『Nature』に近い結果を発表しています。 高齢の20人の脳を調べたところ、全員で、骨髄(=血液の細胞を作る場所)から来た細胞が脳に入りこんでいたというものです。その細胞は掃除係とよく似ていて、掃除係の大きな割合を占めることもありました。2つの研究は、別々の方法で、同じ方向の答えを出したことになります。 ただし、まだ分からないことがたくさんあります。 同じ人を追いかけたわけではない……1人の脳を一度だけ調べ、若い人と年配の人を見くらべた研究です。1人の脳の中で、実際に入れ替わる様子を見たわけではありません 「似ている」であって、確定ではない……新しい細胞は、血液から来た細胞に「似ていた」と書かれています 人数は40人、場所は海馬だけ……脳のほかの場所でも同じかは、分かりません なぜ入れ替わるのか……もとの掃除係が減る理由は、まだ分かっていません 認知症との関係……入れ替わりが、アルツハイマー病などに直接かかわるのかは、これからの研究です あなた 「炎症を起こしやすい細胞に入れ替わる」と聞くと、ちょっと不安になります。 Torapon お気持ちは分かります。でも『Nature』の研究では、血液を作る細胞に、年齢とともに起きるある種の変化を持つ人で、アルツハイマー病が少ない関係も見られています。入れ替わりを悪いことと決めつけるのは早い、ということです。まだ、どちらとも言えない段階です。 いま、私たちにできること ここからは、今回の研究とは別の話です。研究は「掃除係が入れ替わる」ことを見つけたもので、「何をすれば入れ替わりを防げるか」を調べたものではありません。 そのうえで、これまでの研究で、脳の健康によいと言われている生活習慣を、あらためて挙げておきます。 ☑ 体を動かす……散歩や体操など、続けられる運動を ☑ よく眠る……寝る時間と起きる時間を、なるべくそろえる ☑ 歯と口を清潔に……歯周病の炎症は、体全体の炎症にかかわると言われています ☑ 血圧や血糖を、かかりつけ医と一緒に見ていく どれも、特別なことではありません。50歳を過ぎて、脳の中でも「世代交代」が起きているかもしれない。そう思うと、ふだんの暮らしを大切にする理由が、ひとつ増えるかもしれません。 ...
今日から始める「脳の守り方」 〜4本柱で続ける認知機能の予防〜
第1回 では脳の主役たちを、 第2回 では脳が衰えていく仕組みを、ご一緒に見てきました。 ここまでくると、こんな声が聞こえてきそうです。 「で、結局、なにをすればいいの?」―― ご安心ください。最終回の今回は、今日から始められる「脳の守り方」 を、4つの柱にまとめてご紹介します。 特別な道具も、難しい知識も必要ありません。 毎日の暮らしの中で、少しずつ積み重ねるだけ です。 ✅ 守り方の柱は 「運動」「食事」「人とのつながり」「睡眠」 の4つ ✅ どれか1つでもOK。「これなら続けられそう」 から始めるのがコツ ✅ 脳は 何歳になっても変わる力(神経可塑性) を持っています 目次 大前提:脳は何歳になっても変わる 運動 〜歩くことから始められる、いちばん確かな予防策〜 食事 〜血管をいたわることが、脳を守ること〜 人とのつながり 〜「認知的予備能」を育てる暮らし方〜 睡眠 〜眠っている間に、脳は記憶を整えている〜 気になったら早めに専門医へ まとめ おわりに 大前提:脳は何歳になっても変わる 予防のお話に入る前に、もう一度お伝えしたい大事なことがあります。 それは、脳は何歳になっても新しい回路を作る力を持っているということです。 専門用語では 神経可塑性(しんけい かそせい) と呼ばれます。 60歳から新しい楽器を始めた方 70歳から英会話を学び始めた方 80歳から絵を描き始めた方 そういう方たちの脳をMRIで見ると、実際に脳の構造が変わっていることが研究で報告されています。 「もう年だから」と思った瞬間に、脳の成長は止まりがちです。 「やってみよう」と思った瞬間から、脳はまた動き出します。 ここから紹介する4つの柱は、その「動き出した脳」を 育て、守る ための土台です。 運動 〜歩くことから始められる、いちばん確かな予防策〜 研究で いちばんはっきり効果が示されているのが、運動 です。 なかでも 有酸素運動(ウォーキング、軽いジョギング、水中歩行など)は―― 前頭前皮質や海馬の 灰白質を増やす 左右の脳をつなぐ 連絡網を強くする ミエリン(神経の保護膜)の修復を助ける ことが分かっています。 どのくらい、何を? 目安は1日5,000〜7,500歩。これだけで認知症リスクがしっかり下がるという研究があります 少し息が弾むくらいの早歩き を、合間に1〜2分でも入れる 週に2〜3回、ストレッチや軽い筋トレも組み合わせる 詳しくは、こちらの記事もあわせてどうぞ。 👉 1日5,000〜7,500歩で認知症リスクがぐっと下がる 👉 認知症リスクを45%下げる運動習慣 ...
