やわらかい色合いで描かれた脳のイラスト

認知機能ってそもそも何? 〜記憶・注意・判断を支える「脳のしくみ」を知る〜

「最近、人の名前がスッと出てこない」 「やることを順序立てて進めるのが、前より大変になってきた」―― そんな小さな引っかかりを感じたことはありませんか? そもそも私たちの「認知機能」とは、いったいどんな能力で、脳のどこが担っているのでしょうか。 これを知っておくと、年を重ねたときに何が起きているのか、どこを大切に守ればいいのかが、ぐっと見通せるようになります。 今日は、認知機能の話の いちばんはじめ――脳のしくみのお話を、できるだけやさしくまとめてみます。 ✅ 認知機能は、記憶・注意・判断などいくつもの能力の集まり。それぞれ脳の違う場所が担っています ✅ 脳は 単独の部屋 ではなく、チームプレー(ネットワーク) で働いています ✅ 「衰える場所」を知れば、「守るべき場所」が見えてきます 目次 そもそも「認知機能」とは? 脳の主役① 前頭前皮質 〜段取りと判断の司令塔〜 脳の主役② 海馬 〜記憶の入り口〜 注意のスイッチを切り替える「サリエンスネットワーク」 脳は「ネットワーク」で動いている 最新の話題:脳をささえる「もう一つの細胞」アストロサイト まとめ おわりに そもそも「認知機能」とは? 「認知機能」と聞くと、なんとなく 記憶力 のことだけを思い浮かべる方が多いかもしれません。 でも実は、認知機能はもっと幅広い能力の集まりです。 代表的なものを並べてみると―― 記憶:新しいことを覚える/思い出す 注意:必要な情報に目を向ける/よそ見をしない 実行機能:段取りを立てる・判断する・優先順位をつける 言語:話す・聞く・読む・書く 視空間認知:地図を読む/物の位置を把握する これらが組み合わさってはじめて、私たちは買い物に行ったり、料理を作ったり、人と会話したりできるわけです。 つまり「認知機能の低下」と一口に言っても、どの能力が、どのくらい衰えているかで見え方はずいぶん違ってきます。 脳の主役① 前頭前皮質 〜段取りと判断の司令塔〜 おでこのすぐ裏側にあるのが 前頭前皮質(ぜんとうぜんひしつ) と呼ばれる場所です。 ここは、人間の脳の中でいちばん「人間らしさ」を支えている部分とも言われています。 担っているのは―― 計画を立てる(旅行の段取り、料理の手順) 判断する(信号を渡るタイミング、買うかどうかの決断) ワーキングメモリ(一時的に情報を頭の中に置いておく能力) がまんする(衝動を抑える) なかでも前頭前皮質の「外側」にある 背外側前頭前皮質(はいがいそく ぜんとうぜん ひしつ) という部分は、注意を維持して、頭の中の情報を操作するときに大活躍します。 たとえば「電話番号を聞いて、それをメモするまでの数秒覚えておく」――こんなとき、ここがフル回転しています。 加齢やストレスでこの場所が弱ると、「段取りが苦手になる」「気が散りやすくなる」といった変化が出やすくなります。 脳の主役② 海馬 〜記憶の入り口〜 耳のすぐ内側、脳の奥のほうに 海馬(かいば) と呼ばれる、タツノオトシゴのような形をした小さな器官があります。 名前は知らなくても、「認知症で最初に縮みやすい場所」として聞いたことがあるかもしれません。 海馬の役割は、ひとことで言えば 「記憶の入り口」。 ...

