栄養バランスのよい食卓のイラスト

ビタミンB12、「基準値内」でも足りていないかも? 〜年を重ねた脳と、栄養の意外な関係〜

健康診断で「ビタミンの数値は正常ですよ」と言われると、ひと安心しますよね。 でも、こんな研究をご存じでしょうか。 「血液検査では『基準値内』でも、ビタミンB12がやや低めの高齢者は、考えるスピードが少しゆっくりになっていた」 “足りている”はずなのに、脳には影響が出ているかもしれない――。今回は、そんな少し意外な研究を、やさしくお伝えします。 ✅ B12が「基準値内でも低め」の高齢者は、考えるスピード(処理速度)がゆっくりめ で、脳の白質に小さな変化がみられた ✅ ただし「サプリをたくさん飲めば脳が良くなる」わけではない。上乗せ効果は ごくわずか という報告も ✅ まずは 食事から。気になる方は自己判断せず、血液検査でかかりつけ医に相談 を 目次 そもそもビタミンB12って? 「基準値内なのに足りない」研究の話 サプリに飛びつく前に 食事でとるには おわりに そもそもビタミンB12って? ビタミンB12は、神経や血液を元気に保つ ために欠かせない栄養素です。魚や貝、肉、卵、乳製品などに多く含まれています。 やっかいなのは、年を重ねると吸収する力が落ちやすい こと。さらに、胃の調子や一部のお薬の影響でも、吸収が下がることがあります。つまり「ちゃんと食べているつもり」でも、体の中では足りにくくなっている――そんなことが起こりうるのです。 「基準値内なのに足りない」研究の話 アメリカのカリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)の研究チームが、認知症のない 健康な高齢者231人(平均71歳)を調べました。 すると―― B12が 「基準値内でも低め」 の人は、考えるスピード(処理速度)がゆっくりめ だった さらに、脳の 白質(はくしつ=神経の通り道)に、小さな傷のような変化が多くみられた この研究は2025年に医学誌『Annals of Neurology』に発表され、「いまの基準値は、脳にとっては少し甘いのかもしれない」という議論を呼びました。 サプリに飛びつく前に ここで、とても大事な注意点があります。 「じゃあB12のサプリをたくさん飲めばいいんだ!」――そう考えたくなりますが、話はそう単純ではありません。 別の研究では、Bビタミンのサプリで頭の働きが良くなる効果は ごくわずか にとどまった、と報告されています。足りない人が補うことには意味があっても、「たくさん飲むほど脳に効く」わけではない のです。 サプリは飲み合わせや持病との相性もあります。自己判断で大量にとるのは避け、まずは血液検査でご自分の状態を知ること から始めましょう。 ※ サプリメントや栄養の取り方については、必ずかかりつけ医にご相談ください。 食事でとるには いちばんの基本は、やっぱり毎日の食事です。B12は、こんな食材に多く含まれています。 ✅ あさり・しじみ・牡蠣 などの貝類 ✅ さんま・さば・いわし などの魚 ✅ レバー、卵、牛乳・チーズ、のり 特別なものではなく、和食の食卓に自然と並ぶもの ばかりですね。「最近、魚や貝を食べていないな」と思ったら、週に何回かは意識して取り入れてみてください。 食事と脳の関係は、こちらの記事もどうぞ。 👉 認知症を遠ざける食事のヒント おわりに 「基準値内だから大丈夫」と思っていた栄養が、実は脳にとっては少し足りていないかもしれない――。今回の研究は、そんな気づきを与えてくれました。 とはいえ、神経質になりすぎる必要はありません。魚や貝、卵を、いつもの食卓に少し増やす。 そして気になるときは、ひとりで悩まず、かかりつけの先生に相談する。その小さな積み重ねが、これからの脳を守ってくれます。 ...

