「このごろ、ペットボトルのフタが開けにくくなった」
「握手した手に、昔ほど力が入らない気がする」

そんなふうに、手の力(握力)の衰えを感じたことはありませんか?
「年のせいだから、しかたない」と思ってしまいがちですが、実はいま、この“にぎる力”と、脳の元気との関係に、世界中の研究者が注目しています。

理学療法士として現場に立っていると、「体の力」と「頭の元気」は、思っている以上に深くつながっていると感じます。今回は、筋肉と脳の、新しい関係について、やさしくお話しします。

握力は「体全体の筋力の鏡」。大規模な研究で、握力が強い人ほど、将来アルツハイマー病になりにくい傾向が報告されています

✅ アメリカの有名な研究所が、**2026年を「脳の健康の年」**と位置づけました。運動が、脳を元気にする物質 「BDNF」 を増やすことがわかっています

✅ カギは、中年期からの筋力づくり。歩くなどの有酸素運動だけでなく、「筋トレ(筋力を保つこと)」も脳を守る、という新しい視点が広がっています


目次

  1. そもそも、握力と脳って関係あるの?
  2. 世界が注目「2026年は、脳の健康の年」
  3. 握力は「体全体の筋力の鏡」
  4. なぜ、筋肉が脳を守るの?
  5. 現場で感じていること
  6. いま私たちにできること
  7. おわりに

そもそも、握力と脳って関係あるの?

あなた あなた

手の力と、脳の元気……。まったく別のもののように思えるのですが。

Torapon Torapon

そう感じますよね。でも、握力は「体ぜんたいの筋力」をうつす鏡のようなもの。手の力が保てている方は、体全体の筋肉も元気なことが多いんです。そして、その体の元気が、脳の元気ともつながっている——そんなことが、少しずつわかってきたんですよ。

握力とは、文字どおり「手でにぎる力」のことです。健康診断で測ったことがある方もいらっしゃるかもしれません。

この握力、じつは 「体全体の筋力の目安」 として、医療の現場でよく使われています。手の力だけを特別にはかっているのではなく、握力が保てている人は、全身の筋肉も元気なことが多いからです。

そして近年、この握力と、脳の健康・認知症のリスクとの関係を調べる研究が、世界中で相次いで報告されるようになりました。順番に見ていきましょう。


世界が注目「2026年は、脳の健康の年」

運動が脳を元気にするイメージ

アメリカに、ソーク研究所(Salk Institute) という、脳科学で世界的に知られる研究所があります。この研究所が、2026年を「脳の健康の年(Year of Brain Health)」 と位置づけ、脳を守るしくみの解明に力を入れると発表しました。

その中で、大きなテーマの一つとされているのが 「運動」 です。

運動をすると、脳の中で 「BDNF(ビーディーエヌエフ)」 という物質が増えることがわかっています。これは 「脳を元気にする栄養」 のようなもので、神経細胞が生き延びるのを助け、学びや記憶を後押しし、新しい神経細胞が育つのを支えるはたらきがあると考えられています。

あなた あなた

運動が、脳の栄養を増やしてくれるんですね。ちょっと意外です。

Torapon Torapon

そうなんです。しかも研究所は、「有酸素運動」だけでなく「筋力(筋トレ)」も、脳を守るのではないかと考えて、くわしく調べはじめています。歩くことに加えて、筋肉を保つことも大事、というわけですね。

これまで「運動といえば、ウォーキングなどの有酸素運動」というイメージが強かったかもしれません。でもいま注目されているのは、筋力そのもの筋肉が強い人ほど、脳が守られやすいのではないかという、新しい視点です。

運動でつくられる“脳の若返り物質”の話は、こちらの記事もあわせてどうぞ。
👉 運動でつくられる“脳の若返り物質”の話


握力は「体全体の筋力の鏡」

筋肉を動かす運動のイラスト

「筋力が脳を守る」という話を、より具体的に示したのが、握力を使った大規模な研究です。

ある研究では、約8万6千人という、とても多くの人を長い期間にわたって追いかけました。その結果、握力が強い人ほど、将来アルツハイマー病になるリスクが低い、という関係が、段階的にみられたと報告されています。握力が強いほどリスクが下がっていく——そんなゆるやかな傾向です。

また、2025年に発表された別の大規模な追跡研究でも、筋力が弱い人は、将来認知症になるリスクがやや高いという結果が示されました。握力や全身の筋力の低下が、将来の脳の健康を映すサインの一つになりうる、というわけです。

あなた あなた

握力が弱いと、もう手おくれ……ということでしょうか。

Torapon Torapon

いいえ、そうではありません。これらはあくまで「傾向」であって、握力が弱いから必ずそうなる、という話ではないんです。むしろ大切なのは、筋力は、いくつからでも育てられるということ。とくに 40〜60代の中年期から筋力を保つことが、将来の脳を守る土台になると考えられているんですよ。

ここで大事なのは、「握力の数字におびえること」ではありません。握力は、あくまで体の状態を知る手がかりの一つです。数字そのものより、**「これから、体の筋力をどう保っていくか」**のほうが、ずっと大切です。


なぜ、筋肉が脳を守るの?

