「最近、人の名前がスッと出てこない」
「やることを順序立てて進めるのが、前より大変になってきた」――
そんな小さな引っかかりを感じたことはありませんか?

そもそも私たちの「認知機能」とは、いったいどんな能力で、脳のどこが担っているのでしょうか。
これを知っておくと、年を重ねたときに何が起きているのかどこを大切に守ればいいのかが、ぐっと見通せるようになります。

今日は、認知機能の話の いちばんはじめ――脳のしくみのお話を、できるだけやさしくまとめてみます。


✅ 認知機能は、記憶・注意・判断などいくつもの能力の集まり。それぞれ脳の違う場所が担っています

✅ 脳は 単独の部屋 ではなく、チームプレー(ネットワーク) で働いています

✅ 「衰える場所」を知れば、「守るべき場所」が見えてきます


目次

  1. そもそも「認知機能」とは?
  2. 脳の主役① 前頭前皮質 〜段取りと判断の司令塔〜
  3. 脳の主役② 海馬 〜記憶の入り口〜
  4. 注意のスイッチを切り替える「サリエンスネットワーク」
  5. 脳は「ネットワーク」で動いている
  6. 最新の話題:脳をささえる「もう一つの細胞」アストロサイト
  7. まとめ
  8. おわりに

そもそも「認知機能」とは?

「認知機能」と聞くと、なんとなく 記憶力 のことだけを思い浮かべる方が多いかもしれません。
でも実は、認知機能はもっと幅広い能力の集まりです。

代表的なものを並べてみると――

  • 記憶:新しいことを覚える/思い出す
  • 注意:必要な情報に目を向ける/よそ見をしない
  • 実行機能:段取りを立てる・判断する・優先順位をつける
  • 言語:話す・聞く・読む・書く
  • 視空間認知:地図を読む/物の位置を把握する

これらが組み合わさってはじめて、私たちは買い物に行ったり、料理を作ったり、人と会話したりできるわけです。

つまり「認知機能の低下」と一口に言っても、どの能力が、どのくらい衰えているかで見え方はずいぶん違ってきます。


脳の主役① 前頭前皮質
〜段取りと判断の司令塔〜

前頭前皮質のイラスト

おでこのすぐ裏側にあるのが 前頭前皮質(ぜんとうぜんひしつ) と呼ばれる場所です。
ここは、人間の脳の中でいちばん「人間らしさ」を支えている部分とも言われています。

担っているのは――

  • 計画を立てる(旅行の段取り、料理の手順)
  • 判断する(信号を渡るタイミング、買うかどうかの決断)
  • ワーキングメモリ(一時的に情報を頭の中に置いておく能力)
  • がまんする(衝動を抑える)

なかでも前頭前皮質の「外側」にある 背外側前頭前皮質(はいがいそく ぜんとうぜん ひしつ) という部分は、注意を維持して、頭の中の情報を操作するときに大活躍します。

たとえば「電話番号を聞いて、それをメモするまでの数秒覚えておく」――こんなとき、ここがフル回転しています。

加齢やストレスでこの場所が弱ると、「段取りが苦手になる」「気が散りやすくなる」といった変化が出やすくなります。


脳の主役② 海馬 〜記憶の入り口〜

海馬のイラスト

耳のすぐ内側、脳の奥のほうに 海馬(かいば) と呼ばれる、タツノオトシゴのような形をした小さな器官があります。
名前は知らなくても、「認知症で最初に縮みやすい場所」として聞いたことがあるかもしれません。

海馬の役割は、ひとことで言えば 「記憶の入り口」

  • 新しい出来事や情報をいったん 預かる
  • それを 整理 して、ゆっくり大脳のほかの場所に 保存 していく

おもしろいのは、海馬と大脳がペアで働く点です。
寝ているあいだに、海馬は日中の体験を大脳に渡し、必要なものだけを長期記憶として焼きつけているのです。

だから「寝不足の翌日、昨日のことが思い出しにくい」という体験には、ちゃんと理由があります。

海馬は、加齢・ストレス・睡眠不足の影響をとても受けやすい場所です。だから守りがいがある場所でもあります。


注意のスイッチを切り替える「サリエンスネットワーク」

注意のスイッチが切り替わるイメージ

ちょっと聞きなれない言葉ですが、サリエンスネットワーク という大事な仕組みのお話を少しだけ。

「サリエンス」とは「目立つもの・大事なもの」という意味です。
脳の中で、前部島皮質(ぜんぶ とうひしつ)前帯状皮質(ぜんたいじょう ひしつ) という2か所がチームになって、こんな仕事をしています。