May 31, 2026 · 1 分
台所のテーブルでサプリメントの瓶を手に取り、考えている女性のイラスト

ひざのために飲んでいたサプリが、脳には? 〜グルコサミンをめぐる新しい報告〜

「ひざにいいらしいよ」 そう聞いて、グルコサミンを飲みはじめた。あるいは、親御さんに送っている。テレビでも新聞でも見かけますし、ドラッグストアの棚には、いつも大きく並んでいます。 そのグルコサミンについて、2026年6月、少し気になる報告が出ました。 先にお伝えしておきます。この記事は「いますぐやめてください」という話ではありません。 むしろ研究をよく読むと、そう単純な話ではないことが分かります。ただ、知っておいたほうがいい内容ではありました。 ✅ アメリカの研究で、グルコサミンを使っていた人は、軽い物忘れ(MCI)から認知症に進む割合が25%高かったという報告が出ました ✅ ただし動物実験では、健康な脳ではまったく変化が起きませんでした。影響が出たのは、すでにアルツハイマー病の状態にあった場合だけです ✅ 研究者自身が「関連が見えただけで、原因と決まったわけではない」と述べています。やめるかどうかは、かかりつけの先生と相談して決めることです サプリとのつき合い方全般については、こちらもあわせてどうぞ。 👉 健康にかけるお金は年15.7万円。それでも「何を信じたらいい?」 目次 そもそもグルコサミンとは 何が報告されたのか ここがいちばん大事なところ 正直に書いておきたいこの研究の弱いところ ひざには効いているのでしょうか 天秤にかけ直してみませんか 理学療法士として現場で思うこと いま私たちにできること おわりに 参考にした情報 そもそもグルコサミンとは グルコサミンは、糖の仲間 です。名前に「グルコ」とついているとおり、ブドウ糖に近い形をしています。 体の中では、関節の軟骨(なんこつ=骨と骨の間のクッション)をつくる材料のひとつとして使われています。ですから「すり減った軟骨の材料を、飲んで補おう」という考え方で、サプリとして売られてきました。 考え方としては、とても分かりやすいですよね。減ったものを足す。だからこれだけ広まったのだと思います。 ただ、ここで一つ、頭の隅に置いておいていただきたいことがあります。 飲んだグルコサミンは、ひざにだけ届くわけではありません。 体じゅうを巡ります。当然、脳にも届きます。今回の研究は、その「脳に届いたあと」の話です。 あなた ひざのために飲んでいるのに、脳の話になるんですか? Torapon そこが、今回いちばん意外だったところです。口から入れたものは、行き先を選べません。 ひざに効かせたくても、体じゅうに配られてしまう。だから研究者の方たちは「では、ほかの場所では何が起きているのだろう」と調べたわけですね。 何が報告されたのか 報告したのは、アメリカ・フロリダ大学 の研究チームです。2026年6月9日、『nature』の姉妹誌である 『Nature Metabolism』 に発表されました。 この研究のおもしろいところは、まったく違う3つの方法で、同じ方向の結果が出た ことです。ひとつずつ見ていきます。 ① 病院の記録を、大量に調べた フロリダ大学の病院に残っていた、2012年から2024年までの患者さんの記録(お名前などが分からないように処理したもの)を調べました。人数はこうです。 グループ 人数 うちグルコサミンを使っていた人 認知症の診断がある方 24,481人 1,896人(約8%) 軽度認知障害(MCI)の方 41,884人 2,750人(約8%) ※ 軽度認知障害(MCI) … 物忘れは出ているけれど、日常生活はまだ自分でできる段階。認知症の一歩手前と言われます。 追いかけた期間は、中央値でおよそ5年 でした。その結果、こうなりました。 軽度認知障害の方 … グルコサミンを使っていた人は、認知症に進んだ割合が25%高かった すでに認知症の診断がある方 … 1年以上使っていた人は、亡くなる割合が25%高かった ② 亡くなった方の脳を、直接調べた 次に研究チームは、アルツハイマー病の方20人の脳(前頭葉の表面) を、特殊な質量分析という方法で調べました。 ...

August 22, 2026 · 2 分
食卓に置かれた焼き魚と、その隣に並ぶサプリメントの瓶のイラスト

脳には、ちゃんと届いていました 〜DHAのサプリと、2年後の脳の話〜

「頭のために、DHAを飲んでいます」 外来やリハビリの場で、何度も聞いた言葉です。テレビでも、新聞の広告でも、よく見かけます。魚の油が脳にいいというのは、もうすっかり定着した話になりました。 私自身、長いあいだ「まあ、悪いことではないだろう」と思っていました。 ところが2026年、その考え方をひとつ整理し直す研究が出ました。しかも、期待はずれだったからではありません。期待どおりだったのに、その先が続かなかったからです。 ✅ DHAのサプリを2年間しっかり飲んだ方の髄液を調べたら、脳にはちゃんと届いていました。ここは、はっきり証明されました ✅ ところが2年後の脳の大きさも、考える力も、飲まなかった方と差は見つかりませんでした ✅ 一方で、食べものとしての魚については、たくさん食べる方のほうが認知症が2割ほど少ないという報告が続いています。魚とカプセルは、別の話として考えたほうがよさそうです ひざのサプリについても、似た構図の記事を書いています。あわせてお読みください。 👉 ひざのために飲んでいたサプリが、脳には 目次 まず、この研究のすごいところ 脳には、たしかに届いていた それでも、2年後は変わらなかった 正直に書いておきたい、この研究の限界 「かえって早いのでは」という報告と、その反論 これまでの研究をまとめると では、魚そのものはどうなのか 公的機関は、どう言っているか いま飲んでいる方へ 現場で見てきたこと いま、私たちにできること おわりに 参考にした情報 まず、この研究のすごいところ アメリカ・南カリフォルニア大学のグループが行った「PreventE4」という試験です。 サプリの研究というと、「飲んでいる人と飲んでいない人を比べた」というものが大半です。それでは、もともと健康に気をつかう人がサプリを飲んでいるだけかもしれません。 この試験は違います。 くじ引きで、DHAを飲むグループと、見た目が同じ偽物を飲むグループに分けた 本人にも、調べる側にも、どちらか分からないようにした 739人を調べて、条件に合う365人を追いかけた 期間は2年間 対象になったのは、平均66歳で、まだ認知症のない方たち。しかも「ふだん魚をあまり食べない方」(食事からのDHAが1日200mg未満)に絞っています。もともと足りていない人に足したら、どうなるか。よく考えられた設計です。 飲んだ量は1日2グラム。 市販のサプリよりかなり多い量です。 脳には、たしかに届いていた この試験がいちばん知りたかったのは、実は「頭が良くなるか」ではありませんでした。 飲んだDHAが、本当に脳まで届くのか。 そこを確かめることが第一の目的でした。 そのために、背中から針を刺して髄液(脳と脊髄をひたしている液体)を採るという、かなり大変な検査をしています。 結果は、はっきりしていました。 髄液のDHAの変わり方 DHAを飲んだ方 増えた(+0.17) 偽物を飲んだ方 ほぼ変わらず(−0.02) 血液のほうでも、オメガ3の指標が4.9%から11.0%へと、しっかり上がっていました。 飲めば届く。 これは、この試験が証明したことです。 あなた 届いているなら、いいことなのでは? Torapon 私も最初にそう思いました。ここまでは、期待どおりだったんです。 問題は、その先でした。届いたのに、その先で何かが変わったようには見えなかったんですね。 それでも、2年後は変わらなかった 2年後、参加した方たちの脳をMRIで調べ、考える力の検査も行いました。 海馬(記憶にかかわる部分)の大きさ……差は見つからず 大脳皮質の厚み……差は見つからず 考える力の検査……差は見つからず 脳には届いた。でも、脳は変わらなかった。 これがこの試験の結論です。研究者たちは論文の最後で、「今後は、サプリを飲ませる試験よりも、脳のなかでDHAがどう使われているかの研究を優先すべきだ」と書いています。かなり踏み込んだ書き方だと思います。 正直に書いておきたい、この研究の限界 ただし、この結果も慎重に読む必要があります。 ひとつめ。考える力の検査は、この試験の「おまけ」でした。 この試験がいちばん確かめたかったのは、あくまで髄液にDHAが増えるかです。考える力の検査は「探索的」、つまり参考として調べた項目でした。ですから、認知機能に効かないことが証明された、とまでは言えません。 ふたつめ。途中でやめた方が4割近くいました。 ...

