やわらかい色合いで描かれた脳のイラスト

認知機能ってそもそも何? 〜記憶・注意・判断を支える「脳のしくみ」を知る〜

「最近、人の名前がスッと出てこない」 「やることを順序立てて進めるのが、前より大変になってきた」―― そんな小さな引っかかりを感じたことはありませんか? そもそも私たちの「認知機能」とは、いったいどんな能力で、脳のどこが担っているのでしょうか。 これを知っておくと、年を重ねたときに何が起きているのか、どこを大切に守ればいいのかが、ぐっと見通せるようになります。 今日は、認知機能の話の いちばんはじめ――脳のしくみのお話を、できるだけやさしくまとめてみます。 ✅ 認知機能は、記憶・注意・判断などいくつもの能力の集まり。それぞれ脳の違う場所が担っています ✅ 脳は 単独の部屋 ではなく、チームプレー(ネットワーク) で働いています ✅ 「衰える場所」を知れば、「守るべき場所」が見えてきます 目次 そもそも「認知機能」とは? 脳の主役① 前頭前皮質 〜段取りと判断の司令塔〜 脳の主役② 海馬 〜記憶の入り口〜 注意のスイッチを切り替える「サリエンスネットワーク」 脳は「ネットワーク」で動いている 最新の話題:脳をささえる「もう一つの細胞」アストロサイト まとめ おわりに そもそも「認知機能」とは? 「認知機能」と聞くと、なんとなく 記憶力 のことだけを思い浮かべる方が多いかもしれません。 でも実は、認知機能はもっと幅広い能力の集まりです。 代表的なものを並べてみると―― 記憶:新しいことを覚える/思い出す 注意:必要な情報に目を向ける/よそ見をしない 実行機能:段取りを立てる・判断する・優先順位をつける 言語:話す・聞く・読む・書く 視空間認知:地図を読む/物の位置を把握する これらが組み合わさってはじめて、私たちは買い物に行ったり、料理を作ったり、人と会話したりできるわけです。 つまり「認知機能の低下」と一口に言っても、どの能力が、どのくらい衰えているかで見え方はずいぶん違ってきます。 脳の主役① 前頭前皮質 〜段取りと判断の司令塔〜 おでこのすぐ裏側にあるのが 前頭前皮質(ぜんとうぜんひしつ) と呼ばれる場所です。 ここは、人間の脳の中でいちばん「人間らしさ」を支えている部分とも言われています。 担っているのは―― 計画を立てる(旅行の段取り、料理の手順) 判断する(信号を渡るタイミング、買うかどうかの決断) ワーキングメモリ(一時的に情報を頭の中に置いておく能力) がまんする(衝動を抑える) なかでも前頭前皮質の「外側」にある 背外側前頭前皮質(はいがいそく ぜんとうぜん ひしつ) という部分は、注意を維持して、頭の中の情報を操作するときに大活躍します。 たとえば「電話番号を聞いて、それをメモするまでの数秒覚えておく」――こんなとき、ここがフル回転しています。 加齢やストレスでこの場所が弱ると、「段取りが苦手になる」「気が散りやすくなる」といった変化が出やすくなります。 脳の主役② 海馬 〜記憶の入り口〜 耳のすぐ内側、脳の奥のほうに 海馬(かいば) と呼ばれる、タツノオトシゴのような形をした小さな器官があります。 名前は知らなくても、「認知症で最初に縮みやすい場所」として聞いたことがあるかもしれません。 海馬の役割は、ひとことで言えば 「記憶の入り口」。 ...

