窓辺で本を読み、語り合う年配のふたりの水彩画

いちばん「頭が働く」のは何歳ごろ? 〜研究が示した「55〜60歳」という答え〜

「人の名前が、すぐに出てこない」 「新しい機械の使い方を覚えるのが、若いころより時間がかかる」 そんなふうに感じて、「もう歳だから」とため息をついたことはありませんか? ところが2025年、その常識をゆさぶる研究が発表されました。心の働きを総合すると、いちばん高くなるのは20代ではなく、55〜60歳ごろだというのです。 理学療法士として現場に立っていると、年齢を重ねた方の落ち着いた判断に、何度も助けられてきました。今回は、その感覚を裏づけるような研究のお話です。 ✅ 「頭のよさ」は一つではありません。覚えるスピードは20代がピークでも、知識・ことば・経験は60代まで伸びていくことがわかっています ✅ 16の側面をまとめると、総合的なピークは55〜60歳ごろ。下がりはじめるのは65歳ごろ、下がり方が大きくなるのは75歳以降と報告されました ✅ ただし、これは平均の傾向の話です。個人差はとても大きく、「何歳だからこう」と決めつけられるものではありません 目次 「頭のよさ」は、ひとつじゃない 16の側面を足し合わせたら、山のかたちになった 70代・80代まで伸びつづけるものもある この研究には、限界もあります 現場で感じていること いま私たちにできること おわりに 「頭のよさ」は、ひとつじゃない あなた 頭の働きは、若いころがいちばんいい……そう思っていました。 Torapon 半分は当たっていて、半分はちがうんです。「頭のよさ」には少なくとも2種類あると考えられていて、その2つは年齢とともに反対の方向に動くんですよ。 心理学では、「頭のよさ」を大きく2つに分けて考えます。 覚えるスピードや、初めての問題を解く力(専門的には「流動性知能」といいます)……こちらは20代ごろがピークで、そのあとゆっくり下がっていきます 知識・ことば・積み上げた経験(「結晶性知能」といいます)……こちらは60代ごろまで伸びつづけると報告されています 「人の名前が出てこない」「新しい機械に手間取る」というのは、前者の変化です。たしかにそこは、年齢とともにゆっくりになります。 でもそのあいだに、もう一方はずっと育ち続けているのです。長年つちかった知識、ことばの豊かさ、「こういうときは、こうしたほうがいい」という勘どころ。それらは、若いころには持っていなかったものです。 脳の中で何が起きて「ゆっくりめ」になるのかは、こちらの記事でくわしくお話ししています。 👉 認知機能はなぜ衰えるの?〜脳の中で起きている4つの変化〜 16の側面を足し合わせたら、山のかたちになった ここで紹介したいのが、オーストラリアの西オーストラリア大学のジル・ギニャック博士と、ポーランドのワルシャワ大学のマルチン・ザイェンコフスキ博士による研究です。2025年に、心理学の専門誌『Intelligence(インテリジェンス)』に発表されました。 二人が取り組んだのは、こんな疑問です。 「覚える力のピークが20代なら、どうして仕事で成果を出す人のピークは、50代後半なのだろう?」 そこで研究チームは、「人生をうまく運ぶ力」に関わる9つの分野・16の側面を選び出しました。推論する力、記憶、考えるスピード、知識、感情をあつかう力、まじめさ、気持ちの安定、お金についての判断力、道徳的な考え方、思いこみに振り回されにくさ……といったものです。 そして、それぞれについて「年齢とともにどう変わるか」を既存の大規模なデータから集め、同じものさしにそろえて、一本の指標にまとめました。 その結果が、こちらです。 18歳からぐんぐん上がり、55〜60歳ごろがいちばん高い 65歳ごろから下がりはじめ、75歳以降は下がり方が大きくなる 計算の仕方を変えても、ピークはやはり55〜60歳ごろ あなた 55〜60歳がピーク……。ちょうど、いちばん忙しい時期ですね。 Torapon そうなんです。会社で責任のある立場を任される時期と、ぴったり重なります。研究チームも、「仕事で成果が出るピークと、この山の頂上はほぼ同じ」だと述べています。経験を積んだ人が現場で頼りにされるのは、気のせいではなかった、というわけですね。 なお、「経験でみがかれる力」を重く見て計算した場合、85歳ごろの高さは18歳のころと同じくらいになったとも報告されています。ただし中身は別もので、得意なことと苦手なことが入れ替わっている——そんなイメージです。 70代・80代まで伸びつづけるものもある この研究でとくに興味深いのは、60歳を過ぎても伸びつづけるものがあった点です。 「もったいない」に引きずられにくい……たとえば、あまり面白くない映画を観ていて、「お金を払ったのだから、最後まで観ないと損だ」と思って座り続けてしまう。こういう判断のくせは、だれにでもあります。ところが年齢を重ねた方は、ここで上手に切り上げられると報告されています。しかもこの力は、70代・80代まで伸びつづける可能性があるそうです お金についての判断力……60代後半ごろまで伸びていきます 道徳的な考え方……年齢とともに深まっていくと報告されています まじめさ(几帳面さ)や、気持ちの安定……60代から70代にかけて、いちばん高くなっていきます いっぽうで、中年以降にゆっくり下がっていくものもありました。頭の切り替えの早さ、相手の考えを読みとる力(65歳ごろから)、そして「あれこれ考えたい」という意欲などです。 あなた 年をとると、頑固になるものだと思っていました。 Torapon おもしろいですよね。あわてて飛びつかず、落ち着いて決められる——それも立派な力です。若さの「速さ」とはちがう種類の強さが、年齢とともに育っている、ということなんです。 この研究には、限界もあります ここは大事なところなので、正直にお伝えします。この研究には、いくつか気をつけて読むべき点があります。 多くが「横断データ」である……同じ人を何十年も追いかけたのではなく、いろいろな年齢の人を、同じ時期に比べたものが中心です。そのため、「年齢による変化」と「育った時代のちがい」が混ざっている可能性があります 欧米のデータが中心……主に欧米の豊かな国のデータから集められています。日本を含む他の地域でも同じ形になるかは、これから調べる必要があります あくまで「平均」の話……人によるちがいは、とても大きいものです 研究チームは論文の中で、「高度な判断を求められる仕事には、40歳未満や65歳以上の人は向きにくいかもしれない」という見方にも触れています。ただ、これは平均から導いた一般論です。 年齢だけを見て「この人はもう」と判断するのではなく、その人が実際にどうかを見る。研究者自身も、そこを強調しています。 現場で感じていること 理学療法士として働いていると、年齢を重ねた方の「落ち着き」に助けられる場面が、たしかにあります。 ...

