医師が高齢の方にやさしく説明しているイラスト

血液一滴で、アルツハイマー病の“きざし”がわかる時代へ 〜p-tau217という新しい検査が照らす希望〜

「最近、親の物忘れが増えた気がする」 「自分も、ふと言葉が出てこないことがある」―― そんな小さな不安を、心のどこかに抱えていませんか? 認知症、とくにアルツハイマー病は、「気づいたときにはかなり進んでいた」ということが少なくありません。だからこそ、もっと早く、体に負担をかけずに気づける方法が、長いあいだ望まれてきました。 2025年5月、その願いに一歩近づくニュースが、海の向こうから届きました。血液の検査で、アルツハイマー病の手がかりを調べる方法が、初めて公式に認められたのです。 今日は、この「p-tau217(ピー・タウ・ニーイチナナ)」という新しい血液検査について、できるだけやさしくお話しします。そして最後に、私自身の家族のことにも、少しだけ触れさせてください。 ✅ この記事の要点 ✅ 2025年5月、米国で「血液検査」によるアルツハイマー病の手がかり調べが、初めて公式に承認されました ✅ これまでの検査(脳の画像検査や背中からの検査)より、体への負担がぐっと少ないのが特徴です ✅ 早く気づけるほど、生活習慣の見直しや治療を早く始められる——そこに大きな希望があります もくじ そもそも「アルツハイマー病」と「認知症」は同じ? 脳に溜まる“2つのゴミ”――アミロイドβとタウ これまでの診断は、体への負担が大きかった p-tau217――血液でわかる「手がかり」 早く分かることが、なぜ希望になるのか いま私たちにできること おわりに――母のこと、そして未来へ そもそも「アルツハイマー病」と「認知症」は同じ? よくある誤解のひとつに、「アルツハイマー病=認知症」というものがあります。じつはこれは正確ではありません。 認知症は、いろいろな原因で記憶や判断の力がゆっくり低下していく「状態」をまとめた呼び名です。その原因のひとつとして最も多いのが、アルツハイマー病という脳の病気です。 アルツハイマー病では、もの忘れ(記憶の障害)が少しずつ進んでいくのが特徴です。そして脳の中では、目には見えない変化が、症状が出るよりもずっと前から始まっているとされています。 脳に溜まる“2つのゴミ”――アミロイドβとタウ アルツハイマー病の脳には、大きく分けて**2種類の“ゴミ”**が溜まっていくことが分かっています。 アミロイドβ(ベータ)……神経細胞の外側に溜まるタンパク質。比較的早い段階から溜まり始めます。 リン酸化タウ……神経細胞の内側に溜まるタンパク質。こちらが溜まってくると、神経細胞が傷んで、もの忘れなどの症状につながっていきます。 大切なのは、まずアミロイドβが溜まり、それを追いかけるようにタウが溜まっていくという順番です。 つまり、タウの変化を捉えられれば、その前段階であるアミロイドβの蓄積も起きていると考えられる――この点が、今回の血液検査のカギになります。 これまでの診断は、体への負担が大きかった 長いあいだ、生きている方の脳で、この“2つのゴミ”がどれくらい溜まっているかを確かめる方法はありませんでした。 近年になって、ようやく次のような方法で調べられるようになりました。 アミロイドPET/タウPET……特殊な画像検査で、脳の中の蓄積を見る方法 脳脊髄液(のうせきずいえき)の検査……背中に針を刺して、脳のまわりの液を採って調べる方法 どちらも精度は高いのですが、費用が高い・体への負担が大きい・受けられる施設が限られるといった難しさがありました。