May 12, 2026 · 1 分
運動・食事・人とのつながり・睡眠を象徴するやさしいイラスト

今日から始める「脳の守り方」 〜4本柱で続ける認知機能の予防〜

第1回 では脳の主役たちを、 第2回 では脳が衰えていく仕組みを、ご一緒に見てきました。 ここまでくると、こんな声が聞こえてきそうです。 「で、結局、なにをすればいいの?」―― ご安心ください。最終回の今回は、今日から始められる「脳の守り方」 を、4つの柱にまとめてご紹介します。 特別な道具も、難しい知識も必要ありません。 毎日の暮らしの中で、少しずつ積み重ねるだけ です。 ✅ 守り方の柱は 「運動」「食事」「人とのつながり」「睡眠」 の4つ ✅ どれか1つでもOK。「これなら続けられそう」 から始めるのがコツ ✅ 脳は 何歳になっても変わる力(神経可塑性) を持っています 目次 大前提:脳は何歳になっても変わる 運動 〜歩くことから始められる、いちばん確かな予防策〜 食事 〜血管をいたわることが、脳を守ること〜 人とのつながり 〜「認知的予備能」を育てる暮らし方〜 睡眠 〜眠っている間に、脳は記憶を整えている〜 気になったら早めに専門医へ まとめ おわりに 大前提:脳は何歳になっても変わる 予防のお話に入る前に、もう一度お伝えしたい大事なことがあります。 それは、脳は何歳になっても新しい回路を作る力を持っているということです。 専門用語では 神経可塑性(しんけい かそせい) と呼ばれます。 60歳から新しい楽器を始めた方 70歳から英会話を学び始めた方 80歳から絵を描き始めた方 そういう方たちの脳をMRIで見ると、実際に脳の構造が変わっていることが研究で報告されています。 「もう年だから」と思った瞬間に、脳の成長は止まりがちです。 「やってみよう」と思った瞬間から、脳はまた動き出します。 ここから紹介する4つの柱は、その「動き出した脳」を 育て、守る ための土台です。 運動 〜歩くことから始められる、いちばん確かな予防策〜 研究で いちばんはっきり効果が示されているのが、運動 です。 なかでも 有酸素運動(ウォーキング、軽いジョギング、水中歩行など)は―― 前頭前皮質や海馬の 灰白質を増やす 左右の脳をつなぐ 連絡網を強くする ミエリン(神経の保護膜)の修復を助ける ことが分かっています。 どのくらい、何を? 目安は1日5,000〜7,500歩。これだけで認知症リスクがしっかり下がるという研究があります 少し息が弾むくらいの早歩き を、合間に1〜2分でも入れる 週に2〜3回、ストレッチや軽い筋トレも組み合わせる 詳しくは、こちらの記事もあわせてどうぞ。 👉 1日5,000〜7,500歩で認知症リスクがぐっと下がる 👉 認知症リスクを45%下げる運動習慣 ...

May 14, 2026 · 2 分
地域の仲間と一緒に歩く高齢者のイメージ

『何を、どれくらい』のヒントが見えてきました 〜MCIから始める運動の最適解〜

「MCI(軽度認知障害) と言われたけれど、いったい何から始めればいいのか分からない…」 「運動がいいのは分かるけど、 何を、どれくらい やれば本当に効くのかしら?」 そんなお声を、地域の体操教室や介護現場でよく耳にします。 実は、2026年に入ってから MCIや軽度の認知症の方を対象にした運動研究 が立て続けに公表されました。 中身を読んでみると、これまで「とりあえず体を動かしましょう」と曖昧になっていた部分に、 具体的な答えのヒント が見えてきています。 今日は、特に注目したい 2つの研究 を、現場の目線でやさしくご紹介します。 ✅ 「何を、どれくらい」が見えてきました:複数の運動を組み合わせて、週3回以上 がひとつの目安です ✅ 続けることが何より大切:5年間の追跡では、参加率60%以上 のグループに認知機能の安定した経過傾向がみられました ✅ 一人で頑張らないこと:地域の仲間と一緒にやると 長続きしやすい——これが「効く運動」の隠れた条件かもしれません 少し長めの記事になりますので、気になるところからお読みください。 そもそも:MCI(軽度認知障害)ってどんな状態? 研究①:MCIの方に「どんな運動が効く」のか? 研究②:5年続けると、本当に差が出るのか? 「組み合わせる」と「続ける」のかけ算 家でできる組み合わせ運動の例 Toraponの現場から:地域体操教室で感じていること いま私たちにできること おわりに 〜進行しても、遅らせることはできる〜 そもそも:MCI(軽度認知障害)ってどんな状態? MCI(エム・シー・アイ) は Mild Cognitive Impairment の略で、日本語では「軽度認知障害」と呼ばれます。 ひとことで言うと、 「年相応の物忘れ」と「認知症」の あいだの状態 です。本人やご家族が「あれ?」と気付くことはあっても、まだ日常生活には大きな支障が出ていない段階のことを言います。 ただ、ここからが大事な話で、MCIは そのままにしておくと数年で認知症に進む方 もいれば、 元の状態に戻られる方や、長く安定したまま過ごされる方 もいらっしゃいます。 つまり、MCIは 「いま何をするか」で先が変わってくる段階 ——「分かれ道」のような時期です。 だからこそ、 「何を、どれくらいやればいいのか」 をできるだけ具体的に知っておきたいですよね。 研究①:MCIの方に「どんな運動が効く」のか? ひとつ目は、 MCIの方にどんな運動が一番効くのか を世界中の研究をまとめて比較した報告です(ネットワークメタ解析 と呼ばれる手法)。 複数のランダム化比較試験を集めて、 有酸素運動(ウォーキング・自転車など) 筋トレ(レジスタンス運動) バランス運動(太極拳・体操など) デュアルタスク(二重課題) 運動 を、 どれが一番認知機能を改善するか という観点で比べたものです。 ...

