やさしい色合いで描かれた、年を重ねていく脳のイラスト

認知機能はなぜ衰えるの? 〜脳の中で起きている4つの変化〜

「同じ話を何度かしてしまう」 「テレビのリモコンを置いた場所を、つい忘れてしまう」―― そんな小さな変化に気づくたび、「これは年のせい?」「それとも何かのサイン?」 と心配になることはありませんか? 前回の記事 では、認知機能を支える脳の主役たち(前頭前皮質・海馬・サリエンスネットワーク)をご紹介しました。 今回はその続きとして、「では、それらが、どんなふうに衰えていくのか?」 をテーマにお話しします。 仕組みを知っておくと、「むやみに怖がること」も「逆に油断すること」も、少なくなります。 ✅ 脳は加齢で 少しずつ縮みます。でも、衰え方には個人差があります ✅ ポイントは 脳の萎縮・ミエリンの劣化・ネットワークの不調・ストレスや生活習慣 の4つ ✅ 認知症は「ある日突然」ではなく、何年もかけて少しずつ進んでいきます 目次 そもそも脳は何歳まで成長するの? 脳の萎縮 〜灰白質がやせていく〜 ミエリンの劣化 〜情報の通り道が傷んでくる〜 ネットワークの不調 〜切り替えが鈍くなる〜 ストレスと生活習慣 〜脳をすり減らす要因〜 認知症のタイプによってメカニズムも違う まとめ おわりに そもそも脳は何歳まで成長するの? 意外に思われるかもしれませんが、脳は20代の前半くらいまで「育っている途中」 です。 特に、脳の中の電線にあたる「ミエリン」(神経の通り道を保護する膜)は、20代半ばでようやく完成するといわれています。 つまり―― 0〜25歳ごろ:脳がぐんぐん育つ時期 30〜50代:成熟していて、もっとも安定している時期 60代以降:少しずつ機能が変化していく時期 「もう年だから」と思いがちですが、60〜70代で新しいことを学んでも、ちゃんと脳の中で回路ができることが分かってきています。 これを 神経可塑性(しんけい かそせい) と呼びます。 衰えの話の前に、ぜひこの 「脳は変わり続ける」 という事実を、いちばんはじめに知っておいてください。 脳の萎縮 〜灰白質がやせていく〜 脳の表面は、灰白質(かいはくしつ) と呼ばれる神経細胞の集まりでできています。 年を重ねると、この灰白質が 少しずつ薄く・小さく なっていきます。これが 脳の萎縮(いしゅく) と呼ばれる変化です。 萎縮しやすい場所 特に縮みやすいのが、前回ご紹介した2か所―― 前頭前皮質:段取り・判断を担う場所 海馬:記憶の入り口 だからこそ、年を重ねると、 「段取りを立てるのが面倒」になったり 「新しいことが頭に入りにくい」と感じたり する変化が出てきます。 でも、これは「普通の老化」 ここで大事なのは、年相応の萎縮は誰にでも起きるということ。 健康な脳でも、毎年わずかずつ縮みます。 それでも何ら困ることなく暮らせている方が大勢いらっしゃいます。 「萎縮=認知症」ではありません。 萎縮があっても、認知機能が保たれている方はたくさんいます。 ...

