「まだ、どこも悪くないんですけどね」
そう言いながら、健康診断の紙をながめる。多くの方にとって、検査とはそういうものだと思います。いま、体に何が起きているかを調べるもの。
ところが2026年7月、その常識が少しだけ動くような報告が出ました。血液を1本とるだけで、「まだ何の症状もない人の10年後」が、ある程度見通せるかもしれない、というのです。
発表したのはアメリカのハーバード大学などのチーム。医学誌『JAMA』に載り、同じ日に開かれた国際学会でも報告されました。
✅ 症状のない約2,700人(平均70歳)を追いかけたところ、血液中のp-tau217という物質がとても高かった人は、10年のあいだに78%が物忘れの段階へ進んでいました
✅ ただしこれは「そうなりやすい」という見通しであって、決まった未来ではありません。研究者自身が「この数値だけで一人ひとりの将来は決められない」と述べています
✅ そしてこの検査、日本の健康保険ではまだ受けられません。 気になる症状があるときの入り口は、いまも「かかりつけ医に相談する」ことです
この検査そのものについては、前回くわしく書きました。あわせてどうぞ。 👉 血液一滴で、アルツハイマー病の"きざし"がわかる時代へ
目次
- まず、前回のおさらいを少しだけ
- 今回の新しさは「まだ何ともない人」を追いかけたこと
- 出てきた数字を見てみましょう
- ただし、決まった未来ではありません
- もうひとつの動き かかりつけ医でも分かるように
- ただし、日本ではまだ受けられません
- 分かったところで、打てる手はあるのでしょうか
- 理学療法士として、現場で思うこと
- いま私たちにできること
- おわりに
- 参考にした情報
まず、前回のおさらいを少しだけ

アルツハイマー病では、発症するずっと前から、脳のなかで少しずつ変化が始まっています。その変化を映すものとして注目されてきたのが、p-tau217(ピー・タウ・ニーイチナナ)という物質です。
名前は難しいのですが、中身は単純です。脳の神経細胞のなかにある「タウ」というたんぱく質が、アルツハイマー病では形を変えて溜まっていきます。その変化したタウのかけらが、ごくわずかに血液へ流れ出てくる。それを測っているわけですね。
2025年5月には、アメリカの規制当局が、アルツハイマー病の診断に使える初めての血液検査として、この測定方法を正式に認めました。ここまでが前回のお話です。
前回で、もう十分すごい話だと思ったのですが……。
そうなんです。ただ、前回までは 「いま症状がある人の、その原因を突きとめる」 ための検査でした。今回はそこから一歩進んで、まだ何ともない人の先ゆきを調べています。使う場面が、まるきり変わるんですね。
今回の新しさは「まだ何ともない人」を追いかけたこと

今回の研究が調べたのは、認知機能に問題のない人たちでした。
- 対象は約2,700人。平均年齢70歳
- 6つの研究グループ・臨床試験のデータをまとめたもの
- 血液をとった時点では、全員が認知機能の検査で「正常」
- そこから平均およそ5年、長い人では10年以上追いかけた
そして「その後、物忘れの段階(軽度認知障害=MCI、または認知症)へ進んだかどうか」を数えています。
つまり、血液の数値が高かった人は、本当にその後そうなったのかを、実際に何年もかけて確かめたわけです。ここが今回のいちばん大事なところだと思います。
出てきた数字を見てみましょう
血液中のp-tau217の値によって、その後の進み方には、はっきりした差がありました。
| p-tau217の値 | 5年のあいだに物忘れの段階へ進んだ割合 | 10年では |
|---|---|---|
| とても高い(平均の2倍を超える) | 約38%(3人に1人ほど) | 78% |
| やや高い | 15% | 45% |
ここで「とても高い」「やや高い」と書いたのは、平均からどれだけ離れているかでグループを分けたものです。とても高い、は平均の2倍を超えた人たち。やや高い、はその手前で、平均より少し上にいる人たちです。
なお、この表に平均くらいの人や、平均より低かった人は出てきません。 発表で示されたのは、高いほうの2つのグループだけです。
💡 「◯◯以上なら、やや高い」という一律の数値は示されていません。
血液の検査は、使う機械や試薬によって出てくる数字の目盛りが変わります。同じ人を測っても、検査の種類が違えば数値が違ってくるのです。そのため研究では、ばらつきをそろえたうえで比べています。
ですから、この検査は「◯◯以上だから危ない」と一本の線で決めるものではなく、平均からどのくらい離れているかで見るもの、と思っていただくのがよさそうです。
10年で78%。かなり大きな数字です。
けれども、ここで慌てないでいただきたいのです。この78%は、「平均の2倍を超えるほど高かった人」だけの数字です。ほとんどの方は、この列には当てはまりません。
78%と言われると、やっぱりドキッとします……。
そう感じるのが自然だと思います。ただ、この数字は 「とても高い」という限られたグループの話です。そして残りの22%の方は、10年たっても進んでいません。高い=必ずそうなる、ではないということも、同じくらい大事な結果なんですね。
ただし、決まった未来ではありません
研究チーム自身も、こう釘を刺しています。
p-tau217の値だけで、その人の将来を完全に予測することはできない。この数値からわかることはあるが、すべてがわかるわけではない。
さらに、もっといろいろな人種・地域の人を含めた研究と、もっと長い追跡が必要だとも述べています。今回参加したのは研究に協力した方々で、街を歩いている人すべてを代表しているわけではありません。ここは正直に押さえておきたいところです。
もうひとつの動き かかりつけ医でも分かるように

