仲間と一緒に体操を楽しむシニアたちのイラスト

脳を守る「刺激とつながり」 〜耳・目・心・環境の7つの危険因子〜

「最近、人と話す機会が減ったな」 「テレビの音が大きいと言われるようになった」―― そんな小さな変化を、年齢のせいとあきらめていませんか? 認知症のリスク要因のうち 約45%は生活習慣で減らせる ――『ランセット』の専門委員会はそう報告しています。前回ご紹介した「血管と代謝」のなかま(→記事はこちら )に対して、今回は 「脳に入ってくる刺激」や「人とのつながり」「心の状態」「環境」 にかかわる7つの因子をまとめます。 血液検査では測れないけれど、毎日の暮らしのなかで守れる ――それがこのなかまの特徴です。 ✅ 難聴・視力低下・社会的孤立・うつ・知的活動の少なさ・頭のケガ・大気汚染の7つ ✅ 脳は「使われ、つながっている」ほど元気でいられる ✅ 耳・目のケアや、人との交流は、今日から 始められる 認知症の14因子の「全体像」を先に知りたい方は、こちらの記事もどうぞ。 👉 日本人の認知症、約4割は予防できる 〜カギは「難聴」と「運動不足」〜 目次 なぜ「刺激とつながり」が脳を守るの? ① 難聴 ― 最大級のカギになる因子 ② 視力低下 ― 2024年に加わった新しい因子 ③ 社会的孤立 ― 「ひとり」が続くこと ④ うつ ― 心の落ち込みと脳のつながり ⑤ 知的活動の少なさ ― 「脳を使う」習慣 ⑥ 頭のケガ ― 転倒・事故から頭を守る ⑦ 大気汚染 ― 環境というリスク いま、私たちにできること おわりに なぜ「刺激とつながり」が脳を守るの? 脳には、「使われるほど鍛えられ、放っておくと衰えやすい」 という性質があります。会話をする、景色を見る、考える、人と笑う――こうした 刺激のひとつひとつ が、脳の元気を保つ栄養になっています。 専門的には、こうして蓄えられた脳の余力を 「脳の予備能(よびのう=脳のたくわえ)」 と呼びます。耳や目から入る情報、人とのつながり、前向きな気持ちは、この「たくわえ」を増やし、認知症の発症を遅らせる方向に働くと考えられています。 ここで紹介する7つは、この「刺激とつながり」が細ってしまう 因子です。逆に言えば、耳と目をケアし、人と関わり続けること が、そのまま予防になります。 ① 難聴 ― 最大級のカギになる因子 なぜ脳に良くない? 聞こえが悪くなると、脳に届く音の情報が減り、会話もおっくうになって、人との交流まで遠ざかりがちに。日本人では認知症の 約6.7% にかかわり、14因子のなかでも最大級 とされています。近年は、補聴器を適切に使うとリスクが下がる可能性 も報告されています。 ...

June 14, 2026 · 2 分
穏やかに過ごすシニア女性とご家族のイラスト

認知症リスク、女性のほうが影響を受けやすい? 〜1万7千人の調査が示した「男女差」〜

「認知症は、女性のほうがなりやすい」――そんな話を、聞いたことはありませんか? たしかに、患者さんの数は女性のほうが多いのですが、「長生きする人が多いから」とも言われ、はっきりした理由はわかっていませんでした。 そんな中、1万7千人を調べた研究から、こんな結果が報告されました。 「同じリスク因子でも、女性のほうが脳(思考力)への影響が強く出やすい」 今回は、私たち――特に女性とそのご家族に知っておいてほしい話を、やさしくお伝えします。 ✅ 高血圧・糖尿病・肥満・難聴などがあると、男性より女性のほうが「頭の働き(記憶や判断力)の低下」につながりやすい ことがわかった ✅ 女性は うつ・運動不足・睡眠の悩み を抱える割合も、男性より高めだった ✅ でも、これらは すべて「変えられる」リスク。だからこそ、早めの対策が効きやすい 目次 どんな研究だったの? 女性で影響が強かったこと 理学療法士として思うこと いま、できること おわりに どんな研究だったの? この研究は、アメリカのカリフォルニア大学サンディエゴ校などのチームが、医学誌『Biology of Sex Differences』に発表したものです。 対象:中高年〜高齢の 17,000人以上 内容:高血圧・糖尿病・肥満・難聴・うつ・運動不足など、13の「変えられるリスク因子」 を、男女で比べた すると、ただ「女性に患者が多い」という話ではなく、同じリスクでも女性のほうが脳への影響を強く受けやすい、という傾向が見えてきたのです。 女性で影響が強かったこと 研究からは、大きく分けて2つのことが見えてきました。 ① 同じ持病でも、女性のほうが「脳への影響」が大きい 高血圧・肥満・糖尿病・難聴――これらは男性にもありますが、女性ではこれらが、より強く「頭の働きの低下」につながっていました。同じ高血圧でも、女性のほうが脳に響きやすい、というイメージです。 ② そもそも、女性に多い悩みもある 次の3つは、男性よりも女性に多くみられました。 気分の落ち込み(うつ) … 女性は約17%、男性は約9%(女性はおよそ 2倍) 運動不足 … 女性は約48%、男性は約42% 睡眠の悩み … 女性は約45%、男性は約40% つまり女性は、脳に影響しやすい要因を「より多く、より強く」抱えやすい、ということです。 なぜそうなるのか、はっきりした理由はまだわかっておらず、研究が続けられています。でも見方を変えれば、「女性こそ、早めに気をつけることで守れる部分が大きい」 とも言えそうです。 理学療法士として思うこと 私自身、母がアルツハイマー型認知症で施設に入所しています。だからこそ、こうした「女性と脳」の話は、どうしても他人事に思えません。 リハビリの現場でも、血圧や糖尿病、聞こえにくさ、気分の落ち込みを抱えた女性は本当に多くいらっしゃいます。そのひとつひとつが脳に効いてくるのなら、早めに手を打つ意味は大きい と、あらためて感じます。 いま、できること 特別なことは要りません。女性で影響が強かった項目こそ、早めに整えたいポイント です。 ✅ 血圧 を家でときどき測る習慣を ✅ 聞こえにくさ は我慢せず、早めに耳鼻科や補聴器の相談を ✅ 体を動かす。散歩や体操を、無理のない範囲で毎日少しずつ ...