May 20, 2026 · 2 分
明るい公民館で、椅子に座った高齢の男女が輪になり、エプロン姿のスタッフと一緒に両腕を上に伸ばして体操している水彩イラスト

ひとりで頑張るのと、支えのある形で続けるのとでは、違うのでしょうか? 〜1,065人を2年間くじ引きで分けた研究から〜

「体にいいのは分かっているんです。でも、一人だとどうしても続かなくて」 地域の体操教室でも、リハビリの場面でも、私がいちばんよく聞くお話です。そして、たいていそのあとに、こう続きます。 「私は、意志が弱いから」 2026年7月、その受け止め方を少し変えてくれそうな研究が、医学雑誌『The Lancet(ランセット)』に発表されました。 先にお伝えしておきます。この研究は「運動や食事が効くかどうか」を調べたものではありません。 調べたのは、同じテーマの生活改善を、手厚い支えのもとで続けるか、アドバイスをもらって自分で取り組むか の違いでした。 ✅ 中南米11か国の1,065人(平均67.5歳)を、くじ引きで2つのグループに分けて2年間 比べました。比べたのは「スタッフの指導と、仲間との集まり(2年間で38回)がある、手厚く支えるやり方」と「アドバイスをもらって、自分で取り組むやり方(集まりは4回)」です ✅ 認知機能テストの点の伸びは、手厚く支えたグループが1年あたり0.31、自分で取り組むグループが1年あたり0.20 (どちらも「標準偏差」という統計の単位です)。その開きは 1年あたり0.11 でした ✅ ただし、これは 認知機能テストの点についての話 です。暮らしの中で何がどう変わるのか、認知症そのものが減るのかまでは、この2年間の研究では 分かっていません 「何を、どれくらいやればいいのか」については、以前の記事にまとめました。今回はその続きで、「どういう形でやるのか」 のお話です。 👉 『何を、どれくらい』のヒントが見えてきました 〜MCIから始める運動の最適解〜 目次 そもそも何を比べた研究なのか くじ引きで分ける試験という形 結果はこうでした この数字をどう受け取るか 正直に書いておきたいこの研究の限界 理学療法士として現場で思うこと いま私たちにできること おわりに 参考にした情報 そもそも何を比べた研究なのか 研究の名前は LatAm-FINGERS (ラタム・フィンガーズ)といいます。中南米の11か国が参加した、大がかりな研究です。 参加したのは 1,065人、平均年齢は 67.5歳。期間は 2年間 でした。60〜77歳で、血圧などの危険因子があって認知症になりやすいと判定され、テストの成績もやや低めだった方々です。 扱ったテーマは、両方のグループとも同じです。 運動 食事の見直し 頭を使う活動 血管の危険因子の管理(血圧・血糖・コレステロールなどを整えること) このように、ひとつのことだけでなく、いくつもの生活習慣をまとめて整えるやり方を 多因子介入 (たいんしかいにゅう)と呼びます。 ここがこの研究のいちばん大事なところです。テーマは同じでも、支え方の手厚さがまったく違いました。 手厚く支えたグループ(539人) 自分で取り組むグループ(526人) 運動 スタッフの指導つき アドバイスのみ 食事 脳によいとされる食事法をもとにした相談 アドバイスのみ 頭を使う活動 パソコンを使ったトレーニング アドバイスのみ 血圧などの管理 定期的なチェック アドバイスのみ グループでの集まり 2年間で38回 2年間で4回 つまり、この研究が比べたのは「やる人」と「何もしない人」ではありません。どちらのグループも、生活を良くすることに取り組んでいます。 違ったのは、専門スタッフの指導や見守りと、仲間と集まる機会の多さ でした。ここは、あとでもう一度触れます。 ...