May 12, 2026 · 1 分
猛暑の中で涼をとるシニアのイラスト

夏の暑さは、脳にも効いていた? 〜猛暑と認知症リスク、今年からできる対策〜

年々きびしくなる夏の暑さ。「ご高齢のご家族が心配」「自分も夏になると体がつらい」と感じている方は、多いのではないでしょうか。 暑さといえば、まず気になるのは 熱中症。けれど最近、それだけではない可能性を示す研究が報告されました。テーマは 「長く続く猛暑と、認知症のリスク」 です。 日本の大規模な調査で、極端な暑さに何年もさらされることが、認知症の発症リスクと関係していそうだ という結果が出たのです。少し心配な話に聞こえるかもしれませんが、大事なのは 「だからこそ、今年の夏からできる対策がある」 ということ。今日は、研究の中身と、すぐに実践できる暑さ対策を、ごいっしょに見ていきます。 ✅ 日本の高齢者 約5万7千人 の調査で、極端な暑さに多くさらされた人ほど、認知症の発症リスクがやや高まる傾向がみられた ✅ 目安として、猛烈に暑い日が7日増えるごとに、認知症のリスクが約9%・亡くなるリスクが約13% 高まる計算だった ✅ ただし「暑さが原因」と言い切れる段階ではない。だからこそ 今年の夏から、エアコン・水分・室温の対策 を大切にしたい 目次 どんな研究だったの? どれくらい、リスクが上がるの? なぜ暑さが、脳に関わるのでしょう 理学療法士として、夏の現場で感じること いま、私たちにできること おわりに どんな研究だったの? あなた 暑さで「熱中症」はよく聞きますけど、「認知症」にも関係があるなんて初耳です。どんな調査だったんですか? Torapon 日本の高齢者 約5万7千人 を長く追いかけた、とても大きな調査なんです。順番に見ていきましょう。 この研究は、東京科学大学・公衆衛生学分野の 森田彩子(もりた あやこ)氏 らによるもので、認知症の世界的な医学誌 Alzheimer’s & Dementia(2026年1月4日号)に報告されました。 使われたのは、JAGES(ジェイジス=日本老年学的評価研究) という、日本の高齢者を長く追いかけた大規模な調査のデータ(2016〜2019年)です。対象になったのは、同じ町に30年以上住み、認知症がなく、自立して生活している65歳以上の方 約5万7千人。これだけ多くの方を追跡した、信頼性の高い調査です。 研究では、それぞれの地域の ふだんの気候とくらべて「極端に暑い日」が何日あったか を計算し、その暑さへの「のべの量」が多い人と少ない人で、その後の 認知症の発症 や 死亡 に差が出るかを調べました。 追跡のあいだに、2,454名(4.3%)が認知症を発症し、2,375名(4.2%)が亡くなっていました。 どれくらい、リスクが上がるの? 結果は、「極端な暑さにさらされた量が多い人ほど、認知症や死亡のリスクがやや高くなる」 という傾向を示すものでした。 数字でいうと、わかりやすい目安はこちらです。 猛烈に暑い日が7日ふえるごとに、認知症になるリスクは約 9%、亡くなるリスクは約 13% 高まる計算だった さらに研究チームは、2016〜18年に実際にあったレベルの猛暑 にあてはめると、認知症のリスクは 約1.43倍、死亡のリスクは約1.63倍になると試算した あなた 「1.43倍」って聞くと、ちょっとこわい数字です……。 Torapon どきっとしますよね。でも、ここで落ち着いて受け止めたい点があるんです。 これは たくさんの人を集めて見たときの「全体の傾向」 であって、「暑い夏を過ごした人が必ず認知症になる」という意味ではありません。また、この種の研究は 「関係がありそうだ」を示すもの で、暑さが直接の原因だと断定できる段階ではない、ということも大切です。 ...