July 30, 2026 · 1 分
朝の散歩道で、澄んだ空気を深く吸い込む高齢の男性のイラスト

たばこは、何歳でやめても遅くない? 〜やめた人の「頭の衰え方」を追った研究〜

「この年からやめても、もう意味はないんじゃないか」 長く吸ってきた方も、そんな方を見守るご家族も、そう思ったことがあるかもしれません。 2025年、イギリスの研究チームが、たばこをやめた人の、その後の頭の衰え方を追いかけた結果を発表しました。 ✅ 12か国の約9,400人を調べた研究で、やめた人は、吸い続けた人より、やめた後の記憶などの衰え方がゆるやかでした ✅ その差は、何歳でやめた人でも同じように見られました ✅ 日本の高齢者の研究では、やめて3年以上たつと、認知症のなりやすさが、吸ったことがない人と同じくらいでした 前回の記事では、55歳のころの喫煙の有無を調べた研究をご紹介しました。今回は、その続き「やめた人はどうなったか」です。 👉 55歳ころのカラダは、その後の人生に響くのでしょうか? 〜認知症にならずに過ごせた年数という見方〜 目次 やめる前は同じ、やめた後に変わった やめて何年で、差は縮まるのか 体重が増えすぎないように 加熱式たばこは、どうなのか おわりに 参考にした情報 やめる前は同じ、やめた後に変わった 研究では、イギリス・アメリカ・ヨーロッパの3つの長期調査(12か国・40〜89歳)のデータを使いました。途中でたばこをやめた4,718人と、年齢・性別・学歴・もともとの認知機能などをそろえた吸い続けた4,718人を比べています。 結果は次のとおりです。 やめる前の6年間 … 記憶や言葉の出やすさの衰え方は、2つのグループでほぼ同じ やめた後の6年間 … やめた人のほうが、どちらも衰え方がゆるやか やめた年齢による違い … 見られませんでした あなた 衰え方がゆるやかって、どれくらいですか? Torapon 正直に言うと、差はとても小さいです。「頭がよみがえる」という話ではなく、下り坂の傾きが、少しゆるやかになったというイメージです。それでも、同じ坂を下っていた2つのグループが、やめた後に別々の道へ分かれた。そこに意味があると思っています。 ※ これは観察研究(すでにある記録を追いかけて調べた研究)です。「やめたから良くなった」とまでは言い切れません。また、比べた相手は「吸い続けた人」で、「吸ったことがない人と並んだ」という結果ではありません。 やめて何年で、差は縮まるのか 「やめても、しばらくは変わらないのでは?」 その疑問に答える研究もあります。 宮城県大崎市の65歳以上・約1万2千人を、約5年半追いかけた研究では、吸ったことがない人と比べて、 いま吸っている人 … 認知症のなりやすさが 1.46倍 やめて3年以上の人 … ほぼ同じ(1.0倍前後) でした。 アメリカの大きな調査(約3万3千人・平均60歳)でも、やめた人は、いま吸っている人より認知症のなりやすさが低くなっていました。しかも、やめてからの年数が長いほど、なりやすさは下がっていき、7年ほどたつと、吸ったことがない人に近い水準まで下がって、そこからは変わりませんでした。「何年」かは研究によって幅がありますが、やめる期間が長いほど良い方向という向きは、そろっています。 あなた じゃあ、早くやめるほどいいんですね。 Torapon そのとおりです。ただ、「もう遅い」ということはありません。どの研究も、何歳でも、やめた後のほうがよかったという向きです。今日からが、いちばん早いスタートです。 体重が増えすぎないように やめた後、体重が増えて悩む方は多いと思います。 先ほどのアメリカの調査では、この点も調べています。「やめた人は認知症のなりやすさが低い」という結果は、やめた後2年間の体重の増えが5kg以内の人でおもに見られ、10kg以上増えた人では、はっきりした差になりませんでした。 もちろん、「体重が増えるから、やめないほうがいい」という話ではありません。大切なのは、やめたあとも歩く・体を動かすを続けて、増えすぎを防ぐことです。散歩の記事もあわせてどうぞ。 👉 1日5,000〜7,500歩で、アルツハイマー病の進行が遅くなる? 加熱式たばこは、どうなのか 「加熱式なら、体にいいんでしょう?」 そう聞かれることがあります。私が調べた範囲では、加熱式たばこや電子たばこと認知症を、長く追いかけた研究は見つかりませんでした。「加熱式なら安心」とは言えず、まだ分かっていないのが正直なところです。 おわりに たばこをやめると、その後の頭の衰え方が、ゆるやかになる傾向がありました。そして、その差は何歳でやめても見られました。 「もう遅い」と思っている方にこそ、この研究を知ってほしいと思います。やめるのが難しいときは、一人で頑張らず、お医者さんやご家族の力を借りる方法もあります。禁煙外来(保険が使える場合があります)も、その一つです。 ※ 禁煙のお薬などを使うときは、必ずかかりつけ医や禁煙外来にご相談ください。 ...