September 21, 2026 · 2 分
近所の花壇の手入れを、年配の人たちが一緒にしていて、通りがかりの子どもが手を振っているイラスト

誰かの役に立つことが、脳を守る? 〜ボランティアと認知機能の研究から〜

「親がアルツハイマー型認知症だったから、自分もなるのでは」。 そんな心配を口にされる方は、少なくありません。たしかに、認知症にはなりやすさに関わる遺伝子があります。でも、遺伝子だけで、すべてが決まるわけではないようです。 2026年9月に、遺伝的になりやすい人でも、ボランティアを続けると、頭の衰えがゆるやかだったという研究が発表されました。 ✅ アメリカの約1万8千人を最長22年追った研究で、アルツハイマーになりやすい遺伝子を持つ人の速い衰えが、ボランティアを続けると、ゆるやかになっていました ✅ 量は控えめでよく、週に数時間くらいまでで関係が見られました。たくさんやった人で、より良かったわけではありません ✅ 日本の研究でも、65〜74歳で地域の会に参加している人は、認知症が少なかったという報告があります。ただし、どれも「関係が見られた」という研究です 目次 アルツハイマーになりやすい遺伝子とは? ボランティアを始めると、衰えがゆるやかに やりすぎなくて、いい 日本では「世話役」をしている人が いま、私たちにできること おわりに 参考にした情報 アルツハイマーになりやすい遺伝子とは? APOE ε4(アポイー・イプシロンフォー)という遺伝子のタイプを持つ人は、アルツハイマー型認知症になりやすいことが知られています。 今回の研究の参加者では、4人に1人ほどが、このタイプを1つ持っていました。 あなた 自分が持っているかどうか、調べたほうがいいんでしょうか? Torapon いいえ、この記事は「調べましょう」という話ではありません。持っているかどうかを知らなくても、できることは同じです。むしろ「遺伝で不利な人にも、まだやれることがある」という、希望の話として読んでください。 ボランティアを始めると、衰えがゆるやかに 研究は、アメリカの全国調査に参加した約1万8千人(はじめの年齢51〜74歳)を、1998年から2020年まで、2年ごとに追いかけたものです(学術誌『Alzheimer’s & Dementia』2026年9月)。 毎回、電話で頭の働き(単語を覚えて思い出す・引き算・数を逆に数える)を測り、あわせて次の2つを聞いています。 ボランティア……宗教・教育・健康・福祉などの団体で、ボランティアをしたか 身近な手助け……一緒に住んでいない友人・近所・親戚を、お金をもらわずに手伝ったか この研究の工夫は、同じ人で「始める前」と「その後」を比べたことです。もともと元気な人がボランティアをしている、という差を、できるだけ取りのぞいています。 結果は、次のとおりでした。 遺伝子を持つ人は、持たない人にくらべて、頭の衰えが速かった ところが、ボランティアを始めると、その速い衰えがゆるやかになっていた 逆に、ボランティアをやめると、衰えが急になっていた 研究チームの計算では、たとえば60歳で、アルツハイマーになりやすいタイプの遺伝子(APOE ε4)を2つ持つ人が、ボランティアを続けた場合、頭の働きが「低下」の目安まで下がるのが約2年遅い、という例が示されています(あくまで計算上の一例です)。 この遺伝子は、両親から1つずつ受け継ぎます。「2つ持つ」とは、両親の両方から、なりやすいタイプを受け継いだ人のことで、今回の参加者では約2%でした。 あなた 近所の人を手伝うのも、同じように良いんですか? Torapon それが、全体では「良い方向だけれど、はっきりしない」という結果でした(時間を少し空けて見た分析では、全体でも良い関係が出ています)。ヒスパニック系(中南米にルーツのある人たち)では、はっきり良い関係が見られました。人を手伝うことの意味は、文化や暮らし方によっても変わるのかもしれません。 やりすぎなくて、いい もうひとつ、おもしろい結果があります。ボランティアの時間です。 新しく始めたボランティアの時間(1年あたり) 週にすると 衰えをゆるやかにする関係 1〜99時間 2時間弱まで あり 100〜199時間 2〜4時間ほど あり 200時間以上 4時間ほど以上 はっきりせず たくさんやった人ほど良かった、わけではありませんでした。研究チームは、やりすぎると負担が大きくなり、良い面が打ち消されるのかもしれないと考えています。 あなた 週に数時間なら、できそうな気がします。 Torapon そうなんです。「無理なく、続けられる量で」。それが、この研究からいちばん伝えたいことです。 日本では「世話役」をしている人が 日本にも、近い研究があります。愛知県などの高齢者約1万5千人を、約10年追った研究です(AGES研究、2017年)。 65〜74歳では、趣味・スポーツ・ボランティアなど地域の会に参加している人は、参加していない人にくらべて、認知症になった人が約25%少なかった さらに、会長・世話役・会計などの役についている人は、ふつうの会員にくらべて、約20%少なかった 75歳以上では、はっきりした関係は見られませんでした アメリカの研究とあわせると、「人の役に立つ役割」を持つことに、何か意味がありそうです。 ただし、どちらもくじ引きで割り振った研究ではありません。元気だから参加できる、という面も残ります。「ボランティアをすれば認知症を防げる」とまでは言えないことは、心にとめておいてください。 ...