認知症の種類とMCIをやさしく解説 〜母のアルツハイマーから学んだ早期対応の大切さ〜
ご家族の物忘れが増えてきた、同じことを何度も聞かれる、財布や鍵をしまった場所を忘れる…。 そんな様子を見て、**「もしかして認知症かも」**と心配されていませんか? 「でも、どこに相談したらいいの?」 「本人が病院に行きたがらない」 そう悩んで、一歩踏み出せずにいる方も多いと思います。 私の母も、2017年頃から物忘れの様子が目立つようになり、のちにアルツハイマー型認知症と診断されました。家族として辛い時期を経験しましたが、今になって、こう思うことがあります。 「もっと早く相談していれば…」 と。 この記事では、認知症の種類とMCI(軽度認知障害)をやさしく解説しつつ、私自身の家族の経験から学んだ「早期対応の大切さ」をお伝えします。 ✅ 認知症は 1種類じゃない。主に4つのタイプがあります ✅ MCI(軽度認知障害)は認知症の一歩手前。気づいた時が一番大事なタイミング ✅ まずは 地域包括支援センター へ。無料で誰でも相談できます 目次 そもそも認知症とは? 認知症の主な4種類 軽度認知障害(MCI)— 認知症の一歩手前 我が家の経験 — 母のアルツハイマーと家族の時間 困ったときの相談先 まとめ — チェックリスト おわりに そもそも認知症とは? 認知症とは、いろいろな原因で脳の働きが弱くなり、生活に支障が出てくる状態のことを言います。 「物忘れ」と「認知症」は、似ているようで違います。 加齢による物忘れ 認知症 忘れる範囲 体験の 一部 を忘れる 体験 そのもの を忘れる 自覚 本人が気づいている 本人が気づきにくい 日常生活 支障はない 支障が出てくる たとえば、こんな違いがあります。 「朝ご飯に何を食べたか思い出せない」のは 加齢の物忘れ 「朝ご飯を食べたこと自体を覚えていない」のが 認知症のサイン ここに、大きな違いがあります。 認知症の主な4種類 認知症と一口に言っても、原因となる病気は大きく分けて 4つ あります。 種類 おおよその割合 主な特徴 アルツハイマー型認知症 約 6割 物忘れから始まり、ゆっくり進行 血管性認知症 約 2割 脳梗塞・脳出血が原因。手足の麻痺を伴うことも レビー小体型認知症 約 1割 幻視、パーキンソン症状(手のふるえ・小刻み歩行) 前頭側頭型認知症 数% 性格の変化、社会のルールを守れなくなる ※ 厚生労働省・国立長寿医療研究センターの資料をもとにまとめています。 ...
『何を、どれくらい』のヒントが見えてきました 〜MCIから始める運動の最適解〜
「MCI(軽度認知障害) と言われたけれど、いったい何から始めればいいのか分からない…」 「運動がいいのは分かるけど、 何を、どれくらい やれば本当に効くのかしら?」 そんなお声を、地域の体操教室や介護現場でよく耳にします。 実は、2026年に入ってから MCIや軽度の認知症の方を対象にした運動研究 が立て続けに公表されました。 中身を読んでみると、これまで「とりあえず体を動かしましょう」と曖昧になっていた部分に、 具体的な答えのヒント が見えてきています。 今日は、特に注目したい 2つの研究 を、現場の目線でやさしくご紹介します。 ✅ 「何を、どれくらい」が見えてきました:複数の運動を組み合わせて、週3回以上 がひとつの目安です ✅ 続けることが何より大切:5年間の追跡では、参加率60%以上 のグループに認知機能の安定した経過傾向がみられました ✅ 一人で頑張らないこと:地域の仲間と一緒にやると 長続きしやすい——これが「効く運動」の隠れた条件かもしれません 少し長めの記事になりますので、気になるところからお読みください。 そもそも:MCI(軽度認知障害)ってどんな状態? 研究①:MCIの方に「どんな運動が効く」のか? 研究②:5年続けると、本当に差が出るのか? 「組み合わせる」と「続ける」のかけ算 家でできる組み合わせ運動の例 Toraponの現場から:地域体操教室で感じていること いま私たちにできること おわりに 〜進行しても、遅らせることはできる〜 そもそも:MCI(軽度認知障害)ってどんな状態? MCI(エム・シー・アイ) は Mild Cognitive Impairment の略で、日本語では「軽度認知障害」と呼ばれます。 ひとことで言うと、 「年相応の物忘れ」と「認知症」の あいだの状態 です。本人やご家族が「あれ?」と気付くことはあっても、まだ日常生活には大きな支障が出ていない段階のことを言います。 ただ、ここからが大事な話で、MCIは そのままにしておくと数年で認知症に進む方 もいれば、 元の状態に戻られる方や、長く安定したまま過ごされる方 もいらっしゃいます。 つまり、MCIは 「いま何をするか」で先が変わってくる段階 ——「分かれ道」のような時期です。 だからこそ、 「何を、どれくらいやればいいのか」 をできるだけ具体的に知っておきたいですよね。 研究①:MCIの方に「どんな運動が効く」のか? ひとつ目は、 MCIの方にどんな運動が一番効くのか を世界中の研究をまとめて比較した報告です(ネットワークメタ解析 と呼ばれる手法)。 複数のランダム化比較試験を集めて、 有酸素運動(ウォーキング・自転車など) 筋トレ(レジスタンス運動) バランス運動(太極拳・体操など) デュアルタスク(二重課題) 運動 を、 どれが一番認知機能を改善するか という観点で比べたものです。 ...