May 31, 2026 · 1 分
朝の食卓でお茶を手に、窓の外の大きな木を眺める男性。テーブルには家庭用の血圧計が置かれている水彩イラスト

55歳ころのカラダは、その後の人生に響くのでしょうか? 〜認知症にならずに過ごせた年数という見方〜

「認知症になる確率が何パーセント上がります」 こういう言い方を、健康の話題でよく見かけます。私も仕事柄、たくさん目にしてきました。ただ、正直に申し上げると、パーセントで言われても、自分の生活とどうつながるのかが、なかなか実感できません 。 ところが2026年8月、少し変わった角度から書かれた報告が出ました。確率ではなく、認知症にならずに過ごせた年数 で見た、という研究です。 年数で言われると、急に、身近な話に感じられます。 ✅ アメリカの12,409人を およそ26年間 追いかけた研究で、55歳の時点で高血圧・糖尿病・喫煙のどれにも当てはまらなかった人 は、95歳までのうち、認知症にならずに過ごせた年数が 30.1年 でした ✅ 一方、3つとも当てはまった人は17.5年 。0個の人と3個の人では、12.6年の開き がありました ✅ ただしこれは アメリカのデータ で、原因と結果を証明した研究ではありません 。しかも、この年数には「早くお亡くなりになった方の分」も混ざっています。ここは正直にお伝えします 認知症にかかわる要因の全体像は、こちらの記事にまとめてあります。 👉 認知症を防ぐ「血管と代謝」の整え方 〜数字で見える7つの危険因子〜 目次 確率ではなく年数で考えるという発想 どんな研究だったのか 中年期の3つとは高血圧と糖尿病とたばこ 55歳の時点で何が見えたのか 正直に書いておきたいこの研究の弱いところ もう手遅れという意味ではありません 理学療法士として現場で思うこと いま私たちにできること おわりに 参考にした情報 確率ではなく年数で考えるという発想 たとえば「認知症になる可能性が2倍になります」と言われたとします。 そう言われても、多くの方はこう思うのではないでしょうか。もともと何パーセントだったのか。2倍になると、自分の生活は具体的にどう変わるのか。 今回ご紹介する研究チームは、その伝わりにくさを分かっていたようです。だから、こういう出し方をしました。 55歳のあなたは、これから何年、認知症にならずに過ごせそうか。 同じデータを見ていても、こう言われると、頭に絵が浮かびます。55歳から30年なら85歳。17年なら72歳。自分の家族や、自分がやりたいことを、その年齢に当てはめて考えられます。 あなた たしかに、パーセントより年数のほうが、ぴんときますね。 Torapon そうなんです。研究者の方たちも、そこを狙ったのだと思います。ただ、分かりやすい数字ほど、後ろにある注意書きが飛ばされやすい という弱点もあります。この記事では、その注意書きのほうも、きちんと書いていきますね。 どんな研究だったのか 報告したのは、中国の清華大学のJiaqi Hu先生ら の研究チームです。2026年8月5日、アメリカ神経学会が出している医学誌 Neurology Open Access に、オンラインで公開されました。 使われたのは、アメリカで長年続いている ARIC研究 という大きな調査のデータです。ARICは「Atherosclerosis Risk in Communities」の略で、日本語にすると「地域住民における動脈硬化の調査」という意味になります。 数字を並べると、こうなります。 項目 内容 参加した人数 12,409人 調査を始めたときの平均年齢 56.2歳 女性の割合 56.0% 追いかけた期間 中央値でおよそ26.3年(1990〜92年に開始し、2022年まで) 期間中に認知症になった人 3,008人 期間中に認知症にならないまま亡くなった人 5,238人 ※ 中央値 … 全員を短い順に並べたとき、ちょうど真ん中に来る人の値のことです。平均値と違って、極端に長い人や短い人に引っぱられにくい数字です。 ...

