窓辺で本を読み、語り合う年配のふたりの水彩画

いちばん「頭が働く」のは何歳ごろ? 〜研究が示した「55〜60歳」という答え〜

「人の名前が、すぐに出てこない」 「新しい機械の使い方を覚えるのが、若いころより時間がかかる」 そんなふうに感じて、「もう歳だから」とため息をついたことはありませんか? ところが2025年、その常識をゆさぶる研究が発表されました。心の働きを総合すると、いちばん高くなるのは20代ではなく、55〜60歳ごろだというのです。 理学療法士として現場に立っていると、年齢を重ねた方の落ち着いた判断に、何度も助けられてきました。今回は、その感覚を裏づけるような研究のお話です。 ✅ 「頭のよさ」は一つではありません。覚えるスピードは20代がピークでも、知識・ことば・経験は60代まで伸びていくことがわかっています ✅ 16の側面をまとめると、総合的なピークは55〜60歳ごろ。下がりはじめるのは65歳ごろ、下がり方が大きくなるのは75歳以降と報告されました ✅ ただし、これは平均の傾向の話です。個人差はとても大きく、「何歳だからこう」と決めつけられるものではありません 目次 「頭のよさ」は、ひとつじゃない 16の側面を足し合わせたら、山のかたちになった 70代・80代まで伸びつづけるものもある この研究には、限界もあります 現場で感じていること いま私たちにできること おわりに 「頭のよさ」は、ひとつじゃない あなた 頭の働きは、若いころがいちばんいい……そう思っていました。 Torapon 半分は当たっていて、半分はちがうんです。「頭のよさ」には少なくとも2種類あると考えられていて、その2つは年齢とともに反対の方向に動くんですよ。 心理学では、「頭のよさ」を大きく2つに分けて考えます。 覚えるスピードや、初めての問題を解く力(専門的には「流動性知能」といいます)……こちらは20代ごろがピークで、そのあとゆっくり下がっていきます 知識・ことば・積み上げた経験(「結晶性知能」といいます)……こちらは60代ごろまで伸びつづけると報告されています 「人の名前が出てこない」「新しい機械に手間取る」というのは、前者の変化です。たしかにそこは、年齢とともにゆっくりになります。 でもそのあいだに、もう一方はずっと育ち続けているのです。長年つちかった知識、ことばの豊かさ、「こういうときは、こうしたほうがいい」という勘どころ。それらは、若いころには持っていなかったものです。 脳の中で何が起きて「ゆっくりめ」になるのかは、こちらの記事でくわしくお話ししています。 👉 認知機能はなぜ衰えるの?〜脳の中で起きている4つの変化〜 16の側面を足し合わせたら、山のかたちになった ここで紹介したいのが、オーストラリアの西オーストラリア大学のジル・ギニャック博士と、ポーランドのワルシャワ大学のマルチン・ザイェンコフスキ博士による研究です。2025年に、心理学の専門誌『Intelligence(インテリジェンス)』に発表されました。 二人が取り組んだのは、こんな疑問です。 「覚える力のピークが20代なら、どうして仕事で成果を出す人のピークは、50代後半なのだろう?」 そこで研究チームは、「人生をうまく運ぶ力」に関わる9つの分野・16の側面を選び出しました。推論する力、記憶、考えるスピード、知識、感情をあつかう力、まじめさ、気持ちの安定、お金についての判断力、道徳的な考え方、思いこみに振り回されにくさ……といったものです。 そして、それぞれについて「年齢とともにどう変わるか」を既存の大規模なデータから集め、同じものさしにそろえて、一本の指標にまとめました。 その結果が、こちらです。 18歳からぐんぐん上がり、55〜60歳ごろがいちばん高い 65歳ごろから下がりはじめ、75歳以降は下がり方が大きくなる 計算の仕方を変えても、ピークはやはり55〜60歳ごろ あなた 55〜60歳がピーク……。ちょうど、いちばん忙しい時期ですね。 Torapon そうなんです。会社で責任のある立場を任される時期と、ぴったり重なります。研究チームも、「仕事で成果が出るピークと、この山の頂上はほぼ同じ」だと述べています。経験を積んだ人が現場で頼りにされるのは、気のせいではなかった、というわけですね。 なお、「経験でみがかれる力」を重く見て計算した場合、85歳ごろの高さは18歳のころと同じくらいになったとも報告されています。ただし中身は別もので、得意なことと苦手なことが入れ替わっている——そんなイメージです。 70代・80代まで伸びつづけるものもある この研究でとくに興味深いのは、60歳を過ぎても伸びつづけるものがあった点です。 「もったいない」に引きずられにくい……たとえば、あまり面白くない映画を観ていて、「お金を払ったのだから、最後まで観ないと損だ」と思って座り続けてしまう。こういう判断のくせは、だれにでもあります。ところが年齢を重ねた方は、ここで上手に切り上げられると報告されています。しかもこの力は、70代・80代まで伸びつづける可能性があるそうです お金についての判断力……60代後半ごろまで伸びていきます 道徳的な考え方……年齢とともに深まっていくと報告されています まじめさ(几帳面さ)や、気持ちの安定……60代から70代にかけて、いちばん高くなっていきます いっぽうで、中年以降にゆっくり下がっていくものもありました。頭の切り替えの早さ、相手の考えを読みとる力(65歳ごろから)、そして「あれこれ考えたい」という意欲などです。 あなた 年をとると、頑固になるものだと思っていました。 Torapon おもしろいですよね。あわてて飛びつかず、落ち着いて決められる——それも立派な力です。若さの「速さ」とはちがう種類の強さが、年齢とともに育っている、ということなんです。 この研究には、限界もあります ここは大事なところなので、正直にお伝えします。この研究には、いくつか気をつけて読むべき点があります。 多くが「横断データ」である……同じ人を何十年も追いかけたのではなく、いろいろな年齢の人を、同じ時期に比べたものが中心です。そのため、「年齢による変化」と「育った時代のちがい」が混ざっている可能性があります 欧米のデータが中心……主に欧米の豊かな国のデータから集められています。日本を含む他の地域でも同じ形になるかは、これから調べる必要があります あくまで「平均」の話……人によるちがいは、とても大きいものです 研究チームは論文の中で、「高度な判断を求められる仕事には、40歳未満や65歳以上の人は向きにくいかもしれない」という見方にも触れています。ただ、これは平均から導いた一般論です。 年齢だけを見て「この人はもう」と判断するのではなく、その人が実際にどうかを見る。研究者自身も、そこを強調しています。 現場で感じていること 理学療法士として働いていると、年齢を重ねた方の「落ち着き」に助けられる場面が、たしかにあります。 ...