ひとりで頑張るのと、支えのある形で続けるのとでは、違うのでしょうか? 〜1,065人を2年間くじ引きで分けた研究から〜
「体にいいのは分かっているんです。でも、一人だとどうしても続かなくて」 地域の体操教室でも、リハビリの場面でも、私がいちばんよく聞くお話です。そして、たいていそのあとに、こう続きます。 「私は、意志が弱いから」 2026年7月、その受け止め方を少し変えてくれそうな研究が、医学雑誌『The Lancet(ランセット)』に発表されました。 先にお伝えしておきます。この研究は「運動や食事が効くかどうか」を調べたものではありません。 調べたのは、同じテーマの生活改善を、手厚い支えのもとで続けるか、アドバイスをもらって自分で取り組むか の違いでした。 ✅ 中南米11か国の1,065人(平均67.5歳)を、くじ引きで2つのグループに分けて2年間 比べました。比べたのは「スタッフの指導と、仲間との集まり(2年間で38回)がある、手厚く支えるやり方」と「アドバイスをもらって、自分で取り組むやり方(集まりは4回)」です ✅ 認知機能テストの点の伸びは、手厚く支えたグループが1年あたり0.31、自分で取り組むグループが1年あたり0.20 (どちらも「標準偏差」という統計の単位です)。その開きは 1年あたり0.11 でした ✅ ただし、これは 認知機能テストの点についての話 です。暮らしの中で何がどう変わるのか、認知症そのものが減るのかまでは、この2年間の研究では 分かっていません 「何を、どれくらいやればいいのか」については、以前の記事にまとめました。今回はその続きで、「どういう形でやるのか」 のお話です。 👉 『何を、どれくらい』のヒントが見えてきました 〜MCIから始める運動の最適解〜 目次 そもそも何を比べた研究なのか くじ引きで分ける試験という形 結果はこうでした この数字をどう受け取るか 正直に書いておきたいこの研究の限界 理学療法士として現場で思うこと いま私たちにできること おわりに 参考にした情報 そもそも何を比べた研究なのか 研究の名前は LatAm-FINGERS (ラタム・フィンガーズ)といいます。中南米の11か国が参加した、大がかりな研究です。 参加したのは 1,065人、平均年齢は 67.5歳。期間は 2年間 でした。60〜77歳で、血圧などの危険因子があって認知症になりやすいと判定され、テストの成績もやや低めだった方々です。 扱ったテーマは、両方のグループとも同じです。 運動 食事の見直し 頭を使う活動 血管の危険因子の管理(血圧・血糖・コレステロールなどを整えること) このように、ひとつのことだけでなく、いくつもの生活習慣をまとめて整えるやり方を 多因子介入 (たいんしかいにゅう)と呼びます。 ここがこの研究のいちばん大事なところです。テーマは同じでも、支え方の手厚さがまったく違いました。 手厚く支えたグループ(539人) 自分で取り組むグループ(526人) 運動 スタッフの指導つき アドバイスのみ 食事 脳によいとされる食事法をもとにした相談 アドバイスのみ 頭を使う活動 パソコンを使ったトレーニング アドバイスのみ 血圧などの管理 定期的なチェック アドバイスのみ グループでの集まり 2年間で38回 2年間で4回 つまり、この研究が比べたのは「やる人」と「何もしない人」ではありません。どちらのグループも、生活を良くすることに取り組んでいます。 違ったのは、専門スタッフの指導や見守りと、仲間と集まる機会の多さ でした。ここは、あとでもう一度触れます。 ...