September 17, 2026 · 2 分
朝の散歩道で、澄んだ空気を深く吸い込む高齢の男性のイラスト

たばこは、何歳でやめても遅くない? 〜やめた人の「頭の衰え方」を追った研究〜

「この年からやめても、もう意味はないんじゃないか」 長く吸ってきた方も、そんな方を見守るご家族も、そう思ったことがあるかもしれません。 2025年、イギリスの研究チームが、たばこをやめた人の、その後の頭の衰え方を追いかけた結果を発表しました。 ✅ 12か国の約9,400人を調べた研究で、やめた人は、吸い続けた人より、やめた後の記憶などの衰え方がゆるやかでした ✅ その差は、何歳でやめた人でも同じように見られました ✅ 日本の高齢者の研究では、やめて3年以上たつと、認知症のなりやすさが、吸ったことがない人と同じくらいでした 前回の記事では、55歳のころの喫煙の有無を調べた研究をご紹介しました。今回は、その続き「やめた人はどうなったか」です。 👉 55歳ころのカラダは、その後の人生に響くのでしょうか? 〜認知症にならずに過ごせた年数という見方〜 目次 やめる前は同じ、やめた後に変わった やめて何年で、差は縮まるのか 体重が増えすぎないように 加熱式たばこは、どうなのか おわりに 参考にした情報 やめる前は同じ、やめた後に変わった 研究では、イギリス・アメリカ・ヨーロッパの3つの長期調査(12か国・40〜89歳)のデータを使いました。途中でたばこをやめた4,718人と、年齢・性別・学歴・もともとの認知機能などをそろえた吸い続けた4,718人を比べています。 結果は次のとおりです。 やめる前の6年間 … 記憶や言葉の出やすさの衰え方は、2つのグループでほぼ同じ やめた後の6年間 … やめた人のほうが、どちらも衰え方がゆるやか やめた年齢による違い … 見られませんでした あなた 衰え方がゆるやかって、どれくらいですか? Torapon 正直に言うと、差はとても小さいです。「頭がよみがえる」という話ではなく、下り坂の傾きが、少しゆるやかになったというイメージです。それでも、同じ坂を下っていた2つのグループが、やめた後に別々の道へ分かれた。そこに意味があると思っています。 ※ これは観察研究(すでにある記録を追いかけて調べた研究)です。「やめたから良くなった」とまでは言い切れません。また、比べた相手は「吸い続けた人」で、「吸ったことがない人と並んだ」という結果ではありません。 やめて何年で、差は縮まるのか 「やめても、しばらくは変わらないのでは?」 その疑問に答える研究もあります。 宮城県大崎市の65歳以上・約1万2千人を、約5年半追いかけた研究では、吸ったことがない人と比べて、 いま吸っている人 … 認知症のなりやすさが 1.46倍 やめて3年以上の人 … ほぼ同じ(1.0倍前後) でした。 アメリカの大きな調査(約3万3千人・平均60歳)でも、やめた人は、いま吸っている人より認知症のなりやすさが低くなっていました。しかも、やめてからの年数が長いほど、なりやすさは下がっていき、7年ほどたつと、吸ったことがない人に近い水準まで下がって、そこからは変わりませんでした。「何年」かは研究によって幅がありますが、やめる期間が長いほど良い方向という向きは、そろっています。 あなた じゃあ、早くやめるほどいいんですね。 Torapon そのとおりです。ただ、「もう遅い」ということはありません。どの研究も、何歳でも、やめた後のほうがよかったという向きです。今日からが、いちばん早いスタートです。 体重が増えすぎないように やめた後、体重が増えて悩む方は多いと思います。 先ほどのアメリカの調査では、この点も調べています。「やめた人は認知症のなりやすさが低い」という結果は、やめた後2年間の体重の増えが5kg以内の人でおもに見られ、10kg以上増えた人では、はっきりした差になりませんでした。 もちろん、「体重が増えるから、やめないほうがいい」という話ではありません。大切なのは、やめたあとも歩く・体を動かすを続けて、増えすぎを防ぐことです。散歩の記事もあわせてどうぞ。 👉 1日5,000〜7,500歩で、アルツハイマー病の進行が遅くなる? 加熱式たばこは、どうなのか 「加熱式なら、体にいいんでしょう?」 そう聞かれることがあります。私が調べた範囲では、加熱式たばこや電子たばこと認知症を、長く追いかけた研究は見つかりませんでした。「加熱式なら安心」とは言えず、まだ分かっていないのが正直なところです。 おわりに たばこをやめると、その後の頭の衰え方が、ゆるやかになる傾向がありました。そして、その差は何歳でやめても見られました。 「もう遅い」と思っている方にこそ、この研究を知ってほしいと思います。やめるのが難しいときは、一人で頑張らず、お医者さんやご家族の力を借りる方法もあります。禁煙外来(保険が使える場合があります)も、その一つです。 ※ 禁煙のお薬などを使うときは、必ずかかりつけ医や禁煙外来にご相談ください。 ...