いろいろな運動のイラスト

では、どうして筋肉が、脳を守ってくれるのでしょうか。そのしくみは、まだ研究の途中で、すべてが解明されたわけではありません。ただ、いくつかの道すじが考えられています。

  • 運動が「脳の栄養(BDNF)」を増やす……体を動かすことで、神経を元気に保つ物質が増えると考えられています
  • 筋肉そのものが、脳によい物質を出す……近年、筋肉は「動くための器官」であるだけでなく、体じゅうに“よい信号”を送り出す器官でもあることがわかってきました
  • 血のめぐりがよくなる……運動や筋力の維持は、脳へ届く血の流れを助けます
  • 生活習慣が整う……体を動かす習慣は、睡眠・血圧・血糖など、脳に関わる多くのことを、よい方向へ導きます

ソーク研究所も、「筋肉を育てるしくみ」が、年をとった脳を守る手がかりになるのではないか、と考えて研究を進めています。つまり、筋肉を保つことは、脳への“うれしい贈りもの”を増やすことでもあるのです。

大切なのは、有酸素運動(歩くなど)と、筋トレ(筋力を保つこと)の両方をバランスよく、ということ。どちらか一方ではなく、組み合わせることが、脳にとってよいと考えられています。


現場で感じていること

理学療法士として現場に立っていると、「筋力」と「頭の元気」がつながっていると感じる場面が、たしかにあります。

足腰の筋力が保てている方は、外に出て歩き、人と会い、いろいろな刺激を受け取っています。体が動くから、世界とのつながりが保たれる——そのことが、脳の元気にもつながっているのだと感じます。逆に、体を動かす機会が減ると、生活の張りまで少しずつしぼんでしまうことも、少なくありません。

派手な特効薬があるわけではありません。でも、「今日も少し体を動かす」という積み重ねが、体と脳の両方を、静かに支えてくれる——現場で、そう教えられています。


いま私たちにできること

毎日の散歩のイラスト

あなた あなた

筋力を保つといっても、ジムでの激しい運動は、ちょっと自信がありません……。

Torapon Torapon

ご安心ください。特別な器具も、きつい運動も要らないんです。イスからの立ち座り、かかとの上げ下げ、歩くこと——毎日の暮らしの中でできることばかり。無理のない範囲で、ひとつずつ始めてみましょう。

筋力づくりは、アスリートのためのものではありません。毎日の暮らしの中で、だれもが少しずつ育てていけるものです。

  • イスから立ち座りをする:太ももやお尻の、大きな筋肉を使えます。テレビを見ながらでも
  • かかとの上げ下げをする:ふくらはぎは「第二の心臓」。血のめぐりも助けます
  • 歩く習慣をもつ:散歩でも、買い物のついででも。体と脳の両方によい運動です
  • 手や指を使う:ペットボトルを開ける、雑巾をしぼる、料理をする。握る動きも大切に
  • たんぱく質をとる:筋肉の材料です。肉・魚・卵・大豆などを、毎食少しずつ
  • こつこつ続ける:効果は一日では出ません。“ゆっくり長く”が、いちばんの近道です

無理は禁物です。痛みがあるときや、持病のある方は、必ずかかりつけの医師や、リハビリの専門職に相談してから始めてください。

🏋️ 体を動かす習慣をつけたい方へ

「一人ではなかなか続かない」「自分のペースで通いたい」という方は、ジムを利用するのもひとつの方法です。

PR

フィットネスジム FIT24

24時間いつでも通える、フィットネスジム。早朝でも夜でも、自分の生活リズムに合わせて体を動かせます。「決まった時間に通うのはむずかしい」という方の、運動を続けるきっかけに。

📚 あわせて読みたい一冊

PR
運動脳(新版)

運動脳(新版)

「運動が、なぜ脳に効くのか」を、神経科学の視点からやさしく解説した世界的ベストセラー。今回お話しした“筋肉と脳の関係”を、毎日の習慣に結びつけるヒントになる一冊です。


おわりに

「にぎる力が弱くなった」——それは、年齢のせいだと、あきらめてしまいがちなことです。

でも、筋力は、いくつからでも育て直せます。そして、その筋力を保つことが、将来の脳の元気にもつながっている。世界の研究者たちが、いままさに、その関係を熱心に調べています。

今日できることは、ほんの小さな一歩かもしれません。イスから一回立ち上がる。かかとを上げてみる。少し遠回りして歩いてみる。
その一歩の積み重ねが、あなたの体と、脳の両方を、静かに支えてくれるはずです。

無理なく、あきらめず、できれば誰かと一緒に。
それが、体とも脳とも、長く元気に付き合っていくための、いちばんやさしいコツだと思います。


参考にした情報

  • ソーク研究所(Salk Institute)「2026: The Salk Institute’s Year of Brain Health Research」(運動・BDNF・筋力と脳の健康に関する研究テーマ)
  • 握力とアルツハイマー病の関係を約8万6千人で調べた縦断研究(用量反応関係の報告)
  • 筋力と認知症の関係を調べた全国規模の縦断研究(2025年)
  • 握力と認知機能低下・認知症に関する複数の縦断研究のまとめ(メタ解析)
  • 上記の知見をもとに、一般の方向けにかみくだいて構成しました。研究の多くは「関係(傾向)」を示すもので、「握力を鍛えれば必ず認知症を防げる」と断定するものではありません。
  • ※運動の始め方は、お一人おひとりの体の状態によって異なります。痛みや持病のある方は、かかりつけの医師やリハビリの専門職にご相談ください。