September 6, 2026 · 2 分
夜空の下、月明かりにそっと照らされる脳のイラスト

ぐっすり眠ると、脳が掃除される? 〜眠りと脳のふしぎな関係〜

「最近、ぐっすり眠れていますか?」 夜中に何度も目が覚めたり、朝起きても疲れが残っていたり——。 そんな日が続くと、なんとなく頭がぼんやりして、集中力も落ちてきますよね。 でも、もし「睡眠」が、ただの休憩ではなく、脳の中をきれいに掃除する大切な時間だったとしたらどうでしょう? 実は、2012年に発見されたある仕組みによって、それが本当のことだと分かってきました。 今回はその仕組み——「グリンパティック・システム」をやさしくご紹介します。 この記事のポイント ✅ 脳には、寝ている間に老廃物を流す独自の「掃除システム」があります ✅ そのカギを握るのは、脳脊髄液(のうせきずいえき)と、 星型の細胞「アストロサイト」です ✅ 睡眠不足は、認知症の原因物質の蓄積につながる可能性があります 目次 そもそも「グリンパティック・システム」って? 寝ている間、脳の中で何が起きているの? 掃除がうまくいかないと、どうなる? どうやって守ればいいの? まとめ そもそも「グリンパティック・システム」って? あなた グリンパティック……? なんだか難しそうな名前で、読む前からくじけそうです。 Torapon 名前は難しそうですが、中身はシンプルなんです。ひとことで言うと、眠っている間に脳のゴミを水で洗い流すしくみ。それだけ分かれば十分ですよ。 聞き慣れない言葉ですが、難しく考えなくて大丈夫です。 脳の中を流れる水(脳脊髄液)が、老廃物を洗い流してくれる仕組み——そう思っていただければ十分です。 私たちの体には「リンパ系」という、老廃物や余分な水分を集めて流す仕組みがあります。 ただ、脳の中にはリンパ管がほとんど通っていません。 ではどうやって脳の中の “ゴミ” を片付けているのか——。 それを2012年に解き明かしたのが、デンマークの神経科学者ネーデルガード博士のチームでした。 彼らは脳特有の “もう一つのリンパ系” として、この仕組みをグリンパティック・システムと名付けました。 「グリア(脳の支援細胞)+リンパ」という意味の造語です。 脳の中にも、私たちが眠っている間にせっせと働く"掃除部隊"があったのです。 寝ている間、脳の中で何が起きているの? あなた 寝ているだけなのに、脳の中でそんなに色々なことが起きているんですか? Torapon そうなんです。眠っている間の脳は、休んでいるどころか 『そうじタイム』 の真っ最中。3つの主役が力を合わせて働くんですよ。順に見てみましょう。 このシステムの主役は、3人います。 1. 脳脊髄液(のうせきずいえき)——脳と背骨の中を流れる、無色透明の液体です。 2. アストロサイト——脳の中で神経細胞を支える、星のような形をした細胞です。 3. 血管の “ゆっくりした拍動”——心臓に合わせて広がったり縮んだりするポンプの動きです。 眠りに入ると、これらが連携して動き始めます。 ① 細胞の “すき間” が広がる ノンレム睡眠(深い眠り)に入ると、脳の中の興奮を高める物質(ノルアドレナリン)の量がぐっと下がります。 すると、脳の細胞が少し縮み、細胞と細胞のすき間が約60%も広がることが分かっています。 このすき間こそが、脳脊髄液の “通り道”。 広がった通り道を、液体が一気に流れやすくなるのです。 ② 脳脊髄液が流れ込む 血管の周りには、ほんのわずかな空間(血管周囲腔)があります。 脳脊髄液は、ここを通って脳の奥深くまで入り込み、老廃物を集めて再び外へと運び出します。 ...