October 3, 2026 · 1 分
猛暑の中で涼をとるシニアのイラスト

夏の暑さは、脳にも効いていた? 〜猛暑と認知症リスク、今年からできる対策〜

年々きびしくなる夏の暑さ。「ご高齢のご家族が心配」「自分も夏になると体がつらい」と感じている方は、多いのではないでしょうか。 暑さといえば、まず気になるのは 熱中症。けれど最近、それだけではない可能性を示す研究が報告されました。テーマは 「長く続く猛暑と、認知症のリスク」 です。 日本の大規模な調査で、極端な暑さに何年もさらされることが、認知症の発症リスクと関係していそうだ という結果が出たのです。少し心配な話に聞こえるかもしれませんが、大事なのは 「だからこそ、今年の夏からできる対策がある」 ということ。今日は、研究の中身と、すぐに実践できる暑さ対策を、ごいっしょに見ていきます。 ✅ 日本の高齢者 約5万7千人 の調査で、極端な暑さに多くさらされた人ほど、認知症の発症リスクがやや高まる傾向がみられた ✅ 目安として、猛烈に暑い日が7日増えるごとに、認知症のリスクが約9%・亡くなるリスクが約13% 高まる計算だった ✅ ただし「暑さが原因」と言い切れる段階ではない。だからこそ 今年の夏から、エアコン・水分・室温の対策 を大切にしたい 目次 どんな研究だったの? どれくらい、リスクが上がるの? なぜ暑さが、脳に関わるのでしょう 理学療法士として、夏の現場で感じること いま、私たちにできること おわりに どんな研究だったの? あなた 暑さで「熱中症」はよく聞きますけど、「認知症」にも関係があるなんて初耳です。どんな調査だったんですか? Torapon 日本の高齢者 約5万7千人 を長く追いかけた、とても大きな調査なんです。順番に見ていきましょう。 この研究は、東京科学大学・公衆衛生学分野の 森田彩子(もりた あやこ)氏 らによるもので、認知症の世界的な医学誌 Alzheimer’s & Dementia(2026年1月4日号)に報告されました。 使われたのは、JAGES(ジェイジス=日本老年学的評価研究) という、日本の高齢者を長く追いかけた大規模な調査のデータ(2016〜2019年)です。対象になったのは、同じ町に30年以上住み、認知症がなく、自立して生活している65歳以上の方 約5万7千人。これだけ多くの方を追跡した、信頼性の高い調査です。 研究では、それぞれの地域の ふだんの気候とくらべて「極端に暑い日」が何日あったか を計算し、その暑さへの「のべの量」が多い人と少ない人で、その後の 認知症の発症 や 死亡 に差が出るかを調べました。 追跡のあいだに、2,454名(4.3%)が認知症を発症し、2,375名(4.2%)が亡くなっていました。 どれくらい、リスクが上がるの? 結果は、「極端な暑さにさらされた量が多い人ほど、認知症や死亡のリスクがやや高くなる」 という傾向を示すものでした。 数字でいうと、わかりやすい目安はこちらです。 猛烈に暑い日が7日ふえるごとに、認知症になるリスクは約 9%、亡くなるリスクは約 13% 高まる計算だった さらに研究チームは、2016〜18年に実際にあったレベルの猛暑 にあてはめると、認知症のリスクは 約1.43倍、死亡のリスクは約1.63倍になると試算した あなた 「1.43倍」って聞くと、ちょっとこわい数字です……。 Torapon どきっとしますよね。でも、ここで落ち着いて受け止めたい点があるんです。 これは たくさんの人を集めて見たときの「全体の傾向」 であって、「暑い夏を過ごした人が必ず認知症になる」という意味ではありません。また、この種の研究は 「関係がありそうだ」を示すもの で、暑さが直接の原因だと断定できる段階ではない、ということも大切です。 ...