October 3, 2026 · 1 分
猛暑の中で涼をとるシニアのイラスト

夏の暑さは、脳にも効いていた? 〜猛暑と認知症リスク、今年からできる対策〜

年々きびしくなる夏の暑さ。「ご高齢のご家族が心配」「自分も夏になると体がつらい」と感じている方は、多いのではないでしょうか。 暑さといえば、まず気になるのは 熱中症。けれど最近、それだけではない可能性を示す研究が報告されました。テーマは 「長く続く猛暑と、認知症のリスク」 です。 日本の大規模な調査で、極端な暑さに何年もさらされることが、認知症の発症リスクと関係していそうだ という結果が出たのです。少し心配な話に聞こえるかもしれませんが、大事なのは 「だからこそ、今年の夏からできる対策がある」 ということ。今日は、研究の中身と、すぐに実践できる暑さ対策を、ごいっしょに見ていきます。 ✅ 日本の高齢者 約5万7千人 の調査で、極端な暑さに多くさらされた人ほど、認知症の発症リスクがやや高まる傾向がみられた ✅ 目安として、猛烈に暑い日が7日増えるごとに、認知症のリスクが約9%・亡くなるリスクが約13% 高まる計算だった ✅ ただし「暑さが原因」と言い切れる段階ではない。だからこそ 今年の夏から、エアコン・水分・室温の対策 を大切にしたい 目次 どんな研究だったの? どれくらい、リスクが上がるの? なぜ暑さが、脳に関わるのでしょう 理学療法士として、夏の現場で感じること いま、私たちにできること おわりに どんな研究だったの? あなた 暑さで「熱中症」はよく聞きますけど、「認知症」にも関係があるなんて初耳です。どんな調査だったんですか? Torapon 日本の高齢者 約5万7千人 を長く追いかけた、とても大きな調査なんです。順番に見ていきましょう。 この研究は、東京科学大学・公衆衛生学分野の 森田彩子(もりた あやこ)氏 らによるもので、認知症の世界的な医学誌 Alzheimer’s & Dementia(2026年1月4日号)に報告されました。 使われたのは、JAGES(ジェイジス=日本老年学的評価研究) という、日本の高齢者を長く追いかけた大規模な調査のデータ(2016〜2019年)です。対象になったのは、同じ町に30年以上住み、認知症がなく、自立して生活している65歳以上の方 約5万7千人。これだけ多くの方を追跡した、信頼性の高い調査です。 研究では、それぞれの地域の ふだんの気候とくらべて「極端に暑い日」が何日あったか を計算し、その暑さへの「のべの量」が多い人と少ない人で、その後の 認知症の発症 や 死亡 に差が出るかを調べました。 追跡のあいだに、2,454名(4.3%)が認知症を発症し、2,375名(4.2%)が亡くなっていました。 どれくらい、リスクが上がるの? 結果は、「極端な暑さにさらされた量が多い人ほど、認知症や死亡のリスクがやや高くなる」 という傾向を示すものでした。 数字でいうと、わかりやすい目安はこちらです。 猛烈に暑い日が7日ふえるごとに、認知症になるリスクは約 9%、亡くなるリスクは約 13% 高まる計算だった さらに研究チームは、2016〜18年に実際にあったレベルの猛暑 にあてはめると、認知症のリスクは 約1.43倍、死亡のリスクは約1.63倍になると試算した あなた 「1.43倍」って聞くと、ちょっとこわい数字です……。 Torapon どきっとしますよね。でも、ここで落ち着いて受け止めたい点があるんです。 これは たくさんの人を集めて見たときの「全体の傾向」 であって、「暑い夏を過ごした人が必ず認知症になる」という意味ではありません。また、この種の研究は 「関係がありそうだ」を示すもの で、暑さが直接の原因だと断定できる段階ではない、ということも大切です。 ...

June 25, 2026 · 1 分
予防接種と健康を考えるイメージ

帯状疱疹のワクチンで、認知症が減る? 〜50万人の調査が示したこと〜

「帯状疱疹のワクチン、打ったほうがいいのかしら」 「役所から案内が届いたけれど、どうしよう」 そんなふうに迷っておられる方が、まわりにいらっしゃるかもしれません。 いま、この帯状疱疹のワクチンについて、「打った人は、認知症になる人が少なかった」という研究が、世界のあちこちから報告されています。 ただ、はじめにお伝えしておきたいことがあります。この記事は、ワクチンを勧めるためのものではありません。どんな研究が出ているのかを正確にお伝えして、かかりつけの先生と相談するときの材料にしていただくためのものです。 ✅ アメリカで66歳以上 約51万人を4年間追いかけた調査で、ワクチンを打った人の認知症の割合は 18.8%、打っていない人は 24.6% でした ✅ イギリス・ウェールズの28万人の調査でも、同じ方向の結果(認知症の診断が約20%少ない)が報告されています ✅ ただし、いずれも「打ったから減った」と証明したものではありません。打つかどうかは、持病やお薬とあわせて、かかりつけの医師とご相談ください 目次 帯状疱疹って、どんな病気? 51万人の調査でわかったこと もうひとつの手がかり「自然の実験」 なぜ、ウイルスと認知症がつながるの? ここは、慎重に見てください 日本では、いまどうなっている? 現場で感じていること いま私たちにできること おわりに 帯状疱疹って、どんな病気? 子どものころにかかった水ぼうそう。あのウイルスは、治ったあとも体からいなくなるわけではありません。神経のそばに、じっと隠れて眠っています。 そして、年齢を重ねたり、疲れや病気で体の守る力(免疫)が弱まったりすると、眠っていたウイルスが目を覚まします。神経に沿って皮膚に出てくるのが、帯状疱疹です。 体の左右どちらかに、帯のように痛みと発疹が出るのが特徴で、ピリピリ、ズキズキとした強い痛みをともないます。 あなた 発疹が治れば、それで終わりなのでしょうか。 Torapon それが、そうとも限らないんです。発疹が治ったあとも痛みだけが長く残ることがあって、これを帯状疱疹後神経痛と呼びます。数か月から、ときには年単位で続く方もいらっしゃいます。帯状疱疹がやっかいなのは、この痛みの後遺症なんですね。 51万人の調査でわかったこと ここからが本題です。近年、この帯状疱疹のワクチンと、認知症との関係を調べた研究が、次々と発表されています。 2026年6月、アメリカのブラウン大学の研究チームが、医学誌『Annals of Internal Medicine』に大きな調査結果を発表しました。 対象は、アメリカの医療施設にいた 66歳以上の50万9926人 4年間、認知症になるかどうかを追いかけた 使われたのは、いま日本でも使える組換えワクチン(シングリックス) その結果が、こちらです。 打っていない人の 24.6% に対して、打った人は 18.8%。差は5.8ポイント、割合にすると約24%低いという結果でした。研究チームは「およそ17人に1人の認知症を防げる可能性がある」と述べています。 もうひとつの手がかり「自然の実験」 「たまたまそうなっただけでは?」と思われるかもしれません。実は、それを確かめるのにとてもよくできた研究が、2025年に科学誌『Nature』に発表されています。 舞台はイギリスのウェールズ。ここでは以前、「1933年9月2日以降に生まれた人はワクチンを打てるが、それより前に生まれた人は一生打てない」という、誕生日で区切る制度がありました。 あなた たった数日の差で、打てる人と打てない人に分かれてしまったのですね。 Torapon そうなんです。そして研究者たちは、そこに目をつけました。生まれた日が1週間違うだけの人たちは、体質も暮らしぶりも、ほとんど同じはず。それなのに、ワクチンを打てたかどうかだけが違う。これなら「くじ引きで分けた実験」に近い形で比べられる、というわけです。 28万2541人を7年間追いかけた結果、ワクチンを打てた側では、認知症と診断された人が3.5ポイント少なく、割合にすると約20%低いという結果でした。とくに女性で、この傾向がはっきりしていました。 こちらは古いタイプの生ワクチンを使った研究です。種類の違うワクチンで、別々の国で、同じ方向の結果が出た——ここが、研究者たちが注目している理由です。 なぜ、ウイルスと認知症がつながるの? しくみは、まだはっきりとはわかっていません。ただ、いくつかの考え方があります。 ウイルスが神経を傷つける……目を覚ましたウイルスは神経に炎症を起こします。それが脳にも影響するのではないか、という考え方です 血管が傷む……帯状疱疹のあと、脳卒中や心筋梗塞が増えるという報告があります。血管の傷みは、認知症とも関わりの深いものです ワクチンが免疫全体を整える……ウイルスを抑えるだけでなく、体の守るしくみそのものによい影響があるのではないか、という見方もあります 血管の状態が脳を守るという話は、こちらの記事でもお話ししています。 👉 認知症を防ぐ「血管と代謝」の整え方 ここは、慎重に見てください 大事なところなので、はっきり書いておきます。これらの研究は、「ワクチンを打てば認知症を防げる」と証明したものではありません。 打つ人と打たない人は、もともと違う……ワクチンを打つ方は、健康に気を配っている方が多い傾向があります。研究チームはその影響を計算で取り除こうとしていますが、完全には取り除けません 研究チーム自身が慎重……ブラウン大学のチームも「ワクチンが理由だと確実には言えない」と明言し、今後さらに検証が必要だとしています 認知症を防ぐための薬ではありません……帯状疱疹ワクチンは、あくまで帯状疱疹を防ぐためのものです あなた では、この研究はあまり意味がないということでしょうか。 ...