May 15, 2026 · 1 分
朝のやわらかな光のなかで、湯気のたつお茶のあるテーブルのイラスト

今日から始める『脳が喜ぶ眠り方』 〜睡眠の質を上げる実践のヒント〜

ここまで2回にわたって、睡眠と脳の関係を見てきました。 第1回:ぐっすり眠ると、脳が掃除される?〜眠りと脳のふしぎな関係〜 第2回: 眠っている間、脳は何をしているの?〜記憶と感情の整理整頓〜 「脳って、寝ている間にこんなに頑張ってくれているんだ」と、少しだけ眠る時間が愛おしくなった方もいらっしゃるかもしれません。 最終回の今回は、その大切な時間をもっと味方につけるための、実践のお話です。 むずかしい道具やお金は一切いりません。今夜から始められるものばかりです。 この記事のポイント ✅ 「何時間寝るか」と「いつ寝るか」が、脳の修復力を大きく左右します ✅ お酒・カフェイン・スマホは、知らずに眠りの質を下げています ✅ 血圧・血糖値の管理は、脳の “そうじ機能” を守ることにつながります 目次 まずは「7〜9時間ルール」 寝る時間・起きる時間を一定に お酒とカフェインの落とし穴 寝室の “三拍子”——涼しく・暗く・静かに 血管の健康が、脳の眠りを守る まとめ まずは「7〜9時間ルール」 研究の世界では、成人の理想的な睡眠時間はおおむね7〜9時間とされています。 この範囲を外れた場合、脳の老化の指標である「白質高信号(はくしつこうしんごう)」が増えやすいことが、4万人規模の脳画像研究で示されました。 「6時間で十分だ」と長く感じていた方も、1日30分早く布団に入ることから始めてみませんか。 特に朝方のレム睡眠は、感情を整える大切な時間です。 睡眠時間を削ると、ここがいちばん最初に失われてしまいます。 「忙しい日ほど早く寝る」——これが、本当の意味での “脳の節約術” かもしれません。 寝る時間・起きる時間を一定に 「休みの日くらいは、ゆっくり寝かせて」——わかります。 でも、毎日の就寝・起床時刻が2時間以上ずれると、体内時計が混乱して、深い眠りに入りづらくなることが分かっています。 特に起床時刻のばらつきは、体内時計の調整に大きく影響します。 休日も、平日との差は1時間以内におさえると、脳のリズムが整いやすくなります。 朝、起きたらカーテンを開けて自然光を浴びるだけでも、体内時計のスイッチが入ります。 散歩や朝ごはんもセットにできれば、なお良し。 「寝つきが悪い」とお困りの方も、まずは朝の光から見直してみてください。 夜の眠りは、朝の習慣に支えられています。 お酒とカフェインの落とし穴 「寝つきが悪いから、寝る前にちょっとだけ」—— お酒のお話、耳が痛い方もいらっしゃるかもしれません。 実はアルコールは、レム睡眠を強く抑え込みます。 たしかに寝つきは良くなったように感じますが、感情の整理を担う"一晩のセラピー"の時間が削られてしまうのです。 ストレスを感じた日ほど、寝酒は逆効果になりやすいことが知られています。 カフェインも要注意です。コーヒー、紅茶、緑茶、エナジードリンク—— 午後3時以降の摂取は、その夜の眠りに影響が出る可能性があります。 カフェインは体内に半日ほど残ることもあるので、夕方以降はノンカフェインのお飲み物に切り替えてみてください。 寝酒がなぜよくないのか、もう少し詳しいお話は前回の記事でも触れています。 👉 眠っている間、脳は何をしているの?〜記憶と感情の整理整頓〜 寝室の “三拍子”——涼しく・暗く・静かに ぐっすり眠るためには、寝室の環境がかなり大事です。 ポイントは3つ。 1. やや涼しく——深い睡眠に入るとき、体は中心の温度をすこし下げる必要があります。室温は18〜22℃を目安に。 2. 暗く——わずかな光でも、深い眠りを妨げると言われています。豆電球は消すか、なるべく暗いものに。 3. 静かに——耳栓やホワイトノイズで、突発的な音をやわらげるのも有効です。 そしてもうひとつ、寝る30分前のスマホ・テレビ・パソコン。 これらの強い光と情報量は、脳を「まだ起きていてね」と勘違いさせてしまいます。 代わりに、読書・ストレッチ・温かい飲み物など、ゆったりした習慣を取り入れてみてください。 「眠る準備」を整える時間そのものが、脳のスイッチを少しずつオフにしてくれます。 血管の健康が、脳の眠りを守る 第1回でお話ししたグリンパティック・システム(脳の掃除機能)は、血管のしなやかさに支えられています。 動脈がやさしく拍動することで、脳脊髄液が押し出され、老廃物が流れていく仕組みでしたね。 ...