June 25, 2026 · 1 分
予防接種と健康を考えるイメージ

帯状疱疹のワクチンで、認知症が減る? 〜50万人の調査が示したこと〜

「帯状疱疹のワクチン、打ったほうがいいのかしら」 「役所から案内が届いたけれど、どうしよう」 そんなふうに迷っておられる方が、まわりにいらっしゃるかもしれません。 いま、この帯状疱疹のワクチンについて、「打った人は、認知症になる人が少なかった」という研究が、世界のあちこちから報告されています。 ただ、はじめにお伝えしておきたいことがあります。この記事は、ワクチンを勧めるためのものではありません。どんな研究が出ているのかを正確にお伝えして、かかりつけの先生と相談するときの材料にしていただくためのものです。 ✅ アメリカで66歳以上 約51万人を4年間追いかけた調査で、ワクチンを打った人の認知症の割合は 18.8%、打っていない人は 24.6% でした ✅ イギリス・ウェールズの28万人の調査でも、同じ方向の結果(認知症の診断が約20%少ない)が報告されています ✅ ただし、いずれも「打ったから減った」と証明したものではありません。打つかどうかは、持病やお薬とあわせて、かかりつけの医師とご相談ください 目次 帯状疱疹って、どんな病気? 51万人の調査でわかったこと もうひとつの手がかり「自然の実験」 なぜ、ウイルスと認知症がつながるの? ここは、慎重に見てください 日本では、いまどうなっている? 現場で感じていること いま私たちにできること おわりに 帯状疱疹って、どんな病気? 子どものころにかかった水ぼうそう。あのウイルスは、治ったあとも体からいなくなるわけではありません。神経のそばに、じっと隠れて眠っています。 そして、年齢を重ねたり、疲れや病気で体の守る力(免疫)が弱まったりすると、眠っていたウイルスが目を覚まします。神経に沿って皮膚に出てくるのが、帯状疱疹です。 体の左右どちらかに、帯のように痛みと発疹が出るのが特徴で、ピリピリ、ズキズキとした強い痛みをともないます。 あなた 発疹が治れば、それで終わりなのでしょうか。 Torapon それが、そうとも限らないんです。発疹が治ったあとも痛みだけが長く残ることがあって、これを帯状疱疹後神経痛と呼びます。数か月から、ときには年単位で続く方もいらっしゃいます。帯状疱疹がやっかいなのは、この痛みの後遺症なんですね。 51万人の調査でわかったこと ここからが本題です。近年、この帯状疱疹のワクチンと、認知症との関係を調べた研究が、次々と発表されています。 2026年6月、アメリカのブラウン大学の研究チームが、医学誌『Annals of Internal Medicine』に大きな調査結果を発表しました。 対象は、アメリカの医療施設にいた 66歳以上の50万9926人 4年間、認知症になるかどうかを追いかけた 使われたのは、いま日本でも使える組換えワクチン(シングリックス) その結果が、こちらです。 打っていない人の 24.6% に対して、打った人は 18.8%。差は5.8ポイント、割合にすると約24%低いという結果でした。研究チームは「およそ17人に1人の認知症を防げる可能性がある」と述べています。 もうひとつの手がかり「自然の実験」 「たまたまそうなっただけでは?」と思われるかもしれません。実は、それを確かめるのにとてもよくできた研究が、2025年に科学誌『Nature』に発表されています。 舞台はイギリスのウェールズ。ここでは以前、「1933年9月2日以降に生まれた人はワクチンを打てるが、それより前に生まれた人は一生打てない」という、誕生日で区切る制度がありました。 あなた たった数日の差で、打てる人と打てない人に分かれてしまったのですね。 Torapon そうなんです。そして研究者たちは、そこに目をつけました。生まれた日が1週間違うだけの人たちは、体質も暮らしぶりも、ほとんど同じはず。それなのに、ワクチンを打てたかどうかだけが違う。これなら「くじ引きで分けた実験」に近い形で比べられる、というわけです。 28万2541人を7年間追いかけた結果、ワクチンを打てた側では、認知症と診断された人が3.5ポイント少なく、割合にすると約20%低いという結果でした。とくに女性で、この傾向がはっきりしていました。 こちらは古いタイプの生ワクチンを使った研究です。種類の違うワクチンで、別々の国で、同じ方向の結果が出た——ここが、研究者たちが注目している理由です。 なぜ、ウイルスと認知症がつながるの? しくみは、まだはっきりとはわかっていません。ただ、いくつかの考え方があります。 ウイルスが神経を傷つける……目を覚ましたウイルスは神経に炎症を起こします。それが脳にも影響するのではないか、という考え方です 血管が傷む……帯状疱疹のあと、脳卒中や心筋梗塞が増えるという報告があります。血管の傷みは、認知症とも関わりの深いものです ワクチンが免疫全体を整える……ウイルスを抑えるだけでなく、体の守るしくみそのものによい影響があるのではないか、という見方もあります 血管の状態が脳を守るという話は、こちらの記事でもお話ししています。 👉 認知症を防ぐ「血管と代謝」の整え方 ここは、慎重に見てください 大事なところなので、はっきり書いておきます。これらの研究は、「ワクチンを打てば認知症を防げる」と証明したものではありません。 打つ人と打たない人は、もともと違う……ワクチンを打つ方は、健康に気を配っている方が多い傾向があります。研究チームはその影響を計算で取り除こうとしていますが、完全には取り除けません 研究チーム自身が慎重……ブラウン大学のチームも「ワクチンが理由だと確実には言えない」と明言し、今後さらに検証が必要だとしています 認知症を防ぐための薬ではありません……帯状疱疹ワクチンは、あくまで帯状疱疹を防ぐためのものです あなた では、この研究はあまり意味がないということでしょうか。 ...