June 25, 2026 · 1 分
笑顔でウォーキングを楽しむシニアのイラスト

運動すると、筋肉が「脳を守る薬」を出している? 〜注目の物質『イリシン』のはなし〜

「運動は体にいい」――これは、みなさんよくご存じだと思います。 では、「運動は “脳” にもいい」 のはなぜか、考えてみたことはありますか? 「歩くのは足の運動なのに、どうして頭にまで効くんだろう?」 実は、その “橋渡し” をしている物質が、近年とても注目されています。 その名前が イリシン。運動をすると、筋肉そのものから分泌され、血液に乗って脳まで届く といわれる物質です。 理学療法士として30年、私はたくさんの方の体と向き合ってきました。「運動が脳に効く」という実感は前からありましたが、その “理由” が少しずつ科学で説明できるようになってきたのは、とても心強いことです。 ✅ 運動すると、筋肉から イリシン(運動でつくられるホルモンのような物質)が出ると考えられている ✅ イリシンは脳に届き、「脳を育てる物質(BDNF)」 を増やして、記憶の中心 「海馬」 を助けるとみられる ✅ 2026年には、人間でも「運動→イリシン→海馬」のつながり を示す研究が報告された(ただし、まだ研究の途上です) 目次 そもそも「イリシン」って何? なぜ筋肉の物質が、脳にまで効くの? 2026年の新しい研究が示したこと どんな運動でイリシンは出るの? 理学療法士として、現場で感じていること いま、私たちにできること おわりに そもそも「イリシン」って何? イリシン(irisin)は、運動をしたときに筋肉から出てくる物質 です。 こうした「筋肉から分泌される物質」は マイオカイン(=筋肉がつくるメッセージ物質)と呼ばれ、イリシンはその代表選手のひとつです。 最初に報告されたのは2012年のこと。「筋肉は、ただ体を動かすための器官ではなく、体じゅうに指令を送る “臓器” でもある」――そんな見方を広げるきっかけになりました。 おもしろいのは、このイリシンが 血液に乗って全身をめぐり、脳にまで届く と考えられている点です。 「足腰を動かしているだけ」のつもりが、実は 体の中で “脳あての手紙” を出しているのかもしれない、というわけです。 なぜ筋肉の物質が、脳にまで効くの? カギになるのが、BDNF(ビーディーエヌエフ=脳由来神経栄養因子)という物質です。 むずかしい名前ですが、ひとことで言えば 「脳の神経細胞を育てて、元気に保つための栄養」 のようなものです。 イリシンは脳に届くと、この BDNFを増やす はたらきがあるとみられています。BDNFが増えると、記憶をつかさどる 海馬(かいば)という場所で、神経細胞のつながりが保たれたり、新しく生まれたりするのを助けると考えられています。 流れをまとめると、こうなります。 運動する → 筋肉からイリシンが出る → 血液に乗って脳へ → BDNFが増える → 記憶の中心「海馬」が元気に ...