July 30, 2026 · 1 分
脳の中の小さな町で、年配の掃除係から若い掃除係へ、ほうきが手渡されているイメージのイラスト

50〜75歳で、脳の「掃除係」が入れ替わる? 〜40人の脳が教えてくれた、年齢とミクログリアの話〜

脳の中には、ゴミを片づけたり、異常がないか見回ったりする「掃除係」のような細胞がいます。ミクログリア(=脳の中で、免疫の見張りと片づけをする細胞のこと)です。 これまで、この掃除係は「お母さんのおなかにいるころに作られ、一生その仲間で脳を守り続ける」と考えられてきました。 ところが2026年7月、アメリカの研究チームが、学術誌『Science』に「50〜75歳のあいだに、この掃除係が、血液から来た細胞に似た仲間へ入れ替わっていく」という研究を発表しました。アメリカ国立衛生研究所(NIH)も、8月にこの研究を紹介しています。 ✅ 亡くなった方40人の脳(記憶にかかわる「海馬」)を調べた研究で、50〜75歳のあいだに、もとからの掃除係が減り、血液の細胞に似た仲間に置き換わっていたことが分かりました ✅ 新しい仲間は、炎症を起こしやすい特徴を持っていました。ただし、それが物忘れや認知症につながるのかは、まだ分かっていません ✅ これは基礎研究です。1人の脳を一度だけ調べたもので、「これをすれば防げる」という話ではありません 目次 脳の「掃除係」ミクログリアとは? 亡くなった方40人の脳を、細胞1つずつ調べた 50〜75歳で、掃除係が入れ替わっていた 分かったこと、まだ分からないこと いま、私たちにできること おわりに 参考にした情報 脳の「掃除係」ミクログリアとは? 脳には、考えたり覚えたりする「神経細胞」のほかに、それを支えるさまざまな細胞がいます。 ミクログリアは、そのうちの免疫(=体を守るしくみ)の担当です。古くなったものを片づけたり、異常があると炎症を起こして対応したりします。 これまでの考え方は、こうでした。 ミクログリアは、お母さんのおなかにいるころに脳に住みつく 大人になってからも、自分たちで分かれて増えながら、一生その仲間で脳を守る ただし、この考え方は、主にマウスの研究から来たものでした。人の脳で本当にそうなのかは、はっきりしていなかったのです。 あなた 人の脳の細胞が、どこから来たのかなんて、調べられるんですか? Torapon そこが、今回の研究の工夫なんです。細胞の中のDNAには、「どこで生まれたか」の手がかりになる目印が残っています。その目印を、細胞1つずつ読んだんですね。 亡くなった方40人の脳を、細胞1つずつ調べた 研究したのは、カリフォルニア大学サンディエゴ校、カリフォルニア大学アーバイン校、ニューヨーク・ゲノムセンターなどのチームです(学術誌『Science』2026年7月23日)。 調べたのは、亡くなった方40人から提供された脳です。 場所は、記憶にかかわる「海馬(かいば)」 亡くなる前に、脳の病気がなかった人たち 年齢は20代から80代以上まで。年代ごとに10人ずつ、男女半々になるように選ばれていました そして、細胞を1つずつ取り出して、次のようなことを調べました。 どの遺伝子が働いているか DNAについている「目印」(=その細胞の生まれや経歴が残る、化学的なしるし) DNAが細胞の中で、どう折りたたまれているか NIHの発表によると、とくにDNAの目印を読んだことで、ふだんの遺伝子の働きだけでは見えなかった「細胞の生まれ」の違いが見えてきた、ということです。 