August 1, 2026 · 1 分
笑顔でウォーキングを楽しむシニアのイラスト

認知症リスクを45%下げる運動習慣 〜60代から始める「脳の貯金」〜

「最近、人の名前がすぐに出てこない」「物のしまった場所をよく忘れる」―― そんな小さな不安を、ふと感じることはありませんか? 認知症は、ある日突然なるものではなく、何十年もかけて静かに進む病気だといわれています。 だからこそ、「いま、何ができるか」がとても大切です。 最近、世界的に権威のある医学誌『ランセット』の専門委員会が、こんな報告を発表しました。 「認知症のリスク要因の約45%は、生活習慣で管理・遅らせることが可能」 その中でも、今回お伝えしたいのが 「運動」 です。 私も理学療法士として30年、たくさんの方の体と向き合ってきましたが、「運動が脳に効く」という事実は、年を追うごとに 科学的にもはっきり してきています。 ✅ 定期的に運動している人は、認知症リスクが 約31%低い(早歩きを週3回以上で 50%低下 との報告も) ✅ 効くのは 有酸素運動+筋トレ+コグニサイズ(運動と脳トレの組合せ) の合わせ技 ✅ 「もう遅い」はありません。60代・70代から始めても1年で変わります 目次 なぜ運動が脳にいいの? 認知症予防に効く「4つの運動」 どのくらいやればいい? 頻度・強度・期間の目安 60〜70代の方へ 無理なく続けるコツ 理学療法士として、現場で感じていること いま、私たちにできること おわりに なぜ運動が脳にいいの? あなた 運動が体にいいのは分かるんですけど……『脳にいい』って、どうもピンとこなくて。 Torapon そうですよね。実はここ数年で、運動が脳そのものに効く しくみが少しずつ分かってきたんです。3つのポイントに分けて、やさしく見ていきましょう。 「運動が体にいい」のはイメージしやすいと思います。 でも、運動が “脳” にも直接効く ということは、案外知られていません。 ここ数年の研究で、こんなしくみが分かってきました。 ① 筋肉から「脳の肥料」が出る スクワットなど筋肉を使う運動をすると、筋肉から イリシン という物質が出て、脳の中で BDNF(脳由来神経栄養因子) を増やすことが分かっています。 BDNF は別名 「脳の肥料」。新しい神経のつながりを作ったり、傷んだ神経を修復したりする、とても大切なはたらきをします。 ② 脳の血のめぐりが良くなる 運動で全身の血流が良くなると、脳にも新鮮な酸素と栄養が届きます。 特に 運動と頭の体操を組み合わせる と、記憶を司る脳の領域(海馬)が 萎縮しにくくなる ことが報告されています。 ③ リスクそのものが下がる 統計的にも、運動習慣のある人は、ない人に比べて 認知症リスクが約31%低い というデータがあります。さらに、早歩きなどの 少し息が上がる運動を週3回以上 行っている方は、リスクが50%も下がる との報告もあります。 ...