August 1, 2026 · 1 分
秋の並木道を、背すじを伸ばして軽やかに歩く80代の女性のイラスト

80代でもスタスタ歩ける人は、頭も元気だった? 〜「歩く速さ」と脳の研究から〜

「最近、横断歩道を渡りきる前に、信号が点滅しはじめる」 「一緒に歩いていると、親の足がずいぶんゆっくりになった気がする」 そんなふうに感じたことはありませんか。 歩く速さについて、2026年の夏、アメリカの神経の専門誌に、興味深い研究が載りました。80歳を過ぎても、同じ年代の人よりずっと速く歩ける人たちは、頭のはたらきも保たれやすかった、という報告です。 先にお伝えしておきます。この記事は「速く歩けば認知症を防げます」という話ではありません。 ただ、歩く速さが「体と頭の元気さを映す鏡」になりうる、ということは、知っておいて損はないと思います。 ✅ 80歳以上で、同じ年代・同じ性別の人よりずっと速く歩ける人(研究で実際にあてはまったのは約1割)は、そうでない人と比べて、生活にも支障が出るほどの認知機能の障害が起きる危険が、およそ半分でした ✅ 亡くなったあとに脳を調べると、認知症につながる変化は、ほかの人と同じくらいありました。それでも頭のはたらきは保たれていた。「持ちこたえる力」の目印かもしれないと考えられています ✅ ただしこれは 観察した研究 です。「頭の衰えが始まっていたから、歩くのが遅くなった」という逆の順番 もじゅうぶん考えられます 歩く「量」についての研究は、こちらでご紹介しています。今回は「速さ」の話です。 👉 1日5,000〜7,500歩で、アルツハイマー病の進行が遅くなる? 目次 「スーパー・ムーバー」とはどんな人か 3つのデータで調べた研究 分かったこと その1 認知機能の障害が、およそ半分 分かったこと その2 脳の中は、ほかの人と同じだった いちばん気をつけたいのは「順番が逆」という可能性 正直に書いておきたいこの研究の弱いところ 理学療法士として現場で思うこと 自分の歩く速さを、測ってみませんか いま私たちにできること おわりに 参考にした情報 「スーパー・ムーバー」とはどんな人か 研究をしたのは、アメリカ・ニューヨークにあるアルバート・アインシュタイン医科大学のジョー・ヴァーギーズ先生たちのグループです。歩き方と脳の関係を、長く研究してきたチームです。 このグループは、80歳以上で、同じ年齢・同じ性別の人たちの平均より、ずっと速く歩ける人のことを「スーパー・ムーバー」(とても動ける人、という意味)と名づけました。 どれくらい速いかというと、計算の上では同じ年代の9割以上の人より速いくらいです。前の研究では「30歳若い人と同じくらいの速さ」とも書かれています。 あなた 何メートルで何秒、みたいな基準があるんですか? Torapon じつは、「秒速何メートル以上ならスーパー・ムーバー」という決まった線はないんです。国ごと、男女ごとに「同じ年代の平均と比べて、どれくらい速いか」で決めています。ですから、日本人にそのまま当てはめられる数字はありません。ご自分で目安を測る方法は、あとでご紹介しますね。 3つのデータで調べた研究 この研究は、2026年6月に『Neurology』(ニューロロジー)という、アメリカ神経学会の専門誌に発表されました(2026年7月号に掲載)。 おもしろいのは、性格のちがう3つのデータを組み合わせていることです。 データ 人数 何を調べたか 世界の高齢者調査5つをまとめたもの 3,989人(平均84歳前後) 認知機能の障害が、新たに起きるかどうか ニューヨークの長寿研究 197人(平均84.6歳) 頭のはたらきの下がり方と、脳のMRI シカゴの研究(亡くなったあとに脳を調べる) 692人(平均85.6歳) 脳の中の、認知症につながる変化 どのデータも、調べはじめた時点で、認知症やアルツハイマー病ではなかった80歳以上の方が対象です。 分かったこと その1 認知機能の障害が、およそ半分 いちばん大きなデータ(3,989人)の結果です。 3.4〜5.4年のあいだ追いかけたところ、スーパー・ムーバーの方は、そうでない同じ年代の方と比べて、認知機能の障害が新たに起きる危険が、およそ半分(0.49倍)でした。 ここでいう「認知機能の障害」とは、 記憶などのテストの点数が、同じ年代の平均よりはっきり低い そのうえで、買い物・お金の管理・電話など、暮らしの中のことにも支障が出ている という状態のことです。「もの忘れが少し増えた」程度のことではなく、生活に影響が出るほどの変化を数えています。 ニューヨークの197人のデータでも、スーパー・ムーバーの方は、記憶も、それ以外の頭のはたらき(考えるスピードや段取りの力など)も、下がり方がゆるやかでした。MRIでは、記憶にかかわる海馬(かいば)の一部の体積が保たれていたそうです。 あなた 半分というのは、すごいですね……。 ...