October 15, 2026 · 1 分
縁側でくつろぐシニアご夫婦のイラスト

日本人の認知症、約4割は予防できる 〜カギは「難聴」と「運動不足」〜

「認知症は、年をとれば誰でもなるもの」「家系だから、私もきっと……」―― そんなふうに、半ばあきらめてしまっている方は、いらっしゃいませんか? 実は、世界的に権威のある医学誌『ランセット』の専門委員会が、こう報告しています。 「認知症のリスク要因の約45%は、生活習慣で管理・遅らせることができる」 そして 2026年1月、日本人を対象にした最新研究 が、その姉妹誌である 『The Lancet Regional Health – Western Pacific』 に掲載されました。 東海大学の和佐野浩一郎先生らによる研究で、結論はこうです。 「日本人でも、最大で約 38.9% の認知症は、理論上 予防できる」 そして、日本でとくに大きな影響を持つのが、「難聴」と「運動不足」 だったのです。 ✅ 14のリスク要因を合計すると、日本人でも 約4割 の認知症が予防可能と推計 ✅ 日本でとくに影響が大きい3因子は 難聴・身体不活動・高LDLコレステロール ✅ 早めの対策(聴覚ケア・運動・健診)で、年間 約20万人 の発症を抑えられる可能性 目次 そもそも「14のリスク因子」って? 日本人で大きい3つの因子 なぜ「難聴」が最大のカギ? 14因子を年代別に整理してみる いま、私たちにできること おわりに そもそも「14のリスク因子」って? あなた 認知症って、遺伝や年のせいでどうしようもない……と思っていました。本当に自分で減らせるものなんですか? Torapon いい質問ですね。もちろん年齢や体質も関係します。でも研究では、生活や環境を整えることで 減らせるリスク が14個も見つかっているんです。ひとつずつ見ていきましょう。 きっかけになったのは、世界の認知症研究をリードしている 「ランセット委員会」 が、2024年に発表した報告書です。 そこでは、認知症になるリスクを上げる要因のうち、「自分や社会の力で変えられるもの=修正可能なリスク因子」 が 14個 挙げられました。 ざっくりまとめると── 「生まれつきや遺伝で決まるものではなく、生活や環境を整えることで減らせるリスク」が、世界全体では認知症の 約45% を占めている。 これだけでも十分驚きの数字ですが、「日本ではどうなのか?」が気になるところです。 そこに答えを出してくれたのが、今回の和佐野先生らの研究です。 日本人で大きい3つの因子 あなた 1位が『難聴』なんですね。耳の聞こえが認知症と関係するなんて、ちょっと意外です……。 Torapon そう思いますよね。でも近年、耳の聞こえは脳への大切な入り口 として注目されているんです。この表の数字の意味も、あとでやさしく解説していきますね。 研究では、日本の国民健康・栄養調査や大規模調査のデータを使って、「日本人の中で、どの因子がどれくらい大きいか」 を計算しました。 ...

May 8, 2026 · 2 分
耳に手を当てて聞き返しているシニア男性のイラスト

補聴器は、いつから使えばいいの? 〜「38.75」という研究が示した目安〜

「えっ? もう一回言って」が、口ぐせになっていませんか。 テレビの音量を上げたら、家族に「大きい」と言われた。3人以上で話していると、話の流れがつかめない。ざわざわしたお店だと、相手の声だけ聞き取れない――。 そんなとき、多くの方がこう思われます。「年のせいだから、しかたない」 と。 でも、もしその「しかたない」が、あとから効いてくるのだとしたら。 前回の記事で、日本人の認知症のリスク要因のうち いちばん大きいのは「難聴」だった ことをご紹介しました。ではその先――「じゃあ、いつ補聴器を使えばいいの?」。この問いに、最近ようやく研究が答えを出しはじめています。 ✅ 慶應義塾大学の研究で、平均聴力が「38.75デシベル」を超えたあたり から、聞こえの悪さと認知機能の低下が結びつくことが分かりました ✅ ただし補聴器は 「つければ認知症を防げる」道具ではありません。効果がはっきり出たのは、持病や生活習慣の面で、もともと認知機能が下がりやすい状態にあった人たち でした ✅ 迷ったら、まず 耳鼻科(耳鼻咽喉科)で聴力検査。通販の「集音器」を自分で選ぶ前にです 難聴が「なぜ」リスクになるのか、全体像を先に知りたい方はこちらをどうぞ。 👉 日本人の認知症、約4割は予防できる 〜カギは「難聴」と「運動不足」〜 目次 なぜ「聞こえ」が脳に関わるの? 「38.75」という目安 ― 慶應大学の研究 補聴器をつけると、どうなるのか 「集音器」と「補聴器」は別のものです 値段と、賢い買い方 母のことを思い出しながら いま、私たちにできること おわりに 参考にした情報 なぜ「聞こえ」が脳に関わるの? 耳が遠くなると、脳には3つのことが起こると考えられています。 ① 脳に届く「音の情報」が減る 脳は使われることで元気を保ちます。入ってくる音が減れば、それだけ脳の出番が減ってしまいます。 ② 聞き取りに、脳が余計な力を使う 聞こえにくいと、脳は足りない音を推測して補おうとします。その分、覚えたり考えたりに回す力が削られます。会話のあとにどっと疲れるのは、このためです。 ③ 人と会うのが、おっくうになる これがいちばん大きいかもしれません。聞き返すのが申し訳なくて、集まりを断るようになる。難聴は、じわじわと人づきあいを減らしていきます。 あなた うちの主人がまさにそれです。最近、町内の集まりに行きたがらなくて……。 Torapon 実はとても多いんです。ご本人は「めんどうだから」とおっしゃるのですが、よく聞くと 「話が分からないから、いるのがつらい」 ということが少なくありません。性格の問題ではなく、耳の問題 だったりします。 38.75という目安 ― 慶應大学の研究 さて、本題です。 「耳が遠くなってきた」と感じても、どこからが「対策すべき段階」なのか。これまで、はっきりした目安がありませんでした。 そこに答えを出そうとしたのが、慶應義塾大学病院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科の研究チーム(西山崇経先生、大石直樹先生ら)です。研究成果は2025年2月、『nature』の姉妹誌である 『npj Aging』 に掲載されました。 どんな研究だったか 対象になったのは、慶應義塾大学病院に通院していた 55歳以上の難聴のある方117人。この方たちを、2つのグループに分けました。 グループ 人数 補聴器を使ったことがない方 55人 3年以上、補聴器を使っている方 62人 そのうえで、聞こえの程度と、認知機能の検査の成績を比べたのです。 ...