May 13, 2026 · 1 分
窓辺で本を読み、語り合う年配のふたりの水彩画

いちばん「頭が働く」のは何歳ごろ? 〜研究が示した「55〜60歳」という答え〜

「人の名前が、すぐに出てこない」 「新しい機械の使い方を覚えるのが、若いころより時間がかかる」 そんなふうに感じて、「もう歳だから」とため息をついたことはありませんか? ところが2025年、その常識をゆさぶる研究が発表されました。心の働きを総合すると、いちばん高くなるのは20代ではなく、55〜60歳ごろだというのです。 理学療法士として現場に立っていると、年齢を重ねた方の落ち着いた判断に、何度も助けられてきました。今回は、その感覚を裏づけるような研究のお話です。 ✅ 「頭のよさ」は一つではありません。覚えるスピードは20代がピークでも、知識・ことば・経験は60代まで伸びていくことがわかっています ✅ 16の側面をまとめると、総合的なピークは55〜60歳ごろ。下がりはじめるのは65歳ごろ、下がり方が大きくなるのは75歳以降と報告されました ✅ ただし、これは平均の傾向の話です。個人差はとても大きく、「何歳だからこう」と決めつけられるものではありません 目次 「頭のよさ」は、ひとつじゃない 16の側面を足し合わせたら、山のかたちになった 70代・80代まで伸びつづけるものもある この研究には、限界もあります 現場で感じていること いま私たちにできること おわりに 「頭のよさ」は、ひとつじゃない あなた 頭の働きは、若いころがいちばんいい……そう思っていました。 Torapon 半分は当たっていて、半分はちがうんです。「頭のよさ」には少なくとも2種類あると考えられていて、その2つは年齢とともに反対の方向に動くんですよ。 心理学では、「頭のよさ」を大きく2つに分けて考えます。 覚えるスピードや、初めての問題を解く力(専門的には「流動性知能」といいます)……こちらは20代ごろがピークで、そのあとゆっくり下がっていきます 知識・ことば・積み上げた経験(「結晶性知能」といいます)……こちらは60代ごろまで伸びつづけると報告されています 「人の名前が出てこない」「新しい機械に手間取る」というのは、前者の変化です。たしかにそこは、年齢とともにゆっくりになります。 でもそのあいだに、もう一方はずっと育ち続けているのです。長年つちかった知識、ことばの豊かさ、「こういうときは、こうしたほうがいい」という勘どころ。それらは、若いころには持っていなかったものです。 脳の中で何が起きて「ゆっくりめ」になるのかは、こちらの記事でくわしくお話ししています。 👉 認知機能はなぜ衰えるの?〜脳の中で起きている4つの変化〜 16の側面を足し合わせたら、山のかたちになった ここで紹介したいのが、オーストラリアの西オーストラリア大学のジル・ギニャック博士と、ポーランドのワルシャワ大学のマルチン・ザイェンコフスキ博士による研究です。2025年に、心理学の専門誌『Intelligence(インテリジェンス)』に発表されました。 二人が取り組んだのは、こんな疑問です。 「覚える力のピークが20代なら、どうして仕事で成果を出す人のピークは、50代後半なのだろう?」 そこで研究チームは、「人生をうまく運ぶ力」に関わる9つの分野・16の側面を選び出しました。推論する力、記憶、考えるスピード、知識、感情をあつかう力、まじめさ、気持ちの安定、お金についての判断力、道徳的な考え方、思いこみに振り回されにくさ……といったものです。 そして、それぞれについて「年齢とともにどう変わるか」を既存の大規模なデータから集め、同じものさしにそろえて、一本の指標にまとめました。 その結果が、こちらです。 18歳からぐんぐん上がり、55〜60歳ごろがいちばん高い 65歳ごろから下がりはじめ、75歳以降は下がり方が大きくなる 計算の仕方を変えても、ピークはやはり55〜60歳ごろ あなた 55〜60歳がピーク……。ちょうど、いちばん忙しい時期ですね。 Torapon そうなんです。会社で責任のある立場を任される時期と、ぴったり重なります。研究チームも、「仕事で成果が出るピークと、この山の頂上はほぼ同じ」だと述べています。経験を積んだ人が現場で頼りにされるのは、気のせいではなかった、というわけですね。 なお、「経験でみがかれる力」を重く見て計算した場合、85歳ごろの高さは18歳のころと同じくらいになったとも報告されています。ただし中身は別もので、得意なことと苦手なことが入れ替わっている——そんなイメージです。 70代・80代まで伸びつづけるものもある この研究でとくに興味深いのは、60歳を過ぎても伸びつづけるものがあった点です。 「もったいない」に引きずられにくい……たとえば、あまり面白くない映画を観ていて、「お金を払ったのだから、最後まで観ないと損だ」と思って座り続けてしまう。こういう判断のくせは、だれにでもあります。ところが年齢を重ねた方は、ここで上手に切り上げられると報告されています。しかもこの力は、70代・80代まで伸びつづける可能性があるそうです お金についての判断力……60代後半ごろまで伸びていきます 道徳的な考え方……年齢とともに深まっていくと報告されています まじめさ(几帳面さ)や、気持ちの安定……60代から70代にかけて、いちばん高くなっていきます いっぽうで、中年以降にゆっくり下がっていくものもありました。頭の切り替えの早さ、相手の考えを読みとる力(65歳ごろから)、そして「あれこれ考えたい」という意欲などです。 あなた 年をとると、頑固になるものだと思っていました。 Torapon おもしろいですよね。あわてて飛びつかず、落ち着いて決められる——それも立派な力です。若さの「速さ」とはちがう種類の強さが、年齢とともに育っている、ということなんです。 この研究には、限界もあります ここは大事なところなので、正直にお伝えします。この研究には、いくつか気をつけて読むべき点があります。 多くが「横断データ」である……同じ人を何十年も追いかけたのではなく、いろいろな年齢の人を、同じ時期に比べたものが中心です。そのため、「年齢による変化」と「育った時代のちがい」が混ざっている可能性があります 欧米のデータが中心……主に欧米の豊かな国のデータから集められています。日本を含む他の地域でも同じ形になるかは、これから調べる必要があります あくまで「平均」の話……人によるちがいは、とても大きいものです 研究チームは論文の中で、「高度な判断を求められる仕事には、40歳未満や65歳以上の人は向きにくいかもしれない」という見方にも触れています。ただ、これは平均から導いた一般論です。 年齢だけを見て「この人はもう」と判断するのではなく、その人が実際にどうかを見る。研究者自身も、そこを強調しています。 現場で感じていること 理学療法士として働いていると、年齢を重ねた方の「落ち着き」に助けられる場面が、たしかにあります。 ...