September 29, 2026 · 1 分
明るい部屋で、ピアノを楽しそうに弾く高齢の女性と、そばで見守る家族のイラスト

ピアノを60代から始めると、頭は元気になる? 〜未経験の人が1年習った研究〜

「楽器は、子どものころから習っていないと無理でしょう?」 そう思って、あきらめている方は多いかもしれません。 ドイツとスイスの研究チームが、楽器の経験がほとんどない62〜78歳の156人に、1年間ピアノを習ってもらう試験をおこないました。 ✅ ピアノを習った人は、音楽を聴いて学んだ人にくらべて、生活の質(心・体・まわりの環境)の満足度が上がりました ✅ 頭の切り替えは、ピアノ組も聴く組も伸びました。ピアノ組が上回ったのは1項目だけでした ✅ 4年後、連絡がついたピアノ組の約6割が、まだ弾いていました 目次 音楽をいつも聴く人は、認知症になりにくい? 未経験の人に、1年ピアノを習ってもらった この研究の弱いところ おわりに 参考にした情報 音楽をいつも聴く人は、認知症になりにくい? オーストラリアで、70歳以上の約1万900人を追いかけた研究があります。 音楽を「いつも」聴く人は、「聴かない・たまに・ときどき」の人とくらべて、認知症になる割合が39%低いという結果でした。 ただし、これは観察研究です。調整したのは年齢・性別・学歴だけで、運動や持病などの影響は取りきれていません。「聴けるくらい元気な人だった」可能性も残ります。 そこで知りたくなるのが、「実際に始めてもらったら、どうなるのか」です。 未経験の人に、1年ピアノを習ってもらった ドイツ・ハノーファーとスイス・ジュネーブで、62〜78歳の健康な156人(平均69.5歳)が参加しました。条件は、これまでの人生で楽器の経験が半年未満の人です。 くじ引きで2つの組に分けました。 ピアノ組(74人) … ピアノを習う 聴く組(82人) … 音楽を聴いて学ぶ(ジャンルや作曲家のお話など。弾いたり歌ったりはしません) どちらも週1回60分のレッスンを1年間、毎日の宿題つきです。ピアノ組の比べた相手は「何もしない人」ではなく、同じように講座に通う「聴く組」でした。両方の組が1年間、先生のいる講座に通ったので、「習い事に通うこと自体」の効果を取りのぞいて比べられています。 結果は次のとおりです。 生活の質 … ピアノ組のほうが、心の面・体の面・まわりの環境の面で上がりました。人づきあいの面は、組による違いはありませんでした 頭の切り替え … ピアノ組も聴く組も、いくつかの項目で伸びました。ピアノ組が上回ったのは、数字の切り替え課題の1項目だけでした 4年後 … 連絡がついたピアノ組のうち、約6割(32人)がまだ弾いていました あなた 楽器なんて、今さら始められるでしょうか……。 Torapon この研究の参加者は、ほとんどが楽器の初心者でした。それでも1年で、音の強弱や区切りをつけた演奏が、中くらいまで上達しています。年齢や、始める前の頭の調子は、上達の度合いと関係しませんでした。 あなた 弾かずに、聴くだけではだめですか? Torapon 頭の切り替えは、聴く組も伸びました。好きな曲をゆったり聴くのも、気軽な一歩です。ただ、「聴けば認知症を防げる」とまでは言えません。 この研究の弱いところ 測ったのは生活の質や頭の切り替えで、認知症になるかどうかは調べていません。期間も1年あまりです 参加者は、音楽に興味があって自分から応募した、健康な人です。そうでない人にも同じ結果が出るかは分かりません 途中で新型コロナの流行があり、レッスンがオンラインになった時期がありました つまり、「ピアノで認知症が防げる」という話ではありません。分かったのは、始める年齢が遅くても、楽しみながら続けられて、暮らしの満足度が上がる可能性があるということです。 趣味や人とのつながりと脳の関係は、こちらでもまとめています。 👉 今日から始める「脳の守り方」〜4本柱で続ける認知機能の予防〜 おわりに 「聴く」でも「弾く」でも、音楽のある時間は、暮らしを少し明るくしてくれそうです。 始めるなら、いきなり大きな楽器を買わなくても大丈夫です。まずは好きな曲を、毎日1曲聴くことからでも。弾いてみたくなったら、お店で鍵盤を触ってみるのもいいと思います。 PR 電子ピアノ(初心者向け) 置き場所をとらない電子ピアノは、初心者の入り口に向いています。大きさや鍵盤の重さが機種で違うので、できれば店頭で触って選ぶと安心です。 Amazonで見る 楽天で見る PR グランドピアノ いつかは本物のピアノを、という方に。かなり高価で、置き場所や防音も必要です。まずは弾いてみて、続けられそうだと思ってからで十分です。 Amazonで見る 楽天で見る 参考にした情報 Worschech F ほか「Quality of life in older adults is enhanced by piano practice: Results from a randomized controlled trial」Annals of the New York Academy of Sciences 2025年;1550(1):239-254 Mack M ほか「Effects of a 1-year piano intervention on cognitive flexibility in older adults」Psychology and Aging 2025年;40(2):218-235 Losch H ほか「Acquisition of musical skills and abilities in older adults—results of 12 months of music training」BMC Geriatrics 2024年;24:1018 Jaffa E ほか「What Is the Association Between Music-Related Leisure Activities and Dementia Risk? A Cohort Study」International Journal of Geriatric Psychiatry 2025年;40(10):e70163 ※この記事は一般的な情報提供を目的としたものです。持病のある方や、指先・肩・首などに痛みのある方は、無理のない練習のしかたをかかりつけ医にご相談ください。