とくに背中から液を採る検査は、想像するだけで身構えてしまう方も多いと思います。 そこで、もっと手軽な「血液検査」でわからないかと、20年以上にわたって研究が重ねられてきました。 p-tau217――血液でわかる「手がかり」 研究の積み重ねのなかで、とくに有望とされたのが、血液中のp-tau217(リン酸化タウの一種)です。 p-tau217は、脳の画像検査で異常が見える前の早い段階から、血液の中でわずかに増えてくることが分かってきました。そして2025年5月、米国の食品医薬品局(FDA)が、アルツハイマー病の診断に使える初めての血液検査として、この測定方法を正式に認めました。 報告されている精度の一例を挙げると、 アルツハイマー病と診断された方で、この血液検査が陽性なら、脳にアミロイドβの変化がある可能性がとても高い(年齢にかかわらず、おおむね95〜97%台) アルツハイマー病以外のタイプの認知症と診断された方で、検査が陰性なら、アミロイドβの変化はない可能性がとても高い(おおむね91〜99%) とされています。体への負担が少ない血液検査で、ここまで手がかりがつかめるようになったことは、医療にとって大きな前進です。 ⚠ ここはとても大切です 今回の承認は、あくまで米国(アメリカ)での話です。日本で今すぐ、どこの病院でも受けられる検査というわけではありません。 また、検査だけで「アルツハイマー病です」と決まるものでもなく、症状や経過と合わせて、医師が総合的に判断するものです。気になる症状があるときは、まずはかかりつけ医や「もの忘れ外来」に相談するのが第一歩です。 早く分かることが、なぜ希望になるのか 「早く分かっても、どうしようもないのでは?」と感じる方もいるかもしれません。でも、私はそうは思いません。早く気づけることには、たしかな意味があります。 生活習慣を早めに見直せる……運動・食事・睡眠・人とのつながりなど、脳の健康を支える習慣に、より早く取り組めます 新しい治療を検討できる……近年は、アミロイドβに働きかける新しいお薬(レカネマブ、ドナネマブなど)も登場しています。こうした治療は、早い段階ほど検討の余地が広がるとされています これからの暮らしに備えられる……ご本人もご家族も、心の準備や生活の工夫を、あわてずに進められます 認知症を完全に防ぐ魔法はまだありません。けれども、進み方をゆるやかにし、その人らしい時間を少しでも長く保つことは、決して夢物語ではなくなってきています。早期発見は、その入り口なのです。 脳の健康を支える生活習慣について、くわしくは過去の記事もあわせてどうぞ。 👉 認知症を防ぐ「血管と代謝」の整え方 👉 脳を守る「刺激とつながり」 いま私たちにできること 新しい検査の登場を待つあいだにも、今日から始められることはたくさんあります。チェックリストにしてみました。 ☑ 気になる物忘れが続くときは、ひとりで抱えずもの忘れ外来などに相談してみる ☑ ウォーキングなど、無理のない運動を生活に取り入れる ☑ 野菜・魚・大豆などをバランスよく、腹八分目を心がける ☑ しっかり眠る(睡眠は脳のお掃除の時間です) ☑ 人と話す、出かける、笑う――つながりと刺激を大切にする ☑ 聞こえや見え方が気になったら、早めにケアする どれも特別なことではありません。けれど、こうした積み重ねが、脳をやさしく守ってくれるのです。 ...