50〜75歳で、掃除係が入れ替わっていた 結果は、次のとおりでした。 50〜75歳のあいだに、おなかの中にいたころからの、もとの掃除係が減っていた 代わりに、血液の白血球の一種(単球)から生まれた掃除係に似た細胞が増えていた 論文の先行公開版によると、20〜40歳の人ではほとんどが「もとからのタイプ」、80歳以上の人では、ほとんどが新しいタイプでした 新しいタイプの掃除係は、炎症を起こしやすい準備ができた状態の特徴を持っていました。NIHの発表では「炎症のしるしが強い細胞」と説明されています。 あなた それって、年をとると脳に炎症が起きやすくなる、ということですか? Torapon 研究チームは「慢性の炎症の一因になるかもしれない」と考えています。ただ、まだ「かもしれない」の段階です。入れ替わりが、脳にとって悪いことなのか、良いことなのかも、決まっていません。 ほかにも、海馬では年齢とともに、神経のつなぎ目を支える細胞(アストロサイト)が大きく減っていたことも報告されています。 脳の炎症については、こちらでも紹介しています。 👉 アルツハイマーの「炎症スイッチ」が見つかった? 分かったこと、まだ分からないこと ほぼ同じ時期(2026年7月30日)に、別のチーム(スタンフォード大学など)も、学術誌『Nature』に近い結果を発表しています。 高齢の20人の脳を調べたところ、全員で、骨髄(=血液の細胞を作る場所)から来た細胞が脳に入りこんでいたというものです。その細胞は掃除係とよく似ていて、掃除係の大きな割合を占めることもありました。2つの研究は、別々の方法で、同じ方向の答えを出したことになります。 ただし、まだ分からないことがたくさんあります。 同じ人を追いかけたわけではない……1人の脳を一度だけ調べ、若い人と年配の人を見くらべた研究です。1人の脳の中で、実際に入れ替わる様子を見たわけではありません 「似ている」であって、確定ではない……新しい細胞は、血液から来た細胞に「似ていた」と書かれています 人数は40人、場所は海馬だけ……脳のほかの場所でも同じかは、分かりません なぜ入れ替わるのか……もとの掃除係が減る理由は、まだ分かっていません 認知症との関係……入れ替わりが、アルツハイマー病などに直接かかわるのかは、これからの研究です あなた 「炎症を起こしやすい細胞に入れ替わる」と聞くと、ちょっと不安になります。 Torapon お気持ちは分かります。でも『Nature』の研究では、血液を作る細胞に、年齢とともに起きるある種の変化を持つ人で、アルツハイマー病が少ない関係も見られています。入れ替わりを悪いことと決めつけるのは早い、ということです。まだ、どちらとも言えない段階です。 いま、私たちにできること ここからは、今回の研究とは別の話です。研究は「掃除係が入れ替わる」ことを見つけたもので、「何をすれば入れ替わりを防げるか」を調べたものではありません。 そのうえで、これまでの研究で、脳の健康によいと言われている生活習慣を、あらためて挙げておきます。 ☑ 体を動かす……散歩や体操など、続けられる運動を ☑ よく眠る……寝る時間と起きる時間を、なるべくそろえる ☑ 歯と口を清潔に……歯周病の炎症は、体全体の炎症にかかわると言われています ☑ 血圧や血糖を、かかりつけ医と一緒に見ていく どれも、特別なことではありません。50歳を過ぎて、脳の中でも「世代交代」が起きているかもしれない。そう思うと、ふだんの暮らしを大切にする理由が、ひとつ増えるかもしれません。 ...