October 5, 2026 · 1 分
頭の体操をするシニアのイラスト

脳の「処理スピード」を鍛えると、20年後の認知症リスクが下がる? 〜数週間の脳トレが教えてくれたこと〜

「脳トレって、本当に意味があるの?」―― そう感じたことは、ありませんか? ドリルやパズルをやってはみるものの、「これで本当に認知症が防げるのかな…」と、半信半疑の方も多いと思います。 ところが最近、その問いに 20年がかりで答えを出した研究 が話題になりました。 「ある脳トレを数週間受けただけで、認知症になるリスクが下がり、その効果が最長20年続いた可能性がある」 今回は、その内容をできるだけやさしくお伝えします。 ✅ 「情報を素早く処理する力」を鍛える脳トレを受けた人は、10年後の認知症リスクが約29%低かった ✅ その効果は 最長20年 続いた可能性。途中で「追加レッスン」を受けた人ほど、効果が大きかった ✅ 特別な道具はいりません。大事なのは「素早く見て・気づく」練習を 続けること 目次 どんな脳トレだったの? 2,800人を20年追いかけた研究 カギは「追加レッスン」 おうちでできること おわりに どんな脳トレだったの? 今回の主役は、「情報処理スピードのトレーニング」(処理速度=見たものを素早く理解し、判断する力)と呼ばれる脳トレです。 やることはシンプルで、画面にパッと出てくる絵や記号を 素早く見つけて答える というもの。慣れてくると、表示時間がどんどん短くなり、まわりにじゃまな情報があっても、目的のものを素早く見分けられるようになっていきます。 車の運転で「歩行者や標識にパッと気づく」あの感覚に近い力、とイメージするとわかりやすいかもしれません。 2,800人を20年追いかけた研究 この研究は、アメリカで行われた 「ACTIVE研究」 という、とても大きな調査がもとになっています。 対象:65歳以上の 健康な高齢者 2,802人 開始:1998年ごろ から、20年以上の追跡 体制:アメリカ国立衛生研究所(NIH)が支援 参加者を、いくつかの脳トレを受けるグループと、何もしないグループに分けて比べたところ―― 情報処理スピードの脳トレを受けた人は、10年後に認知症と診断されるリスクが約29%低かった そして2026年2月、医学誌『Alzheimer’s & Dementia』に発表された最新の解析では、その効果が 最長20年 にわたってみられた可能性が報告されました。 カギは「追加レッスン」 ひとつ大事なポイントがあります。それは、一度きりで終わらせないこと。 最初の5〜6週間のトレーニングのあと、1〜3年後に 「追加レッスン」(ブースター) を受けた人ほど、認知症リスクがより下がっていました。レッスンを1回受けるごとに、リスクがさらに少しずつ下がっていく傾向もみられたそうです。 運動と同じで、脳トレも 「ときどき思い出して、また続ける」 ことが効いてくる、というわけですね。 おうちでできること 研究で使われたのは専用のパソコンプログラムですが、その「素早く見て・気づく」エッセンスは、毎日の暮らしの中にも取り入れられます。 ✅ トランプの神経衰弱や間違い探し で、「素早く見つける」練習を ✅ 会話・カラオケ・囲碁将棋 など、人と関わりながら頭を使う遊びを ✅ そして何より、ウォーキングなど体を動かす習慣 を。体を動かすことは、最強の「脳トレ」でもあります ✅ 大切なのは「完璧」より 「ときどきでも、続けること」 ...