同じ学会では、もうひとつ、生活に近い報告がありました。スウェーデンのルンド大学からのものです。
患者さん1,310人と、医師165人が参加しました。医師が診察をして「アルツハイマー病かどうか」を判断し、そのあとで血液検査の結果を見せて、判断がどう変わるかを比べています。
結果はこうでした。
| 血液検査を見る前 | 見たあと | |
|---|---|---|
| かかりつけ医(一般の開業医) | 65% | 93% |
| 専門医 | 74% | 89% |
正しく診断できた割合です。近所のかかりつけの先生でも、血液検査の結果があれば、専門医とほとんど変わらない精度になったということになります。
これは、地方にお住まいの方や、大きな病院まで通うのが大変な方にとって、意味の大きい話だと思います。物忘れの相談が、遠くの専門外来まで行かなくても始められるかもしれないのですから。
⚠ この研究は、いまのところ学会で発表された段階です。論文としてはまだ確認できていません。今後の報告を待つ必要があります。
ただし、日本ではまだ受けられません
ここは、いちばん誤解が生まれやすいところなので、はっきり書いておきます。
この血液検査は、日本の健康保険では受けられません。 「近所の病院で、健診のついでにお願いします」という段階ではないのです。
アメリカで認められたからといって、そのまま日本の病院で使えるようになるわけではありません。日本で使うには、あらためて国の審査を受ける必要があり、それには時間がかかります。前回の記事でも同じことをお伝えしましたが、この1年ほどで状況が大きく動いた、というわけではありません。
ですから、気になる症状があるときの入り口は、いまも変わりません。 かかりつけの先生、あるいは「もの忘れ外来」に相談する。そこが第一歩です。
分かったところで、打てる手はあるのでしょうか
これは、私自身がずっと引っかかっていた問いでもあります。
「10年後こうなりますよ」と言われて、何もできないのなら、知らないほうが幸せかもしれない。そう思う方がいても、まったく不思議ではありません。
正直に書きます。いまの医療で、アルツハイマー病を止めてしまえる方法はまだありません。 そこは、期待を大きくしすぎないでいただきたいところです。
そのうえで、それでも「早く分かること」には意味があると、私は考えています。
・治療の選択肢が、早い段階ほど広い
近年、脳に溜まるアミロイドβに働きかける新しいお薬(レカネマブ、ドナネマブなど)が使えるようになってきました。こうしたお薬は、早い段階ほど検討の余地が広がるとされています。進んでしまってからでは、選べる手が減っていきます。
※お薬については、必ずかかりつけの先生にご相談ください。
・生活を立て直す時間がある
運動、食事、睡眠、耳の聞こえ、人とのつながり。認知症のリスクを下げるとされる生活の要素は、どれもすぐには効きません。 数年かけて積み上げるものです。だからこそ、早く動き出せることに価値があります。
・家族で話しておける