May 8, 2026 · 2 分
笑顔でウォーキングを楽しむシニアのイラスト

運動すると、筋肉が「脳を守る薬」を出している? 〜注目の物質『イリシン』のはなし〜

「運動は体にいい」――これは、みなさんよくご存じだと思います。 では、「運動は “脳” にもいい」 のはなぜか、考えてみたことはありますか? 「歩くのは足の運動なのに、どうして頭にまで効くんだろう?」 実は、その “橋渡し” をしている物質が、近年とても注目されています。 その名前が イリシン。運動をすると、筋肉そのものから分泌され、血液に乗って脳まで届く といわれる物質です。 理学療法士として30年、私はたくさんの方の体と向き合ってきました。「運動が脳に効く」という実感は前からありましたが、その “理由” が少しずつ科学で説明できるようになってきたのは、とても心強いことです。 ✅ 運動すると、筋肉から イリシン(運動でつくられるホルモンのような物質)が出ると考えられている ✅ イリシンは脳に届き、「脳を育てる物質(BDNF)」 を増やして、記憶の中心 「海馬」 を助けるとみられる ✅ 2026年には、人間でも「運動→イリシン→海馬」のつながり を示す研究が報告された(ただし、まだ研究の途上です) 目次 そもそも「イリシン」って何? なぜ筋肉の物質が、脳にまで効くの? 2026年の新しい研究が示したこと どんな運動でイリシンは出るの? 理学療法士として、現場で感じていること いま、私たちにできること おわりに そもそも「イリシン」って何? イリシン(irisin)は、運動をしたときに筋肉から出てくる物質 です。 こうした「筋肉から分泌される物質」は マイオカイン(=筋肉がつくるメッセージ物質)と呼ばれ、イリシンはその代表選手のひとつです。 最初に報告されたのは2012年のこと。「筋肉は、ただ体を動かすための器官ではなく、体じゅうに指令を送る “臓器” でもある」――そんな見方を広げるきっかけになりました。 おもしろいのは、このイリシンが 血液に乗って全身をめぐり、脳にまで届く と考えられている点です。 「足腰を動かしているだけ」のつもりが、実は 体の中で “脳あての手紙” を出しているのかもしれない、というわけです。 なぜ筋肉の物質が、脳にまで効くの? カギになるのが、BDNF(ビーディーエヌエフ=脳由来神経栄養因子)という物質です。 むずかしい名前ですが、ひとことで言えば 「脳の神経細胞を育てて、元気に保つための栄養」 のようなものです。 イリシンは脳に届くと、この BDNFを増やす はたらきがあるとみられています。BDNFが増えると、記憶をつかさどる 海馬(かいば)という場所で、神経細胞のつながりが保たれたり、新しく生まれたりするのを助けると考えられています。 流れをまとめると、こうなります。 運動する → 筋肉からイリシンが出る → 血液に乗って脳へ → BDNFが増える → 記憶の中心「海馬」が元気に ...

June 21, 2026 · 1 分
公園で楽しく歩くシニアのイラスト

1日5,000〜7,500歩で、アルツハイマー病の進行が遅くなる? 〜歩数の『スイートスポット』が見えてきた〜

「健康のためには 1日1万歩 歩きましょう」―― そう聞いて、「正直、それはちょっとしんどい」と感じたことはありませんか? 実は最近、世界的に有名な医学誌に、少し希望のもてる研究 が発表されました。 「1日5,000〜7,500歩でも、アルツハイマー病の進行を遅らせる可能性がある」 しかも、すでに脳に “アルツハイマー病の早期サイン” が現れている人 にも、その効果が見られたというのです。 私自身、母がアルツハイマー型認知症で施設に入所しているので、こうした研究には自然と目がとまります。今回は、その内容をできるだけわかりやすくお伝えします。 ✅ 1日 5,000〜7,500歩 歩いている人は、ほとんど歩かない人と比べて思考力の低下が 約半分 だった ✅ すでにアミロイドβ(脳のゴミ)がたまっている人にも、運動の効果が認められた 目次 どんな研究だったの? 5,000〜7,500歩が「スイートスポット」 アミロイドβがあっても、運動は意味がある 「タウ」って何? 脳のゴミとの関係 理学療法士として、現場で感じていること いま、私たちにできること おわりに どんな研究だったの? あなた 歩数と脳の話って、なんとなくの話じゃなくて、ちゃんとした研究なんですか? Torapon はい、とてもしっかりした研究なんです。約300人の高齢者を、最大14年間 も追いかけた大規模なもの。順番に中身を見ていきましょう。 今回ご紹介する研究は、米国マサチューセッツ総合病院(Mass General Brigham)の Wendy Yau 氏らのグループが、「Nature Medicine」 という非常に権威ある医学誌に発表したものです(2025年11月3日掲載)。 大きな特徴 対象:認知機能が 正常な高齢者 296人 期間:最大 14年間 の追跡調査 測定:歩数計で測った 1日の歩数 と、脳の検査 場所:ハーバード大学の「加齢脳研究(HABS)」のデータを使用 「歩数」と「脳の変化」の関係を、ここまで長くきちんと追いかけた研究は、世界的にも珍しいものです。 5,000〜7,500歩が「スイートスポット」 あなた やっぱり、たくさん歩けば歩くほどいい……ってことですよね? Torapon それが、うれしい意外な結果だったんです。1日7,500歩あたりで効果は頭打ち。つまり1万歩を無理にめざさなくても大丈夫、ということなんですよ。 研究では、参加者を 1日の歩数によって4つのグループ に分けて比べました。 グループ 1日の歩数 非活動的 3,000歩以下 低活動量 3,001〜5,000歩 中活動量 5,001〜7,500歩 高活動量 7,501歩以上 その結果、注目すべきことがわかりました。 ...