May 31, 2026 · 1 分
変化していく脳のイメージ

脳は、いくつになっても変われる 〜リハビリでわかった『脳の可塑性』のお話〜

「もう年だから、これ以上は良くならないよ」 リハビリの現場でも、ご本人やご家族から、そんな声をよく耳にします。 でも、私が理学療法士として毎日のように見ているのは、それとは少し違う光景です。 脳の病気やケガのあとでも、練習を重ねるうちに、できなかった動きが少しずつ戻ってくる――。そんな場面が、たしかにあるのです。 その背景には、脳がもともと持っている 「変わる力」 があります。今回はその力、「脳の可塑性(のうかそせい)」 について、やさしくお話しします。 ✅ 脳には、経験や練習に応じて、神経のつながりを作りかえる力 「脳の可塑性」 があります ✅ 脳卒中などで脳の一部が傷んでも、残った部分が役割を肩代わりしようとする(脳の再構成)。リハビリは、その力を引き出す手助けです ✅ この力は 高齢になってもゼロにはなりません。日々の運動・学び・人との関わりが、脳の“余力”を育てます 目次 そもそも「脳の可塑性」って? 脳が自分を作りかえる「再構成」の話 リハビリは「脳の変化」を引き出すお手伝い 現場で感じていること 高齢になっても、脳は変われる いま私たちにできること おわりに そもそも「脳の可塑性」って? あなた 脳って、一度できあがったらもう変わらないものだと思っていました……。 Torapon よく聞くお話ですね。でも実は、脳のつながり方は生まれたまま固定されているわけではないんです。練習や経験に応じて作りかわる力 ——それが『脳の可塑性』なんですよ。 私たちの脳の中には、「神経細胞(しんけいさいぼう)」 が、数えきれないほどたくさんあります。この細胞どうしは、手をつなぐように 「シナプス」 という接ぎ目でつながり、網の目のようなネットワークをつくっています。 このつながり方は、生まれたときのまま固定されているわけではありません。何かを練習したり、新しい経験をしたりすると、つながりが太くなったり、新しくできたりします。この「経験に応じて、脳の回路を作りかえる力」のことを、「脳の可塑性(かそせい)」 と呼びます。 たとえば、よく使う神経のつながりは、信号が伝わりやすくなっていきます。これは専門的には 「長期増強(ちょうきぞうきょう、LTP)」 と呼ばれ、学習や記憶の土台になっている仕組みです。「習うより慣れろ」という言葉は、まさに脳の可塑性のことを言い当てているのかもしれません。 脳が自分を作りかえる「再構成」の話 この「変わる力」が、いちばん頼もしくはたらくのが、脳卒中(のうそっちゅう)などで脳の一部が傷ついたあとです。 脳のある場所が傷んで、そこが担っていた役割(手を動かす、言葉を話すなど)がうまくいかなくなったとき――傷つかずに残った部分が、ネットワークを組み替えて、その役割を肩代わりしようとすることがあります。これを 「脳の再構成(さいこうせい)」 といいます。 休んでいた回路が活性化したり、残った神経どうしが新しいつながりをつくったりして、失われかけた働きが、少しずつ再び組み立て直されていくのです。 ただし、いいことばかりではありません。脳が傷ついたあとには、回復のじゃまをするタンパク質が現れることもわかってきており、これが回復の壁になる場合があります。だからこそ、早めに・適切にはたらきかけることが大切だと考えられています。 リハビリは「脳の変化」を引き出すお手伝い あなた リハビリって、ただ我慢して頑張るだけの、つらいものだと思っていました。 Torapon がむしゃらに頑張ればいい、というものではないんです。リハビリは、脳が変わりやすい状況を外から手伝ってあげる もの。運動や繰り返しの練習が、その『変わる力』をそっと引き出してくれるんですよ。 では、その「変わる力」を、どうやって引き出すのでしょうか。 そこで登場するのが、リハビリテーションです。 リハビリは、運動や、同じ動きの反復練習といった刺激を通して、脳の可塑性を 意図的に引き出し、失われた機能の回復を促していくプロセスだと考えられています。やみくもに頑張るのではなく、「脳が変わりやすい状況」を、外から手伝ってあげるイメージです。 カギをにぎるのが、脳の中で出る アセチルコリン という物質です。記憶や注意に深くかかわる脳の部位(マイネルト神経核)から出るこの物質が、脳の可塑性を後押しするスイッチのような役割をすると考えられています。さらに、こうした物質を調整して人工的に可塑性を高め、リハビリの効果を底上げしようという研究も進められています。 そしてもう一つ大切なのが、環境と経験です。ヒトの脳は、まわりの環境や、積み重ねる経験によって育ちます。刺激の豊かな環境――人と話す、手先を使う、体を動かす――が、脳の作りかえを後押しすると考えられています。 運動が脳を元気にする話は、こちらの記事もあわせてどうぞ。 👉 運動でつくられる“脳の若返り物質”の話 現場で感じていること 理学療法士として現場に立っていると、教科書の言葉以上に、この「脳の可塑性」を実感する場面があります。 最初はわずかな動きしか戻らなくても、あきらめずに、こつこつ続けた方ほど、半年・一年と経つうちに、できることが増えていく――そんな姿を、何度も見てきました。派手な特効薬があるわけではありません。地道な繰り返しこそが、脳の変化を引き出す確かな道なのだと、現場で教えられています。 高齢になっても、脳は変われる ...

June 27, 2026 · 1 分
運動で体と脳を元気にするイメージ

「にぎる力」が、脳を守る? 〜筋肉と脳の、新しい関係のお話〜

「このごろ、ペットボトルのフタが開けにくくなった」 「握手した手に、昔ほど力が入らない気がする」 そんなふうに、手の力(握力)の衰えを感じたことはありませんか? 「年のせいだから、しかたない」と思ってしまいがちですが、実はいま、この“にぎる力”と、脳の元気との関係に、世界中の研究者が注目しています。 理学療法士として現場に立っていると、「体の力」と「頭の元気」は、思っている以上に深くつながっていると感じます。今回は、筋肉と脳の、新しい関係について、やさしくお話しします。 ✅ 握力は「体全体の筋力の鏡」。大規模な研究で、握力が強い人ほど、将来アルツハイマー病になりにくい傾向が報告されています ✅ アメリカの有名な研究所が、**2026年を「脳の健康の年」**と位置づけました。運動が、脳を元気にする物質 「BDNF」 を増やすことがわかっています ✅ カギは、中年期からの筋力づくり。歩くなどの有酸素運動だけでなく、「筋トレ(筋力を保つこと)」も脳を守る、という新しい視点が広がっています 目次 そもそも、握力と脳って関係あるの? 世界が注目「2026年は、脳の健康の年」 握力は「体全体の筋力の鏡」 なぜ、筋肉が脳を守るの? 現場で感じていること いま私たちにできること おわりに そもそも、握力と脳って関係あるの? あなた 手の力と、脳の元気……。まったく別のもののように思えるのですが。 Torapon そう感じますよね。でも、握力は「体ぜんたいの筋力」をうつす鏡のようなもの。手の力が保てている方は、体全体の筋肉も元気なことが多いんです。そして、その体の元気が、脳の元気ともつながっている——そんなことが、少しずつわかってきたんですよ。 握力とは、文字どおり「手でにぎる力」のことです。健康診断で測ったことがある方もいらっしゃるかもしれません。 この握力、じつは 「体全体の筋力の目安」 として、医療の現場でよく使われています。手の力だけを特別にはかっているのではなく、握力が保てている人は、全身の筋肉も元気なことが多いからです。 そして近年、この握力と、脳の健康・認知症のリスクとの関係を調べる研究が、世界中で相次いで報告されるようになりました。順番に見ていきましょう。 世界が注目「2026年は、脳の健康の年」 アメリカに、ソーク研究所(Salk Institute) という、脳科学で世界的に知られる研究所があります。この研究所が、2026年を「脳の健康の年(Year of Brain Health)」 と位置づけ、脳を守るしくみの解明に力を入れると発表しました。 その中で、大きなテーマの一つとされているのが 「運動」 です。 運動をすると、脳の中で 「BDNF(ビーディーエヌエフ)」 という物質が増えることがわかっています。これは 「脳を元気にする栄養」 のようなもので、神経細胞が生き延びるのを助け、学びや記憶を後押しし、新しい神経細胞が育つのを支えるはたらきがあると考えられています。 あなた 運動が、脳の栄養を増やしてくれるんですね。ちょっと意外です。 Torapon そうなんです。しかも研究所は、「有酸素運動」だけでなく「筋力(筋トレ)」も、脳を守るのではないかと考えて、くわしく調べはじめています。歩くことに加えて、筋肉を保つことも大事、というわけですね。 これまで「運動といえば、ウォーキングなどの有酸素運動」というイメージが強かったかもしれません。でもいま注目されているのは、筋力そのもの。筋肉が強い人ほど、脳が守られやすいのではないかという、新しい視点です。 運動でつくられる“脳の若返り物質”の話は、こちらの記事もあわせてどうぞ。 👉 運動でつくられる“脳の若返り物質”の話 握力は「体全体の筋力の鏡」 「筋力が脳を守る」という話を、より具体的に示したのが、握力を使った大規模な研究です。 ある研究では、約8万6千人という、とても多くの人を長い期間にわたって追いかけました。その結果、握力が強い人ほど、将来アルツハイマー病になるリスクが低い、という関係が、段階的にみられたと報告されています。握力が強いほどリスクが下がっていく——そんなゆるやかな傾向です。 また、2025年に発表された別の大規模な追跡研究でも、筋力が弱い人は、将来認知症になるリスクがやや高いという結果が示されました。握力や全身の筋力の低下が、将来の脳の健康を映すサインの一つになりうる、というわけです。 あなた 握力が弱いと、もう手おくれ……ということでしょうか。 Torapon いいえ、そうではありません。これらはあくまで「傾向」であって、握力が弱いから必ずそうなる、という話ではないんです。むしろ大切なのは、筋力は、いくつからでも育てられるということ。とくに 40〜60代の中年期から筋力を保つことが、将来の脳を守る土台になると考えられているんですよ。 ここで大事なのは、「握力の数字におびえること」ではありません。握力は、あくまで体の状態を知る手がかりの一つです。数字そのものより、**「これから、体の筋力をどう保っていくか」**のほうが、ずっと大切です。 なぜ、筋肉が脳を守るの? では、どうして筋肉が、脳を守ってくれるのでしょうか。そのしくみは、まだ研究の途中で、すべてが解明されたわけではありません。ただ、いくつかの道すじが考えられています。 運動が「脳の栄養(BDNF)」を増やす……体を動かすことで、神経を元気に保つ物質が増えると考えられています 筋肉そのものが、脳によい物質を出す……近年、筋肉は「動くための器官」であるだけでなく、体じゅうに“よい信号”を送り出す器官でもあることがわかってきました 血のめぐりがよくなる……運動や筋力の維持は、脳へ届く血の流れを助けます 生活習慣が整う……体を動かす習慣は、睡眠・血圧・血糖など、脳に関わる多くのことを、よい方向へ導きます ソーク研究所も、「筋肉を育てるしくみ」が、年をとった脳を守る手がかりになるのではないか、と考えて研究を進めています。つまり、筋肉を保つことは、脳への“うれしい贈りもの”を増やすことでもあるのです。 ...