これは医療の話ではありませんが、現場で見ていて、いちばん差が出るところだと感じています。
お金のこと、住まいのこと、これからどう暮らしたいか。ご本人の言葉で希望を聞けるうちに聞いておけたご家族と、そうでないご家族とでは、その後の何年かの重さがずいぶん違います。
元気なうちに、そんな話をするのは気が重いです……。
よくわかります。でも、元気なうちだからこそ、軽く話せるという面もあるんですよ。「もしものときはどうしたい?」と一度聞いておくだけで、いざというときに家族が迷わずにすみます。深刻な会議にしなくていいんです。お茶を飲みながら、ひとことで十分です。
理学療法士として、現場で思うこと
私は理学療法士として、認知症の方のリハビリに関わってきました。そこで何度も思ってきたのは、「もう少し早く出会えていたら」ということです。
歩くことも、話すことも、進んでからでは取り戻すのに時間がかかります。けれど、まだ余力のあるうちに始められた方は、驚くほど長く、その人らしい暮らしを保たれます。
私の母も、アルツハイマー型認知症です。前回の記事で少し書きましたが、いま振り返ると、気づけたはずのサインは何年も前からありました。
だから今回の研究を読んで、私が感じたのは「怖い」ではなく、「もっと早く手を打てる人が増えるかもしれない」という思いのほうでした。
いま私たちにできること

検査を待つあいだにも、できることはあります。むしろ、こちらのほうが確かです。
- ☑ 気になる物忘れが続くときは、かかりつけ医か「もの忘れ外来」に相談する。血液検査を待つ必要はありません
- ☑ 耳の聞こえ・目の見え方を放っておかない。聞こえにくさは、認知症の危険因子のひとつです
- ☑ 歩く習慣を絶やさない。ゆっくりでも、毎日のほうが効きます
- ☑ 血圧・血糖・コレステロールを整える。脳の健康は、血管の健康と地続きです
- ☑ 人と話す機会をつくる。会話は、いちばん手軽な脳の運動です
- ☑ 家族と一度だけ話しておく。「もしものときはどうしたい?」を、軽い調子で
生活習慣のくわしい中身は、こちらの記事にまとめています。 👉 認知症を防ぐ「血管と代謝」の整え方 👉 脳を守る「刺激とつながり」
※持病のある方は、運動や食事の変更を始める前に、必ずかかりつけの先生にご相談ください。
おわりに
10年先が見える、と聞くと、少し身構えてしまいます。私もそうでした。
けれど、この研究が本当に示したのは「あなたの未来はこうです」ということではありません。「まだ何ともない時期に、手を打てる人を見つけられるかもしれない」ということだと思います。
医療は、病気になった人を治すところから、病気になる前の人を支えるところへ、少しずつ移ろうとしています。今回の報告は、その途中経過の一枚です。
日本で誰もが検査を受けられるようになるには、まだ時間がかかります。それまでのあいだ、私たちにできることは、変わらず地味なことばかりです。歩く。よく眠る。人と話す。気になったら相談する。
でもその地味な積み重ねこそが、10年後のいちばん確かな備えなのだと、現場にいて思います。
参考にした情報
- Alzheimer’s Association International Conference (AAIC) 2026 プレスリリース「Blood Test Predicts Alzheimer’s Risk」(2026年7月15日)/原著は医学誌『JAMA』同日掲載。マサチューセッツ総合ブリガム神経科学研究所・ハーバード大学医学部(Rachel F. Buckley 博士ほか)
- Alzheimer’s Association International Conference (AAIC) 2026 プレスリリース「Blood Test Improves Accuracy of Alzheimer’s Diagnosis」(2026年7月14日)/スウェーデン・ルンド大学(Sebastian Palmqvist 医師ほか)※学会発表段階の報告です
- 前回の記事:血液一滴で、アルツハイマー病の"きざし"がわかる時代へ
※この記事は、公表された研究報告をもとに、一般の方向けにやさしく言い換えたものです。診断・治療については、必ずかかりつけの医師にご相談ください。