May 17, 2026 · 1 分
夫のいびきに気づいて、静かに心配している妻のイラスト

いびきは、うるさいだけではありませんでした 〜777人を10年追いかけた調査から〜

「お父さん、夜中に息が止まってるよ」 ご家族にそう言われたことはありませんか。あるいは、ご自分が言った側かもしれません。 多くの場合、この話は笑い話で終わります。「うるさくてかなわん」「疲れてるんだろう」。そう言って、それきりになる。 けれど2026年に発表された調査は、そこにひとつ、重い数字を置いていきました。65歳以上の777人を10年間追いかけた研究です。 ✅ 眠っているあいだに呼吸が止まる「睡眠時無呼吸」の方を10年追ったところ、治療を受けていなかった人たちのほうが、考える力の衰え方が速いという結果でした ✅ ただしこれは観察した研究です。「治療すれば防げる」と証明したものではありません。もともとの条件にも差がありました ✅ それでも、検査は一晩で受けられます。日本では中等症以上の方が成人男性の約4人に1人。まず調べてみる価値のある数字だと思います 眠っているあいだに脳で何が起きているかは、こちらに書いています。 👉 ぐっすり眠ると、脳が掃除される 目次 そもそも「睡眠時無呼吸」とは 777人を、10年追いかけた 「69%速い」とは、どういう意味か 正直に書いておきたい、この研究の限界 もうひとつの研究は、少し違う景色を見せた 日本では、どのくらいの方にあるのか 検査と治療は、どう進むのか 現場で見てきたこと いま、私たちにできること おわりに 参考にした情報 そもそも「睡眠時無呼吸」とは 眠っているあいだに、のどの奥がふさがって呼吸が止まってしまう状態です。正しくは「閉塞性睡眠時無呼吸」といいます。 止まるといっても、そのまま息が止まりっぱなしになるわけではありません。体が苦しくなって、いったん目を覚ましかけて、また息を吸う。 これを一晩に何十回、多い方では何百回もくり返します。 問題は2つあります。 血液の酸素が下がる……息が止まっているあいだ、体じゅうの酸素が薄くなります。脳も例外ではありません 深く眠れない……目を覚ましかけるたびに、眠りが浅いところへ引き戻されます。本人はまったく覚えていません ご本人に自覚がないのが、この病気のいちばんやっかいなところです。気づくのは、たいてい隣で寝ている方です。 あなた 毎晩ぐっすり眠っているつもりなんですが……。 Torapon そこなんです。眠っている本人には、まず分かりません。 手がかりになるのは、朝の状態です。起きたときに頭が重い、口がからからに乾いている、しっかり寝たのに昼間に眠くなる。こういうことが続くようなら、一度調べてみる価値があります。 777人を、10年追いかけた 2026年7月、アルツハイマー病協会が出している学術誌に、フロリダ大学のグループの調査が載りました。 対象は、睡眠時無呼吸のある65歳以上の777人 アメリカで高齢者の健康と老いの変化を追い続けている全国調査(NHATS)に、公的医療保険の記録を突き合わせたもの 2011年から2021年まで、毎年、考える力を測り続けた 777人は、2つに分かれます。 人数 CPAP治療を受けていた方 354人(46%) 受けていなかった方 423人(54%) CPAPというのは、鼻や口にマスクを当てて、空気を送り込み、のどがふさがらないようにする装置です。いまのところ、この病気のいちばん確実な治療法とされています。 結果はこうでした。どちらのグループも、10年のあいだに考える力は少しずつ落ちていきました。 これは年齢を重ねれば自然なことです。 違ったのは、落ちる速さでした。 「69%速い」とは、どういう意味か ここは大事なところなので、ていねいに書きます。 研究チームが使ったのは、いくつかの検査をまとめた「考える力の総合点」です。10個の単語を聞いて、すぐに思い出せるだけ言う。しばらくしてから、もう一度思い出す。今日が何月何日か答える。大統領の名前を答える。こうしたものを合わせた点数です。 1年あたりの下がり方は、こうなりました。 1年あたりの下がり方 CPAP治療を受けていた方 0.03 受けていなかった方 0.05 この0.05と0.03を比べると、約1.7倍。報道で「69%速い」と紹介されたのは、この比のことです。 あなた 0.03と0.05……。正直、大きいのか小さいのかピンときません。 Torapon そう感じられて当然だと思います。これは点数そのものではなく、ばらつきを目盛りにした数字なので、直感的には分かりにくいんです。 ですから私は、倍率のほうで受け取っています。「10年たったとき、片方はもう片方の1.7倍ほど進んでいた」。それくらいの受け取り方が、ちょうどよいと思います。 ...

September 4, 2026 · 2 分
Torapon

1日8時間以上座っていませんか? 〜『動く・座らない・眠る』で守る24時間〜

「気がつくと、朝から夕方までずっと椅子に座っていた…」 そんな日が続いていませんか? 最近の大規模研究で、 1日8時間以上の座りすぎ が認知症リスクを大きく上げることが分かってきました。今回は、 動く・座らない・眠る の3点セットで考える、これからの「24時間の整え方」を平易にお伝えします。 この記事のポイント ✅ 1日8時間を超えて座っていると、認知症リスクが約27%上がるという報告 ✅ 「動く・座らない・眠る」の3点セットで、リスクは大きく下がる ✅ 大切なのは 「1時間に1回、立ち上がる」 という小さな習慣 研究:座位8時間超で認知症リスクが27%増 イギリス・York大学のOye-Somefunらが、2026年4月にPLOS One誌に発表したメタ解析です。 35歳以上の 数百万人規模・69件の前向きコホート研究 を統合した、現時点でとても信頼性の高い分析です。 研究のポイントを3つにまとめると: 座っている時間が1日8時間を超えると、認知症リスクが約27%増える 一方、 身体活動が多い・座位が短い・睡眠7〜8時間 の3条件を満たす人は、平均よりリスクが大きく低下した 1日の中で「動く」「座らない」「眠る」をどう配分するかが鍵になる 「動く・座らない・眠る」は3点セット これまで、運動・睡眠は別々に語られることが多かったのですが、この研究では 3つを1セットにして考える ことの大切さが浮かび上がりました。 要素 目安 動く(身体活動) 1日合計30分程度の中等度活動(早歩きなど) 座らない 連続して座る時間を短くする(理想は1時間に1回立つ) 眠る 7〜8時間程度の睡眠 どれか1つを頑張るより、 3つを少しずつ整える ほうが、認知症リスクの低下につながりやすいということです。 「1時間に1回、立ち上がる」だけでも違う 「座らない」と聞くと、立ち仕事に変えなきゃいけないように感じますが、そんな必要はありません。 私(Torapon)が地域の講座でお伝えしているのは、 「1時間に1回、立ち上がりましょう。立つだけでもOKです」 という、ごくシンプルな合言葉です。テレビのCM、家事の合間、家族の声かけ──きっかけは何でも構いません。 立ち上がって2〜3歩あるく、お茶を入れる、洗濯物を1枚たたむ。それだけで、ふくらはぎの筋ポンプが働いて全身の血流が動き出します。 雨の日でも続けたいなら、家でできる工夫を 「外を歩きたくても、雨の日や暑い日が続いて…」というご相談はとても多いです。 そんな日のために、私は 家の中で『座りすぎ』を断ち切る道具 をひとつ持っておくことをおすすめしています。 私自身は STEADYのミニフィットネスバイク(足元タイプ) を居間に置いていて、テレビを見ながら時々ペダルを回しています。 「座りすぎの座位」を「動く座位」に置きかえる イメージです。膝や腰への負担も少なく、年齢に関係なく始めやすいです。 PR ミニフィットネスバイク STEADY ST121 足元に置いて、テレビを見ながら時々ペダルを回すだけ。電源不要・静音・マグネット式で、夜のリビングでもご家族の迷惑になりにくい設計です。負荷は16段階で、年齢や体力に合わせて調節できます。「座りすぎの座位」を「動く座位」に置きかえる入り口にちょうど良い1台です。 楽天で見る 体を動かす習慣は、家の中だけでなく「通える場所」をつくるのも続けるコツ。外でしっかり運動したい方には、こんな選択肢もあります。 ...