July 3, 2026 · 1 分
夜の台所で、ごはんとみそ汁をのせたお盆を手に、壁の時計を見上げている高齢の男性のイラスト

夕食が遅い人は、認知症が多いのでしょうか 〜日本の28万人を追いかけた調査から〜

「気がつくと、夕食が夜の9時を回っている」 「朝はあまりお腹がすかないので、コーヒーだけで済ませてしまう」 どちらも、めずらしい話ではないと思います。私自身、仕事から帰るのが遅くなった日は、そうなりがちです。 その「食べる時間」について、2026年7月、日本から大きな調査の報告が出ました。健康診断を受けた65歳以上の28万人を、その後も追いかけた ものです。 先にお伝えしておきます。この記事は「時間を守れば認知症を防げます」という話ではありません。 むしろ研究をよく読むと、そう単純ではないことが分かります。ただ、知っておくと役に立つ内容ではありました。 ✅ 九州大学のグループが、日本の65歳以上 283,166人 を追いかけました。そのあいだに新たに認知症と診断されたのは 18,056人 です ✅ 寝る2時間以内に夕食をとる日が週3回以上ある人 は、そうでない人と比べて、新たに認知症と診断された人が 1.17倍 でした。朝食を抜く日が週3回以上ある人 は、そうでない人と比べて 1.13倍 です ✅ ただしこれは 観察した研究 で、原因と結果は分かりません。「認知症になりかけていたから、食事の時間が乱れた」という逆の順番 も、じゅうぶんに考えられます 食事の中身については、こちらでまとめています。 👉 認知症予防は「食卓」から 〜MCIからの回復にも効く食事の整え方〜 目次 どんな調査だったのか 分かったことは2つ 数字の読み方をここでまとめます いちばん疑わしいのは「順番が逆」という可能性 正直に書いておきたいこの研究の弱いところ それでも生活リズムには意味があると思う理由 理学療法士として現場で思うこと いま私たちにできること おわりに 参考にした情報 どんな調査だったのか 報告したのは、九州大学の川口健悟先生 たちのグループです。2026年7月28日、『GeroScience』 という老化の研究をあつかう医学雑誌のオンライン版に発表されました。 LIFE研究という、大きな調査の一部です。使われたのは、日本の19の自治体 に残っている、健康診断・医療保険・介護保険の記録です(どなたの記録か分からないように処理したものを使っています)。 対象になった方 … 65歳以上の283,166人 平均年齢 … 72.8歳 女性の割合 … 58.5% 調査に加わった時期 … 2016年4月から2021年3月のあいだに健康診断を受けた方 その後、新たに認知症と診断された方 … 18,056人 28万人という人数は、日本の研究としてはかなり大きなものです。しかも、あとから昔を思い出して答えてもらう形ではなく、健康診断のときに先に食事の時間を聞いておいて、そのあとどうなったかを追いかける やり方(前向きコホート研究=はじめに集団を分けておいて、その後を追いかける調べ方)で行われています。 食べる時間については、健康診断の問診票 で、次の2つを「はい・いいえ」で答えてもらっています。 寝る2時間以内に夕食をとる日が、週3回以上あるか … あてはまる方は 36,609人 で、全体の12.9%です 朝食を抜く日が、週3回以上あるか … あてはまる方は 17,727人 で、全体の6.3%です あなた 28万人も調べたのなら、もうはっきりしたということですか? ...

September 13, 2026 · 2 分