August 16, 2026 · 2 分
補聴器をつけた年配の女性が、娘とお茶を飲みながら笑顔で話しているイラスト

物忘れが始まってからの補聴器、意味はある?

「物忘れが出てきたと言われたけれど、耳も遠くて……。いまから補聴器をつけて、意味はあるんでしょうか」。 ご本人からも、ご家族からも、たまに聞かれる質問です。 このブログでは、補聴器について2回取り上げてきました。どちらも、まだ物忘れのない人が中心の話でした。今回は、すでに軽い物忘れ(MCI)が始まっている人を対象にした、2026年9月発表の試験をご紹介します。 ✅ 中国・上海で、難聴とMCIのある703人を、くじ引きで「補聴器の組」と「健康教室の組」(補聴器は使わず、聞こえのケアや健康について説明を受ける組)に分け、2年間調べました ✅ いちばん確かめたかった「認知症の段階へ進むのを防げるか」では、はっきりした差は出ませんでした ✅ 一方で、物忘れが「正常」まで戻った人は、補聴器の組で約15%、健康教室の組で約2%。ただし、偶然の可能性も残るため、研究者自身が慎重に受け止めるよう注意しています これまでの補聴器の記事は、こちらです。 👉 補聴器は、いつから使えばいいの? 👉 補聴器は、つけただけでは足りませんでした 目次 MCIとは? 703人を、くじ引きで2つに分けた 認知症への進行は、防げたとは言えなかった 「正常に戻った人」は、補聴器の組で多かった いま、私たちにできること おわりに 参考にした情報 MCIとは? MCI(軽度認知障害)とは、物忘れなどが年齢相応より目立つけれど、日常生活はおおむね自分でできている段階のことです。認知症の「手前」にあたります。 MCIの方の中には、認知症へ進む人もいれば、正常の範囲に戻る人もいます。だからこそ、この段階で何ができるかが注目されています。 MCIについては、こちらでくわしく書いています。 👉 認知症の種類とMCIをやさしく解説 703人を、くじ引きで2つに分けた 試験の対象は、上海の病院と地域で集めた、60歳以上で、中等度以上の難聴とMCIがある703人です(平均74.5歳)。学術誌『JAMA Neurology』に、2026年9月に発表されました。 補聴器の組(353人) 健康教室の組(350人) 内容 両耳の補聴器を無料で、専門家が調整 補聴器は使わず、聞こえのケア・持病の管理・生活習慣について説明を受ける 通う回数 6・12・24か月ごとに、調整と手入れ 同じ時期に、45分ほどの説明 物忘れの検査は、補聴器を外してから、どちらの組の人か知らない担当者がおこないました。 あなた 「くじ引き」で分けると、何がいいんですか? Torapon 「もともと元気な人が補聴器を選んでいた」というかたよりが起きにくいんです。くじ引きで分けると、2つの組は、年齢や元気さなどがだいたい同じになります。ちがうのは「補聴器を使ったかどうか」だけ。だから、もし結果に差が出れば、それは補聴器のおかげだったと考えやすくなるんです。これまで紹介した研究の多くは「関係が見られた」というところまででしたが、くじ引きの試験は、もう一歩ふみこんで確かめられます。 認知症への進行は、防げたとは言えなかった いちばん確かめたかったのは、2年のあいだに、認知症の段階まで進んだ人の割合です。 補聴器の組:約3.1% 健康教室の組:約4.7% 補聴器の組のほうが少なめでしたが、偶然の範囲を超える差とは言えませんでした。 研究者たちは、その理由のひとつとして、認知症へ進んだ人が予想よりずっと少なかったことを挙げています。進む人が少ないと、差を見つけにくくなるためです。 あなた じゃあ、補聴器は意味がなかったということですか? Torapon 「認知症への進行を防げた」とは言えなかった、というのが正確なところです。ただ、もうひとつ、見ておきたい結果があります。 「正常に戻った人」は、補聴器の組で多かった 試験では、はじめから「見る」と決めていたもうひとつの項目がありました。2年後に、物忘れが「正常」の段階まで戻った人の割合です。 補聴器の組:約15% 健康教室の組:約2% ただし、研究者自身が、この結果は慎重に受け止めてほしいと書いています。この試験で「いちばん確かめたいこと」として決めていたのは、前の章の「認知症への進行」のほうでした。こちらは「あわせて見ておく」項目だったので、偶然そうなった可能性も残る、ということです。ほかにも、注意点がいくつかあります。 物忘れの程度は、聞き取り中心の1つの物差しだけで判定していた 補聴器が無料だったので、参加者の答え方が良い方向にかたよった可能性がある 参加者の9割が家族と同居。一人暮らしの方に、同じように当てはまるかは分からない 中国語は、日本語とは性質のちがう言語で、日本でも同じ結果になるかは分からない それでも研究者たちは、補聴器は、認知症予防の効果がはっきりしなくても、会話のための大事な道具だと述べています。 あなた 物忘れが始まってからでも、補聴器を考えていいんですね。 Torapon はい。「MCIと言われたから、もう遅い」ということはありません。ただ、「補聴器で物忘れが治る」と期待しすぎないこと。会話が楽になる、家族と話す時間が増える。まずはそこを目的にするのが、いちばん自然だと思います。 いま、私たちにできること ☑ 耳鼻科で、聞こえを調べてもらう……物忘れの相談と一緒に、耳の相談もしてみてください ☑ 補聴器は「調整に通う」までがセット……この試験でも、半年〜1年ごとに調整していました(前回の記事 もどうぞ) ☑ 毎日、起きている時間につける……この試験の平均は1日約6時間でした。外す時間が長いと、慣れにくくなります ☑ ご家族は「つけてね」より「話そうね」……補聴器をつけて、話す相手がいることがいちばんの支えになります 📺 テレビの音量で、もめていませんか 補聴器を使う前、使い始めのころは、テレビの音量でご家族ともめることがよくあります。手元に置くスピーカーなら、テレビ本体の音量は下げたまま、手元でだけ大きくできます。 ...