May 24, 2026 · 1 分
医師が高齢の方にやさしく説明しているイラスト

血液一滴で、アルツハイマー病の“きざし”がわかる時代へ 〜p-tau217という新しい検査が照らす希望〜

「最近、親の物忘れが増えた気がする」 「自分も、ふと言葉が出てこないことがある」―― そんな小さな不安を、心のどこかに抱えていませんか? 認知症、とくにアルツハイマー病は、「気づいたときにはかなり進んでいた」ということが少なくありません。だからこそ、もっと早く、体に負担をかけずに気づける方法が、長いあいだ望まれてきました。 2025年5月、その願いに一歩近づくニュースが、海の向こうから届きました。血液の検査で、アルツハイマー病の手がかりを調べる方法が、初めて公式に認められたのです。 今日は、この「p-tau217(ピー・タウ・ニーイチナナ)」という新しい血液検査について、できるだけやさしくお話しします。そして最後に、私自身の家族のことにも、少しだけ触れさせてください。 ✅ この記事の要点 ✅ 2025年5月、米国で「血液検査」によるアルツハイマー病の手がかり調べが、初めて公式に承認されました ✅ これまでの検査(脳の画像検査や背中からの検査)より、体への負担がぐっと少ないのが特徴です ✅ 早く気づけるほど、生活習慣の見直しや治療を早く始められる——そこに大きな希望があります もくじ そもそも「アルツハイマー病」と「認知症」は同じ? 脳に溜まる“2つのゴミ”――アミロイドβとタウ これまでの診断は、体への負担が大きかった p-tau217――血液でわかる「手がかり」 早く分かることが、なぜ希望になるのか いま私たちにできること おわりに――母のこと、そして未来へ そもそも「アルツハイマー病」と「認知症」は同じ? よくある誤解のひとつに、「アルツハイマー病=認知症」というものがあります。じつはこれは正確ではありません。 認知症は、いろいろな原因で記憶や判断の力がゆっくり低下していく「状態」をまとめた呼び名です。その原因のひとつとして最も多いのが、アルツハイマー病という脳の病気です。 アルツハイマー病では、もの忘れ(記憶の障害)が少しずつ進んでいくのが特徴です。そして脳の中では、目には見えない変化が、症状が出るよりもずっと前から始まっているとされています。 脳に溜まる“2つのゴミ”――アミロイドβとタウ アルツハイマー病の脳には、大きく分けて**2種類の“ゴミ”**が溜まっていくことが分かっています。 アミロイドβ(ベータ)……神経細胞の外側に溜まるタンパク質。比較的早い段階から溜まり始めます。 リン酸化タウ……神経細胞の内側に溜まるタンパク質。こちらが溜まってくると、神経細胞が傷んで、もの忘れなどの症状につながっていきます。 大切なのは、まずアミロイドβが溜まり、それを追いかけるようにタウが溜まっていくという順番です。 つまり、タウの変化を捉えられれば、その前段階であるアミロイドβの蓄積も起きていると考えられる――この点が、今回の血液検査のカギになります。 これまでの診断は、体への負担が大きかった 長いあいだ、生きている方の脳で、この“2つのゴミ”がどれくらい溜まっているかを確かめる方法はありませんでした。 近年になって、ようやく次のような方法で調べられるようになりました。 アミロイドPET/タウPET……特殊な画像検査で、脳の中の蓄積を見る方法 脳脊髄液(のうせきずいえき)の検査……背中に針を刺して、脳のまわりの液を採って調べる方法 どちらも精度は高いのですが、費用が高い・体への負担が大きい・受けられる施設が限られるといった難しさがありました。とくに背中から液を採る検査は、想像するだけで身構えてしまう方も多いと思います。 そこで、もっと手軽な「血液検査」でわからないかと、20年以上にわたって研究が重ねられてきました。 p-tau217――血液でわかる「手がかり」 研究の積み重ねのなかで、とくに有望とされたのが、血液中のp-tau217(リン酸化タウの一種)です。 p-tau217は、脳の画像検査で異常が見える前の早い段階から、血液の中でわずかに増えてくることが分かってきました。そして2025年5月、米国の食品医薬品局(FDA)が、アルツハイマー病の診断に使える初めての血液検査として、この測定方法を正式に認めました。 報告されている精度の一例を挙げると、 アルツハイマー病と診断された方で、この血液検査が陽性なら、脳にアミロイドβの変化がある可能性がとても高い(年齢にかかわらず、おおむね95〜97%台) アルツハイマー病以外のタイプの認知症と診断された方で、検査が陰性なら、アミロイドβの変化はない可能性がとても高い(おおむね91〜99%) とされています。体への負担が少ない血液検査で、ここまで手がかりがつかめるようになったことは、医療にとって大きな前進です。 ⚠ ここはとても大切です 今回の承認は、あくまで米国(アメリカ)での話です。日本で今すぐ、どこの病院でも受けられる検査というわけではありません。 また、検査だけで「アルツハイマー病です」と決まるものでもなく、症状や経過と合わせて、医師が総合的に判断するものです。気になる症状があるときは、まずはかかりつけ医や「もの忘れ外来」に相談するのが第一歩です。 早く分かることが、なぜ希望になるのか 「早く分かっても、どうしようもないのでは?」と感じる方もいるかもしれません。でも、私はそうは思いません。早く気づけることには、たしかな意味があります。 生活習慣を早めに見直せる……運動・食事・睡眠・人とのつながりなど、脳の健康を支える習慣に、より早く取り組めます 新しい治療を検討できる……近年は、アミロイドβに働きかける新しいお薬(レカネマブ、ドナネマブなど)も登場しています。こうした治療は、早い段階ほど検討の余地が広がるとされています これからの暮らしに備えられる……ご本人もご家族も、心の準備や生活の工夫を、あわてずに進められます 認知症を完全に防ぐ魔法はまだありません。けれども、進み方をゆるやかにし、その人らしい時間を少しでも長く保つことは、決して夢物語ではなくなってきています。早期発見は、その入り口なのです。 脳の健康を支える生活習慣について、くわしくは過去の記事もあわせてどうぞ。 👉 認知症を防ぐ「血管と代謝」の整え方 👉 脳を守る「刺激とつながり」 いま私たちにできること 新しい検査の登場を待つあいだにも、今日から始められることはたくさんあります。チェックリストにしてみました。 ☑ 気になる物忘れが続くときは、ひとりで抱えずもの忘れ外来などに相談してみる ☑ ウォーキングなど、無理のない運動を生活に取り入れる ☑ 野菜・魚・大豆などをバランスよく、腹八分目を心がける ☑ しっかり眠る(睡眠は脳のお掃除の時間です) ☑ 人と話す、出かける、笑う――つながりと刺激を大切にする ☑ 聞こえや見え方が気になったら、早めにケアする どれも特別なことではありません。けれど、こうした積み重ねが、脳をやさしく守ってくれるのです。 ...