June 21, 2026 · 1 分
やわらかな夜空のもと、星と本のイラストが穏やかに浮かぶ

眠っている間、脳は何をしているの? 〜記憶と感情の整理整頓〜

「ぐっすり眠ったはずなのに、頭がスッキリしない」 「悲しいことがあった日は、よく眠れない」 そんな経験はありませんか? 実は、私たちが眠っている間、脳の中ではとても大切な"作業"が行われています。 それは——記憶の整理と、感情の処理です。 前回はグリンパティック・システム(脳の掃除のしくみ)をお話ししました。 今回はその続きとして、「眠っている間、脳が裏側で何をしているのか」を、もう少しのぞいてみましょう。 この記事のポイント ✅ 睡眠は2つの段階に分かれていて、それぞれ違う"仕事"をしています ✅ ノンレム睡眠は記憶を脳に定着させ、レム睡眠は感情をやさしく整えてくれます ✅ 睡眠不足は、学ぶ力・気持ちのコントロール・人との関わりにも影響します 目次 睡眠は「ひとつ」じゃない ノンレム睡眠:記憶を"刻み込む"時間 レム睡眠:「一晩のセラピー」と呼ばれる理由 眠りが足りないと、心と頭はどうなる? まとめ 睡眠は「ひとつ」じゃない 「眠っている時間」と聞くと、ずっと同じ状態が続いているように感じますよね。 でも実際の睡眠は、2つの段階が約90分ごとに交互にやってくることが分かっています。 ノンレム睡眠——脳が深く休んでいるけれど、体は動かせる状態。深さによってさらに段階が分かれます。 レム睡眠——体は休んでいるけれど、脳は活発に動いている状態。夢を見るのは主にこの時間です。 ひと晩に4〜5回、この2つを行き来しながら朝を迎えます。 そして面白いことに、前半はノンレム睡眠が多く、後半(朝方)はレム睡眠が多くなります。 だから「もう少し寝かせてほしいな」と感じる朝方は、実はレム睡眠のまっただ中なのです。 ノンレム睡眠:記憶を"刻み込む"時間 日中に「あ、これは大事だな」と思ったことや、新しく覚えた人の名前、運動の動きなどは、いったん「海馬(かいば)」という脳の小さな部屋に仮置きされます。 そのままだと、しばらくして消えてしまうことも。 ところが眠っている間、特にノンレム睡眠の深い段階になると、不思議なことが起こります。 昼間に活動した神経細胞のパターンが、もう一度ゆっくり再生されるのです。 これを「海馬のリプレイ」と呼びます。 「もう一度なぞり書きをしてもらう」イメージに近いかもしれません。 リプレイによって、海馬に置かれていた記憶は、より広い"長期保管庫"である大脳皮質(だいのうひしつ)へと書き写されていきます。 2024〜2025年の研究では、このリプレイのタイミングが「睡眠紡錘波(すいみんぼうすいは)」と呼ばれる特殊な脳波と同期しているほど、翌日の記憶テストの成績が良いことも分かってきました。 子どもが昼寝のあとに新しい言葉をスラスラ使えるようになるのも、この働きのおかげとされています。 学んだことを忘れたくないとき、夜更かしして詰め込むより、早めに眠った方が結果的に身につくのは、こういう理由なのです。 レム睡眠:「一晩のセラピー」と呼ばれる理由 つらい出来事があった日、ぐっすり眠った翌朝に「不思議と少し気持ちが楽になっていた」と感じることはありませんか? これは気のせいではなく、レム睡眠の働きとされています。 睡眠研究の世界では、レム睡眠を**「一晩のセラピー(overnight therapy)」**と呼ぶことがあります。 不安をやわらげるしくみ レム睡眠のあいだ、脳の中では、ストレスを高める物質(ノルアドレナリン)の分泌がぐっと下がります。 ストレスホルモンが少ない、安全な状態で、その日にあった出来事を脳が"もう一度なぞる"のです。 すると、出来事の「内容(こんなことがあった)」は記憶として残るのに、くっついていた不快な感情だけが少しずつ薄められていく——そんなことが脳の中で起きています。 これがレム睡眠の「セラピー機能」です。 寝酒がよくない理由 ところが、アルコールはこのレム睡眠を強く抑え込みます。 夜にお酒を飲むと、寝つきは良くなったように感じても、レム睡眠が短くなり、その大切な"セラピー時間"が失われてしまいます。 「つらい日こそ飲んで寝る」が逆効果になりやすいのは、このためです。 ストレスを感じた日ほど、しっかりとした"素の眠り"が必要なのです。 眠りが足りないと、心と頭はどうなる? ここまでをまとめると、睡眠は頭の中の “編集者” と “整理係” のような役割を担っていることが分かります。 編集者(NREM)が記憶を清書し、整理係(REM)が感情をていねいに片付けてくれているわけです。 その時間が足りないと、当然いろんな影響が出てきます。 物覚えが悪くなる——昼間に覚えたことが、長期記憶に書き写されにくくなります。 イライラ・不安が強くなる——感情の整理が追いつかず、小さなことで揺れやすくなります。 判断力が落ちる——前頭前皮質(判断を担う領域)の働きが鈍くなります。 人とのつながりが浅くなる——表情を読み取る力や共感する力も弱まることが報告されています。 睡眠と脳の関係について、もう少し基本から知りたい方はこちらの記事もどうぞ。 👉 認知機能ってそもそも何?〜記憶・判断・注意のしくみ〜 ...

May 16, 2026 · 1 分