May 8, 2026 · 2 分
秋の並木道を、背すじを伸ばして軽やかに歩く80代の女性のイラスト

80代でもスタスタ歩ける人は、頭も元気だった? 〜「歩く速さ」と脳の研究から〜

「最近、横断歩道を渡りきる前に、信号が点滅しはじめる」 「一緒に歩いていると、親の足がずいぶんゆっくりになった気がする」 そんなふうに感じたことはありませんか。 歩く速さについて、2026年の夏、アメリカの神経の専門誌に、興味深い研究が載りました。80歳を過ぎても、同じ年代の人よりずっと速く歩ける人たちは、頭のはたらきも保たれやすかった、という報告です。 先にお伝えしておきます。この記事は「速く歩けば認知症を防げます」という話ではありません。 ただ、歩く速さが「体と頭の元気さを映す鏡」になりうる、ということは、知っておいて損はないと思います。 ✅ 80歳以上で、同じ年代・同じ性別の人よりずっと速く歩ける人(研究で実際にあてはまったのは約1割)は、そうでない人と比べて、生活にも支障が出るほどの認知機能の障害が起きる危険が、およそ半分でした ✅ 亡くなったあとに脳を調べると、認知症につながる変化は、ほかの人と同じくらいありました。それでも頭のはたらきは保たれていた。「持ちこたえる力」の目印かもしれないと考えられています ✅ ただしこれは 観察した研究 です。「頭の衰えが始まっていたから、歩くのが遅くなった」という逆の順番 もじゅうぶん考えられます 歩く「量」についての研究は、こちらでご紹介しています。今回は「速さ」の話です。 👉 1日5,000〜7,500歩で、アルツハイマー病の進行が遅くなる? 目次 「スーパー・ムーバー」とはどんな人か 3つのデータで調べた研究 分かったこと その1 認知機能の障害が、およそ半分 分かったこと その2 脳の中は、ほかの人と同じだった いちばん気をつけたいのは「順番が逆」という可能性 正直に書いておきたいこの研究の弱いところ 理学療法士として現場で思うこと 自分の歩く速さを、測ってみませんか いま私たちにできること おわりに 参考にした情報 「スーパー・ムーバー」とはどんな人か 研究をしたのは、アメリカ・ニューヨークにあるアルバート・アインシュタイン医科大学のジョー・ヴァーギーズ先生たちのグループです。歩き方と脳の関係を、長く研究してきたチームです。 このグループは、80歳以上で、同じ年齢・同じ性別の人たちの平均より、ずっと速く歩ける人のことを「スーパー・ムーバー」(とても動ける人、という意味)と名づけました。 どれくらい速いかというと、計算の上では同じ年代の9割以上の人より速いくらいです。前の研究では「30歳若い人と同じくらいの速さ」とも書かれています。 あなた 何メートルで何秒、みたいな基準があるんですか? Torapon じつは、「秒速何メートル以上ならスーパー・ムーバー」という決まった線はないんです。国ごと、男女ごとに「同じ年代の平均と比べて、どれくらい速いか」で決めています。ですから、日本人にそのまま当てはめられる数字はありません。ご自分で目安を測る方法は、あとでご紹介しますね。 3つのデータで調べた研究 この研究は、2026年6月に『Neurology』(ニューロロジー)という、アメリカ神経学会の専門誌に発表されました(2026年7月号に掲載)。 おもしろいのは、性格のちがう3つのデータを組み合わせていることです。 データ 人数 何を調べたか 世界の高齢者調査5つをまとめたもの 3,989人(平均84歳前後) 認知機能の障害が、新たに起きるかどうか ニューヨークの長寿研究 197人(平均84.6歳) 頭のはたらきの下がり方と、脳のMRI シカゴの研究(亡くなったあとに脳を調べる) 692人(平均85.6歳) 脳の中の、認知症につながる変化 どのデータも、調べはじめた時点で、認知症やアルツハイマー病ではなかった80歳以上の方が対象です。 分かったこと その1 認知機能の障害が、およそ半分 いちばん大きなデータ(3,989人)の結果です。 3.4〜5.4年のあいだ追いかけたところ、スーパー・ムーバーの方は、そうでない同じ年代の方と比べて、認知機能の障害が新たに起きる危険が、およそ半分(0.49倍)でした。 ここでいう「認知機能の障害」とは、 記憶などのテストの点数が、同じ年代の平均よりはっきり低い そのうえで、買い物・お金の管理・電話など、暮らしの中のことにも支障が出ている という状態のことです。「もの忘れが少し増えた」程度のことではなく、生活に影響が出るほどの変化を数えています。 ニューヨークの197人のデータでも、スーパー・ムーバーの方は、記憶も、それ以外の頭のはたらき(考えるスピードや段取りの力など)も、下がり方がゆるやかでした。MRIでは、記憶にかかわる海馬(かいば)の一部の体積が保たれていたそうです。 あなた 半分というのは、すごいですね……。 ...

September 29, 2026 · 1 分