June 15, 2026 · 1 分
医師が患者さんに検査の結果をやさしく説明しているイラスト

まだ何ともない人の、10年後が見えはじめた 〜アルツハイマー病の血液検査、未来への備え〜

「まだ、どこも悪くないんですけどね」 そう言いながら、健康診断の紙をながめる。多くの方にとって、検査とはそういうものだと思います。いま、体に何が起きているかを調べるもの。 ところが2026年7月、その常識が少しだけ動くような報告が出ました。血液を1本とるだけで、「まだ何の症状もない人の10年後」が、ある程度見通せるかもしれない、というのです。 発表したのはアメリカのハーバード大学などのチーム。医学誌『JAMA』に載り、同じ日に開かれた国際学会でも報告されました。 ✅ 症状のない約2,700人(平均70歳)を追いかけたところ、血液中のp-tau217という物質がとても高かった人は、10年のあいだに78%が物忘れの段階へ進んでいました ✅ ただしこれは「そうなりやすい」という見通しであって、決まった未来ではありません。研究者自身が「この数値だけで一人ひとりの将来は決められない」と述べています ✅ そしてこの検査、日本の健康保険ではまだ受けられません。 気になる症状があるときの入り口は、いまも「かかりつけ医に相談する」ことです この検査そのものについては、前回くわしく書きました。あわせてどうぞ。 👉 血液一滴で、アルツハイマー病の"きざし"がわかる時代へ 目次 まず、前回のおさらいを少しだけ 今回の新しさは「まだ何ともない人」を追いかけたこと 出てきた数字を見てみましょう ただし、決まった未来ではありません もうひとつの動き かかりつけ医でも分かるように ただし、日本ではまだ受けられません 分かったところで、打てる手はあるのでしょうか 理学療法士として、現場で思うこと いま私たちにできること おわりに 参考にした情報 まず、前回のおさらいを少しだけ アルツハイマー病では、発症するずっと前から、脳のなかで少しずつ変化が始まっています。その変化を映すものとして注目されてきたのが、p-tau217(ピー・タウ・ニーイチナナ)という物質です。 名前は難しいのですが、中身は単純です。脳の神経細胞のなかにある「タウ」というたんぱく質が、アルツハイマー病では形を変えて溜まっていきます。その変化したタウのかけらが、ごくわずかに血液へ流れ出てくる。それを測っているわけですね。 2025年5月には、アメリカの規制当局が、アルツハイマー病の診断に使える初めての血液検査として、この測定方法を正式に認めました。ここまでが前回のお話です。 あなた 前回で、もう十分すごい話だと思ったのですが……。 Torapon そうなんです。ただ、前回までは 「いま症状がある人の、その原因を突きとめる」 ための検査でした。今回はそこから一歩進んで、まだ何ともない人の先ゆきを調べています。使う場面が、まるきり変わるんですね。 今回の新しさは「まだ何ともない人」を追いかけたこと 今回の研究が調べたのは、認知機能に問題のない人たちでした。 対象は約2,700人。平均年齢70歳 6つの研究グループ・臨床試験のデータをまとめたもの 血液をとった時点では、全員が認知機能の検査で「正常」 そこから平均およそ5年、長い人では10年以上追いかけた そして「その後、物忘れの段階(軽度認知障害=MCI、または認知症)へ進んだかどうか」を数えています。 つまり、血液の数値が高かった人は、本当にその後そうなったのかを、実際に何年もかけて確かめたわけです。ここが今回のいちばん大事なところだと思います。 出てきた数字を見てみましょう 血液中のp-tau217の値によって、その後の進み方には、はっきりした差がありました。 p-tau217の値 5年のあいだに物忘れの段階へ進んだ割合 10年では とても高い(平均の2倍を超える) 約38%(3人に1人ほど) 78% やや高い 15% 45% ここで「とても高い」「やや高い」と書いたのは、平均からどれだけ離れているかでグループを分けたものです。とても高い、は平均の2倍を超えた人たち。やや高い、はその手前で、平均より少し上にいる人たちです。 なお、この表に平均くらいの人や、平均より低かった人は出てきません。 発表で示されたのは、高いほうの2つのグループだけです。 💡 「◯◯以上なら、やや高い」という一律の数値は示されていません。 血液の検査は、使う機械や試薬によって出てくる数字の目盛りが変わります。同じ人を測っても、検査の種類が違えば数値が違ってくるのです。そのため研究では、ばらつきをそろえたうえで比べています。 ですから、この検査は「◯◯以上だから危ない」と一本の線で決めるものではなく、平均からどのくらい離れているかで見るもの、と思っていただくのがよさそうです。 10年で78%。かなり大きな数字です。 けれども、ここで慌てないでいただきたいのです。この78%は、「平均の2倍を超えるほど高かった人」だけの数字です。ほとんどの方は、この列には当てはまりません。 あなた 78%と言われると、やっぱりドキッとします……。 Torapon そう感じるのが自然だと思います。ただ、この数字は 「とても高い」という限られたグループの話です。そして残りの22%の方は、10年たっても進んでいません。高い=必ずそうなる、ではないということも、同じくらい大事な結果なんですね。 ...