July 30, 2026 · 1 分
研究と希望のイメージ

脳の老化を進める『鉄のタンパク質』 〜減らすと記憶が戻った、という新しい発見〜

「年をとると、もの覚えが悪くなるのは仕方ない」 そう思ってあきらめている方も、多いかもしれません。 ところが最近、「脳の老化には、ある“原因物質”がかかわっていて、それを減らすと記憶が戻った」 という、おどろきの研究が報告されました。 今回は、その発見――脳にたまる 「FTL1(エフティーエルワン)」 というタンパク質の話を、やさしくご紹介します。ただし、これは まだ研究の段階 の話です。期待しすぎず、でも前向きに、そんな気持ちで読んでいただければと思います。 ✅ 老化した脳には 「FTL1」という鉄に関わるタンパク質がたまり、細胞の“発電所”ミトコンドリアを弱らせて、記憶力を下げていた ✅ 年老いたマウスでこの FTL1を減らしたところ、記憶のテストの成績が改善。脳の働きが“若返る”可能性が示されました ✅ ただし、これは マウスの遺伝子を操作した実験の段階。人にそのまま使えるわけではなく、これからの研究が必要です 目次 そもそも「FTL1」と「ミトコンドリア」って? 見つかった「脳の老化のしくみ」 FTL1を減らしたら、記憶が戻った 人に使えるの? 見通しと、いまの限界 いま私たちにできること おわりに そもそも「FTL1」と「ミトコンドリア」って? 私たちの体は、小さな 「細胞(さいぼう)」 がたくさん集まってできています。その細胞の一つひとつの中に、エネルギーをつくる小さな工場があります。これが 「ミトコンドリア」 です。家でいえば、電気をつくる発電所のような存在です。 脳の神経細胞は、とてもたくさんのエネルギーを使います。ですから、この発電所が元気でないと、脳もうまくはたらけません。 一方の 「FTL1」 は、もともと 脳の中の“鉄”をしまっておく役割を持つタンパク質です。鉄は体に必要なものですが、多すぎても少なすぎてもいけない、デリケートな存在。FTL1は、その鉄のバランスを保つ係をしています。 見つかった「脳の老化のしくみ」 研究チームが、**若いマウスと年老いたマウスの脳(記憶をつかさどる海馬)**を比べたところ、おどろくことがわかりました。年をとるにつれて、神経細胞の中にFTL1が異常にたまっていくのです。 FTL1が増えすぎると、脳の中の鉄のバランスが乱れます。すると―― 発電所(ミトコンドリア)の働きが悪くなる → 体に必要なエネルギー(ATP)がうまくつくれなくなる → 神経細胞どうしのつなぎ目(シナプス)の働きが弱る → 記憶力や、考える力が低下する つまり、「年をとると、FTL1が増える → 脳がエネルギー不足になり、神経のつながりが弱る」 という流れが、もの覚えの低下の一因になっていた、というわけです。 ここで大事なのは、この研究が 「神経細胞が死んでしまうことだけが、脳の老化の原因ではない」 と示した点です。つながりの“働き”が弱っているだけなら、もう一度元気にできる余地がある――。そんな希望につながる発見でもあります。 脳の“発電所”をめぐる話は、こちらの記事もどうぞ。 👉 アルツハイマー病に「もうひとつの引き金」? FTL1を減らしたら、記憶が戻った 研究チームは、次に 「では、増えすぎたFTL1を減らしたらどうなるか」 を確かめました。年老いたマウスの脳で、FTL1を減らす操作を行ったのです。 すると、その結果は劇的でした。 物を見分ける記憶:ふつうの年老いたマウスは、新しい物と古い物を見分けられず、テストの成績はほぼゼロ。ところが FTL1を減らしたマウスは、はっきりと成績が改善し、新しい物を見分けられるようになりました 道を覚える記憶(空間記憶):以前通った道と新しい道を区別するテストでも、ふつうの年老いたマウスはできなかったのに、FTL1を減らしたマウスでは、はっきり改善が見られました 脳の中を調べると、乱れていた鉄のバランスが整い、弱っていたミトコンドリアの働きとエネルギー産生も回復していました。加齢で減っていた、つなぎ目(シナプス)に必要なタンパク質も、再び増えていたといいます。 さらに研究チームは、エネルギーづくりを助ける「NADH」という成分を与えることでも、記憶の低下を防げることを確認しました。FTL1という“原因”だけでなく、エネルギー不足という“結果”の側からも手を打てる可能性が見えてきたのです。 人に使えるの? 見通しと、いまの限界 ...

July 1, 2026 · 1 分