October 17, 2026 · 1 分
補聴器店で補聴器を調整してもらう高齢女性のイラスト

補聴器は、つけただけでは足りませんでした 〜6万人の調査が示した「聞こえるようになること」〜

「買ったんですけどね、あんまり使っていないんです」 補聴器の話をすると、驚くほどよく返ってくる言葉です。引き出しにしまったまま、という方に、私は何人もお会いしてきました。 前回の記事では「いつから使えばいいのか」を書きました。今回はその続きです。つけたあとの話をします。 前回の記事はこちらです。 👉 補聴器は、いつから使えばいいの? ✅ 33か国・6万人を超える調査で、補聴器を使っている方は認知症のリスクが9%低いという結果が出ました ✅ ただし内訳を見ると、「よく聞こえるようになった」と答えた方だけが14%低く、「あまり良くならなかった」方では差がありませんでした ✅ 大事なのは持っていることではなく、ちゃんと聞こえる状態にしておくこと。そのために、調整に通う必要があります 目次 6万人を超える調査でわかったこと 「持っている」と「聞こえている」は違う なぜ、つけただけでは足りないのか 調整に通う、ということ まだ聞こえている方へ 難聴は防げます 現場で見てきたこと いま、私たちにできること おわりに 参考にした情報 6万人を超える調査でわかったこと 2026年、香港大学のグループが大きな調査結果を発表しました。 33か国、7つの大規模調査のデータをまとめたもの 対象は55歳以上で、聞こえに問題のある61,089人 平均6.5年追いかけ、そのあいだに認知症が疑われた方は8,911人 結果、補聴器を使っている方は、使っていない方に比べて認知症のリスクが9%低いという関係が見られました。 ここまでは、これまでにも言われてきたことです。新しいのは、その先でした。 「持っている」と「聞こえている」は違う 研究チームは、使っている方をさらに2つに分けました。 認知症のリスク 「よく聞こえるようになった」と答えた方 14%低い 「あまり良くならなかった」と答えた方 差なし 同じ「補聴器を使っている人」でも、結果がまったく違いました。 研究をまとめた先生は、こう述べています。 大事なのは機器をつけているかどうかではなく、その機器が日常生活のなかで、聞こえを本当に良くしているかどうかである。 あなた つけていれば効く、というわけではないんですね……。 Torapon そうなんです。ここは、私にとってもハッとする結果でした。「補聴器を使いましょう」とお伝えするだけでは、足りなかったわけです。「聞こえるようになりましたか」まで確かめないと、意味が半分になってしまうのですね。 なぜ、つけただけでは足りないのか 補聴器は、めがねとは違います。買ったその日に、よく聞こえるようにはなりません。 理由は3つあります。 その人の聞こえ方に合わせる作業が要る……高い音が聞こえにくい方、低い音が聞こえにくい方。どの音をどれだけ大きくするかは、一人ひとり違います 脳が慣れるのに時間がかかる……久しぶりに音が戻ってくると、はじめは「うるさい」と感じます。多くの方が、ここでやめてしまいます 聞こえは変わっていく……年月とともに聞こえ方は変わります。去年合っていた設定が、今年も合うとはかぎりません だから、買ったあとに何度か通って、少しずつ合わせていく必要があるのです。 あなた はじめの「うるさい」は、我慢するしかないんですか? Torapon 我慢しなくて大丈夫です。むしろ、そのまま伝えてください。 「うるさい」は調整の大事な手がかりですから、遠慮すると合わせようがないんですね。ただ、少しずつ音に慣れていく期間はどうしても要ります。そこは「慣らしていく時期」と思っていただけたらと思います。 調整に通う、ということ 具体的には、こういうことです。 はじめの数か月は、何度か調整に通う 「うるさい」「言葉が聞き取りにくい」を、遠慮せず伝える。それが調整の材料になります 落ち着いたあとも、年に1度は聞こえの確認をする 電池や耳あかの詰まりでも、聞こえは落ちます。手入れの仕方も教わっておく あなた 何度も行くのは、正直めんどうです……。 Torapon よく分かります。ただ今回の結果からすると、この通う手間こそが効いているのだと思います。せっかくのものを引き出しにしまってしまうより、あと数回だけ足を運ぶ。そう考えていただけたらと思います。 まだ聞こえている方へ 難聴は防げます ここまでは「聞こえにくくなったあと」の話でした。もうひとつ、お伝えしたいことがあります。 ...