August 25, 2026 · 1 分
薬と生活習慣を考えるイメージ

「やせる薬」は、認知症に効くのか 〜大きな期待と、正直な結果〜

ここ数年、「やせる薬」という言葉をよく耳にするようになりました。もともとは糖尿病の薬として使われてきた GLP-1(ジーエルピーワン) という種類のお薬です。 この薬について、しばらく前からこんな話題がありました。 「この薬を飲んでいる人は、認知症になる人が少ないらしい」 大きな期待が集まりました。そして2026年、その答えの一つが出ました。今日は、期待と、その正直な結果のお話です。少し意外な結末ですが、そこから学べることのほうが、じつは大きいのです。 ✅ カルテを集めた調査では、この薬を飲んでいる人は認知症のリスクが40〜70%低いという報告がありました ✅ ところが、3,808人を対象にきちんと比べた試験では、差はありませんでした(2026年3月発表)。ただしこれは「すでに始まったもの忘れを治せるか」を調べたものです ✅ 「そもそも防げるか」は、これから。1億ドルをかけた新しい試験が始まりましたが、その土台に置かれているのは、やはり生活習慣です 目次 なぜ「脳にも効く」と期待されたのか きちんと試したら、差はなかった 期待と結果が、なぜずれたのか それでも研究は終わらない いま確かなのは、生活習慣のほう 現場で感じていること いま私たちにできること おわりに なぜ「脳にも効く」と期待されたのか GLP-1という薬は、もともと血糖値を下げる薬です。食欲を抑えるはたらきもあるため、体重が減ることから「やせる薬」として知られるようになりました。 この薬と認知症の関係が注目されたきっかけは、大量のカルテのデータでした。 糖尿病の患者さんのうち、GLP-1の薬を使っていた人と、別の薬を使っていた人を後から比べたところ、GLP-1のグループでは認知症になった人が40〜70%少なかったという報告が、いくつも出てきたのです。 理屈の面でも、期待できる材料がありました。 脳の炎症をやわらげるはたらきがありそうだ 脳の血のめぐりによさそうだ 血糖や体重が整うこと自体が、脳にもよいはずだ あなた それだけそろっていれば、効きそうに思えますね。 Torapon そうなんです。世界中の研究者が期待しました。だからこそ、本当にそうなのかを確かめる大きな試験が組まれたんですよ。 きちんと試したら、差はなかった その試験の名前を evoke(イヴォーク) といいます。 3,808人が参加(55〜85歳) 全員、もの忘れが始まっている段階の方(軽度認知障害、または軽度のアルツハイマー病) くじ引きで「本物の薬(飲むタイプのセマグルチド)」と「にせ薬」に分ける 2年間、認知機能の変化を比べる 結果は、2026年3月の国際学会で発表され、医学誌『Lancet』にも掲載されました。 本物の薬を飲んだ人と、にせ薬を飲んだ人とで、認知機能の変化に差はありませんでした。 血液の検査では、脳の炎症に関わる数値が最大10%ほど改善していました。けれど、もの忘れの進み方そのものは変わらなかったのです。 あなた あんなに期待されていたのに……。 Torapon 残念な結果ではあります。でも私は、この結果がきちんと発表されたこと自体が大切だと思っています。効かなかったことをはっきり示してくれたから、私たちは「この薬を飲めばもの忘れが治る」という期待に、お金や時間を注がずにすむのですから。 期待と結果が、なぜずれたのか 理由は、大きく2つあります。 ひとつは、調べ方の違いです。 はじめの「40〜70%低い」は、もともと薬を飲んでいた人のカルテを、後から集めて比べたもの(観察研究)でした。この方法には落とし穴があります。薬を飲んでいる人と飲んでいない人は、もともと違うからです。通院を続けている、健康に気を配っている、経済的な余裕がある——そうした違いが、結果に混ざりこんでしまいます。 いっぽう evoke は、くじ引きで薬とにせ薬に分ける方法でした。こうすると2つのグループの条件がそろうので、薬そのものの効果がはっきり見えます。 この「観察研究では言い切れない」という話は、前回の記事でもお伝えしました。 👉 帯状疱疹のワクチンで、認知症が減る? もうひとつは、タイミングです。 evoke に参加したのは、すでにもの忘れが始まっていた方々でした。認知症の変化は、症状が出る10年、20年前から静かに始まっていると考えられています。だとすれば、症状が出てからでは遅すぎたのかもしれません。 それでも研究は終わらない 2026年7月13日、ロンドンで開かれたアルツハイマー病の国際会議で、アメリカのアルツハイマー協会が新しい試験を発表しました。PROTECT-Cog(プロテクト・コグ)といいます。 1億ドル(150億円ほど)をかけた、世界規模の試験 対象は、まだ認知症になっていない、リスクの高い高齢の方 生活習慣のプログラムに、GLP-1のような代謝を整える薬を足すと、さらに効果が上がるかを調べる 3年間、6か月ごとに認知機能と健康状態をくわしく調べる 責任者は、アルツハイマー協会の Maria C. Carrillo 博士です。 ...

August 2, 2026 · 1 分