October 27, 2026 · 1 分
朝の食卓でお茶を手に、窓の外の大きな木を眺める男性。テーブルには家庭用の血圧計が置かれている水彩イラスト

55歳ころのカラダは、その後の人生に響くのでしょうか? 〜認知症にならずに過ごせた年数という見方〜

「認知症になる確率が何パーセント上がります」 こういう言い方を、健康の話題でよく見かけます。私も仕事柄、たくさん目にしてきました。ただ、正直に申し上げると、パーセントで言われても、自分の生活とどうつながるのかが、なかなか実感できません 。 ところが2026年8月、少し変わった角度から書かれた報告が出ました。確率ではなく、認知症にならずに過ごせた年数 で見た、という研究です。 年数で言われると、急に、身近な話に感じられます。 ✅ アメリカの12,409人を およそ26年間 追いかけた研究で、55歳の時点で高血圧・糖尿病・喫煙のどれにも当てはまらなかった人 は、95歳までのうち、認知症にならずに過ごせた年数が 30.1年 でした ✅ 一方、3つとも当てはまった人は17.5年 。0個の人と3個の人では、12.6年の開き がありました ✅ ただしこれは アメリカのデータ で、原因と結果を証明した研究ではありません 。しかも、この年数には「早くお亡くなりになった方の分」も混ざっています。ここは正直にお伝えします 認知症にかかわる要因の全体像は、こちらの記事にまとめてあります。 👉 認知症を防ぐ「血管と代謝」の整え方 〜数字で見える7つの危険因子〜 目次 確率ではなく年数で考えるという発想 どんな研究だったのか 中年期の3つとは高血圧と糖尿病とたばこ 55歳の時点で何が見えたのか 正直に書いておきたいこの研究の弱いところ もう手遅れという意味ではありません 理学療法士として現場で思うこと いま私たちにできること おわりに 参考にした情報 確率ではなく年数で考えるという発想 たとえば「認知症になる可能性が2倍になります」と言われたとします。 そう言われても、多くの方はこう思うのではないでしょうか。もともと何パーセントだったのか。2倍になると、自分の生活は具体的にどう変わるのか。 今回ご紹介する研究チームは、その伝わりにくさを分かっていたようです。だから、こういう出し方をしました。 55歳のあなたは、これから何年、認知症にならずに過ごせそうか。 同じデータを見ていても、こう言われると、頭に絵が浮かびます。55歳から30年なら85歳。17年なら72歳。自分の家族や、自分がやりたいことを、その年齢に当てはめて考えられます。 あなた たしかに、パーセントより年数のほうが、ぴんときますね。 Torapon そうなんです。研究者の方たちも、そこを狙ったのだと思います。ただ、分かりやすい数字ほど、後ろにある注意書きが飛ばされやすい という弱点もあります。この記事では、その注意書きのほうも、きちんと書いていきますね。 どんな研究だったのか 報告したのは、中国の清華大学のJiaqi Hu先生ら の研究チームです。2026年8月5日、アメリカ神経学会が出している医学誌 Neurology Open Access に、オンラインで公開されました。 使われたのは、アメリカで長年続いている ARIC研究 という大きな調査のデータです。ARICは「Atherosclerosis Risk in Communities」の略で、日本語にすると「地域住民における動脈硬化の調査」という意味になります。 数字を並べると、こうなります。 項目 内容 参加した人数 12,409人 調査を始めたときの平均年齢 56.2歳 女性の割合 56.0% 追いかけた期間 中央値でおよそ26.3年(1990〜92年に開始し、2022年まで) 期間中に認知症になった人 3,008人 期間中に認知症にならないまま亡くなった人 5,238人 ※ 中央値 … 全員を短い順に並べたとき、ちょうど真ん中に来る人の値のことです。平均値と違って、極端に長い人や短い人に引っぱられにくい数字です。 ...

September 17, 2026 · 2 分