August 29, 2026 · 1 分
笑顔で寄り添うシニアご夫婦のイラスト

認知症を防ぐ「血管と代謝」の整え方 〜数字で見える7つの危険因子〜

「血圧やコレステロールの数値、毎年なんとなく見て終わりにしていませんか?」 「認知症の予防と、健診の数字って関係あるの?」―― そんなふうに思ったことのある方へ。 実は、世界的に権威のある医学誌『ランセット』の専門委員会は、認知症のリスク要因のうち 約45%は生活習慣で減らせる と報告しています。そして、その中でも大きなかたまりが、「血管」と「代謝(体の中での栄養の使われ方)」にかかわる7つの因子 です。 これらは、健診の数字で「見える」ことと、生活で「変えられる」こと が、いちばんの強みです。 ✅ 高血圧・糖尿病・高LDLコレステロール・肥満・運動不足・喫煙・お酒――この7つは「血管・代謝」のなかま ✅ 日本人では、この7つを合計すると 約2割 の認知症にかかわると推計 ✅ どれも 健診の数値 や 毎日の習慣 で、今日から手をつけられる 認知症の14因子の「全体像」を先に知りたい方は、こちらの記事もどうぞ。 👉 日本人の認知症、約4割は予防できる 〜カギは「難聴」と「運動不足」〜 目次 なぜ「血管と代謝」が脳に関係するの? ① 高血圧 ― いちばん身近な「血管の負担」 ② 糖尿病 ― 高い血糖が脳をさびつかせる ③ 高LDLコレステロール ― 2024年に加わった新しい因子 ④ 肥満 ― 体の「静かな炎症」のもと ⑤ 運動不足 ― 日本人でとくに大きいカギ ⑥ 喫煙 ― 血管にも脳にも届くダメージ ⑦ お酒の飲みすぎ ― 「ほどほど」を超えると いま、私たちにできること おわりに なぜ「血管と代謝」が脳に関係するの? 脳は、体じゅうのなかでも とくにたくさんの血液(酸素と栄養) を必要とする臓器です。全身の血管がしなやかで、血液がきれいに流れていることが、脳が元気に働くための土台になります。 ところが、血圧や血糖、コレステロールが高い状態が続くと、細い血管が少しずつ傷んで いきます。脳の奥の小さな血管がダメージを受けると、目に見えないくらい小さな「詰まり」や「もれ」が積み重なり、考えるスピードがゆっくりめになったり、もの忘れが増えたりする一因になると考えられています。 つまり、ここで紹介する7つは、「血管と代謝を通じて、じわじわ脳に効いてくる」 なかまです。逆に言えば、数字を整えること自体が、そのまま脳を守ること につながります。 このシリーズのもう1本(耳・目・心・環境の7因子)はこちら。 👉 脳を守る「刺激とつながり」 〜耳・目・心・環境の7つの危険因子〜 ① 高血圧 ― いちばん身近な「血管の負担」 ...

June 13, 2026 · 2 分