  • 周りに起きていることの中から、いま注目すべき情報を選び出す
  • 「ぼんやりモード」から「集中モード」へ、注意のスイッチを切り替える
  • 体の内側からの信号(疲れた・お腹がすいた・不安だ)にも目を向ける

たとえば、本を読んでいるときに電話が鳴ったら、パッと顔を上げて受話器を取りますよね。
この 「いま、こっちが大事だよ」を瞬時に判断する のが、サリエンスネットワークの仕事です。

ここがうまく働かないと、

  • 必要な情報に注意を向けられない
  • 作業の切り替えが遅くなる
  • 無関係なことに気が散りやすくなる

といった困りごとが出てきます。


脳は「ネットワーク」で動いている

ここまで「前頭前皮質」「海馬」「サリエンスネットワーク」と紹介してきましたが、ぜひ覚えていただきたいことがあります。

それは、脳は1か所ずつ別々に働いているわけではない、ということです。

最近の脳科学では、脳の働きを 3つの大きなネットワーク で説明することが多くなっています(「トリプルネットワーク・モデル」と呼ばれます)。

  • デフォルトモードネットワーク(DMN)
     ぼんやりしているとき、過去や未来に思いを巡らせているときに働く
  • 実行制御ネットワーク(CEN)
     仕事や計算、作業に集中しているときに働く
  • サリエンスネットワーク(SN)
     この2つの間で 「いまはこっち」とスイッチを切り替える

健康な脳は、この3つをしなやかに切り替えながら動いています。
ところが加齢や病気で切り替えが鈍ると、ぼんやりからスッと集中モードに入れない気が散りやすい、といった変化が現れてきます。

脳は「固定の機械」ではなく、そのときの状況に合わせて編成が変わるオーケストラ――そんなイメージで捉えるのが、いちばん近いかもしれません。


最新の話題:脳をささえる「もう一つの細胞」アストロサイト

アストロサイトのイラスト

ここで、ぜひご紹介したい 最新の話題 があります。

これまで脳科学では、神経細胞(ニューロン) が主役で、ほかの細胞は脇役と考えられてきました。
ところが近年、アストロサイト星状細胞・せいじょう さいぼう とも呼ばれます)が、神経細胞とは別の独自の通信ネットワークを築いていることが分かってきたのです。

アストロサイトは、

  • 神経細胞に 栄養とエネルギーを届ける
  • 遠くの脳の領域とも信号をやりとりして、脳全体の調子を整える

といった重要な仕事をしているらしい――そんな研究が、ここ数年で次々に発表されています。

まだまだ研究の途中ではありますが、「脳には、神経細胞だけでは説明できないもう一つの仕組みがある」 という発見は、認知症や精神疾患の予防・治療を考えるうえで、これからますます大事になっていきそうです。

何十年も前の常識が、いまもアップデートされ続けている――
それが脳科学の面白いところでもあります。


まとめ

第1回はここまで。少し情報量が多かったかもしれませんね。
最後に、今日のおさらい をチェックリストにしてまとめます。

  • ✅ 認知機能は 記憶・注意・実行機能・言語・視空間 などの集まり
  • 前頭前皮質は「段取り・判断」を、海馬は「記憶の入り口」を担当
  • サリエンスネットワークが「注意のスイッチ」を切り替えている
  • ✅ 脳は ネットワーク(チームプレー) で動いている
  • ✅ 神経細胞だけでなく、アストロサイトという細胞もいま注目されている

このシリーズは全3回でお届けします。
次回は「認知機能はなぜ衰えるのか?体の中で起こっていること」をテーマに、加齢や生活習慣で脳がどう変わっていくのかを掘り下げます。


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おわりに

「認知機能が衰える」と聞くと、なんとなく不安になりますよね。
でも、どこが・どんなふうに働いているかを知っておくと、「ここを守りたい」「ここを鍛えたい」 という具体的な道すじが見えてきます。

脳は、何歳になっても変化し続ける器官 です。
これは脅しではなく、新しい回路を作る力(神経可塑性・しんけい かそせい) は年をとってもちゃんと残っている、という意味でもあります。

次回は、その脳が どのように衰えていくのか ――そのメカニズムをご一緒に見ていきましょう。


参考にした情報

  • Posner, M. I. ら 「注意ネットワークモデル」関連の脳科学レビュー
  • トリプルネットワーク・モデル(Default Mode/Central Executive/Salience Network)に関する神経科学レビュー
  • 厚生労働省「e-ヘルスネット」認知機能関連項目
  • 日本神経科学学会・日本認知症学会の公開資料

※ 本記事は、上記の医療・神経科学の知見をもとに、一般読者向けにわかりやすくまとめ直したものです。気になる症状がある方は、自己判断せず、必ずかかりつけ医や専門医にご相談ください。