誰かの役に立つことが、脳を守る? 〜ボランティアと認知機能の研究から〜
「親がアルツハイマー型認知症だったから、自分もなるのでは」。 そんな心配を口にされる方は、少なくありません。たしかに、認知症にはなりやすさに関わる遺伝子があります。でも、遺伝子だけで、すべてが決まるわけではないようです。 2026年9月に、遺伝的になりやすい人でも、ボランティアを続けると、頭の衰えがゆるやかだったという研究が発表されました。 ✅ アメリカの約1万8千人を最長22年追った研究で、アルツハイマーになりやすい遺伝子を持つ人の速い衰えが、ボランティアを続けると、ゆるやかになっていました ✅ 量は控えめでよく、週に数時間くらいまでで関係が見られました。たくさんやった人で、より良かったわけではありません ✅ 日本の研究でも、65〜74歳で地域の会に参加している人は、認知症が少なかったという報告があります。ただし、どれも「関係が見られた」という研究です 目次 アルツハイマーになりやすい遺伝子とは? ボランティアを始めると、衰えがゆるやかに やりすぎなくて、いい 日本では「世話役」をしている人が いま、私たちにできること おわりに 参考にした情報 アルツハイマーになりやすい遺伝子とは? APOE ε4(アポイー・イプシロンフォー)という遺伝子のタイプを持つ人は、アルツハイマー型認知症になりやすいことが知られています。 今回の研究の参加者では、4人に1人ほどが、このタイプを1つ持っていました。 あなた 自分が持っているかどうか、調べたほうがいいんでしょうか? Torapon いいえ、この記事は「調べましょう」という話ではありません。持っているかどうかを知らなくても、できることは同じです。むしろ「遺伝で不利な人にも、まだやれることがある」という、希望の話として読んでください。 ボランティアを始めると、衰えがゆるやかに 研究は、アメリカの全国調査に参加した約1万8千人(はじめの年齢51〜74歳)を、1998年から2020年まで、2年ごとに追いかけたものです(学術誌『Alzheimer’s & Dementia』2026年9月)。 毎回、電話で頭の働き(単語を覚えて思い出す・引き算・数を逆に数える)を測り、あわせて次の2つを聞いています。 ボランティア……宗教・教育・健康・福祉などの団体で、ボランティアをしたか 身近な手助け……一緒に住んでいない友人・近所・親戚を、お金をもらわずに手伝ったか この研究の工夫は、同じ人で「始める前」と「その後」を比べたことです。もともと元気な人がボランティアをしている、という差を、できるだけ取りのぞいています。 結果は、次のとおりでした。 遺伝子を持つ人は、持たない人にくらべて、頭の衰えが速かった ところが、ボランティアを始めると、その速い衰えがゆるやかになっていた 逆に、ボランティアをやめると、衰えが急になっていた 研究チームの計算では、たとえば60歳で、アルツハイマーになりやすいタイプの遺伝子(APOE ε4)を2つ持つ人が、ボランティアを続けた場合、頭の働きが「低下」の目安まで下がるのが約2年遅い、という例が示されています(あくまで計算上の一例です)。 この遺伝子は、両親から1つずつ受け継ぎます。「2つ持つ」とは、両親の両方から、なりやすいタイプを受け継いだ人のことで、今回の参加者では約2%でした。 あなた 近所の人を手伝うのも、同じように良いんですか? Torapon それが、全体では「良い方向だけれど、はっきりしない」という結果でした(時間を少し空けて見た分析では、全体でも良い関係が出ています)。ヒスパニック系(中南米にルーツのある人たち)では、はっきり良い関係が見られました。人を手伝うことの意味は、文化や暮らし方によっても変わるのかもしれません。 やりすぎなくて、いい もうひとつ、おもしろい結果があります。ボランティアの時間です。 新しく始めたボランティアの時間(1年あたり) 週にすると 衰えをゆるやかにする関係 1〜99時間 2時間弱まで あり 100〜199時間 2〜4時間ほど あり 200時間以上 4時間ほど以上 はっきりせず たくさんやった人ほど良かった、わけではありませんでした。研究チームは、やりすぎると負担が大きくなり、良い面が打ち消されるのかもしれないと考えています。 あなた 週に数時間なら、できそうな気がします。 Torapon そうなんです。「無理なく、続けられる量で」。それが、この研究からいちばん伝えたいことです。 日本では「世話役」をしている人が 日本にも、近い研究があります。愛知県などの高齢者約1万5千人を、約10年追った研究です(AGES研究、2017年)。 65〜74歳では、趣味・スポーツ・ボランティアなど地域の会に参加している人は、参加していない人にくらべて、認知症になった人が約25%少なかった さらに、会長・世話役・会計などの役についている人は、ふつうの会員にくらべて、約20%少なかった 75歳以上では、はっきりした関係は見られませんでした アメリカの研究とあわせると、「人の役に立つ役割」を持つことに、何か意味がありそうです。 ただし、どちらもくじ引きで割り振った研究ではありません。元気だから参加できる、という面も残ります。「ボランティアをすれば認知症を防げる」とまでは言えないことは、心にとめておいてください。 ...