June 15, 2026 · 1 分
医師が患者さんに検査の結果をやさしく説明しているイラスト

まだ何ともない人の、10年後が見えはじめた 〜アルツハイマー病の血液検査、未来への備え〜

「まだ、どこも悪くないんですけどね」 そう言いながら、健康診断の紙をながめる。多くの方にとって、検査とはそういうものだと思います。いま、体に何が起きているかを調べるもの。 ところが2026年7月、その常識が少しだけ動くような報告が出ました。血液を1本とるだけで、「まだ何の症状もない人の10年後」が、ある程度見通せるかもしれない、というのです。 発表したのはアメリカのハーバード大学などのチーム。医学誌『JAMA』に載り、同じ日に開かれた国際学会でも報告されました。 ✅ 症状のない約2,700人(平均70歳)を追いかけたところ、血液中のp-tau217という物質がとても高かった人は、10年のあいだに78%が物忘れの段階へ進んでいました ✅ ただしこれは「そうなりやすい」という見通しであって、決まった未来ではありません。研究者自身が「この数値だけで一人ひとりの将来は決められない」と述べています ✅ そしてこの検査、日本の健康保険ではまだ受けられません。 気になる症状があるときの入り口は、いまも「かかりつけ医に相談する」ことです この検査そのものについては、前回くわしく書きました。あわせてどうぞ。 👉 血液一滴で、アルツハイマー病の"きざし"がわかる時代へ 目次 まず、前回のおさらいを少しだけ 今回の新しさは「まだ何ともない人」を追いかけたこと 出てきた数字を見てみましょう ただし、決まった未来ではありません もうひとつの動き かかりつけ医でも分かるように ただし、日本ではまだ受けられません 分かったところで、打てる手はあるのでしょうか 理学療法士として、現場で思うこと いま私たちにできること おわりに 参考にした情報 まず、前回のおさらいを少しだけ アルツハイマー病では、発症するずっと前から、脳のなかで少しずつ変化が始まっています。その変化を映すものとして注目されてきたのが、p-tau217(ピー・タウ・ニーイチナナ)という物質です。 名前は難しいのですが、中身は単純です。脳の神経細胞のなかにある「タウ」というたんぱく質が、アルツハイマー病では形を変えて溜まっていきます。その変化したタウのかけらが、ごくわずかに血液へ流れ出てくる。それを測っているわけですね。 2025年5月には、アメリカの規制当局が、アルツハイマー病の診断に使える初めての血液検査として、この測定方法を正式に認めました。ここまでが前回のお話です。 あなた 前回で、もう十分すごい話だと思ったのですが……。 Torapon そうなんです。ただ、前回までは 「いま症状がある人の、その原因を突きとめる」 ための検査でした。今回はそこから一歩進んで、まだ何ともない人の先ゆきを調べています。使う場面が、まるきり変わるんですね。 今回の新しさは「まだ何ともない人」を追いかけたこと 今回の研究が調べたのは、認知機能に問題のない人たちでした。 対象は約2,700人。平均年齢70歳 6つの研究グループ・臨床試験のデータをまとめたもの 血液をとった時点では、全員が認知機能の検査で「正常」 そこから平均およそ5年、長い人では10年以上追いかけた そして「その後、物忘れの段階(軽度認知障害=MCI、または認知症)へ進んだかどうか」を数えています。 つまり、血液の数値が高かった人は、本当にその後そうなったのかを、実際に何年もかけて確かめたわけです。ここが今回のいちばん大事なところだと思います。 出てきた数字を見てみましょう 血液中のp-tau217の値によって、その後の進み方には、はっきりした差がありました。 p-tau217の値 5年のあいだに物忘れの段階へ進んだ割合 10年では とても高い(平均の2倍を超える) 約38%(3人に1人ほど) 78% やや高い 15% 45% ここで「とても高い」「やや高い」と書いたのは、平均からどれだけ離れているかでグループを分けたものです。とても高い、は平均の2倍を超えた人たち。やや高い、はその手前で、平均より少し上にいる人たちです。 なお、この表に平均くらいの人や、平均より低かった人は出てきません。 発表で示されたのは、高いほうの2つのグループだけです。 💡 「◯◯以上なら、やや高い」という一律の数値は示されていません。 血液の検査は、使う機械や試薬によって出てくる数字の目盛りが変わります。同じ人を測っても、検査の種類が違えば数値が違ってくるのです。そのため研究では、ばらつきをそろえたうえで比べています。 ですから、この検査は「◯◯以上だから危ない」と一本の線で決めるものではなく、平均からどのくらい離れているかで見るもの、と思っていただくのがよさそうです。 10年で78%。かなり大きな数字です。 けれども、ここで慌てないでいただきたいのです。この78%は、「平均の2倍を超えるほど高かった人」だけの数字です。ほとんどの方は、この列には当てはまりません。 あなた 78%と言われると、やっぱりドキッとします……。 Torapon そう感じるのが自然だと思います。ただ、この数字は 「とても高い」という限られたグループの話です。そして残りの22%の方は、10年たっても進んでいません。高い=必ずそうなる、ではないということも、同じくらい大事な結果なんですね。 ...

August 25, 2026 · 1 分