薬と家族のあたたかいイメージ

認知症の薬、いま何が変わったのか 〜『症状をやわらげる薬』と『進行を遅らせる薬』〜

ご家族がアルツハイマー型認知症と診断されたとき、最初に気になるのは「お薬で何ができるんだろう?」ということではないでしょうか。 「最近、新しい薬の話題をよくニュースで見るけれど、自分や家族にも使えるのかな?」と気になっている方もいらっしゃるかもしれません。 実は認知症の薬物療法は、ここ数年で 大きな転換点 を迎えています。 今日はその全体像を、できるだけやさしく整理してみます。 ✅ 認知症の薬は 「症状をやわらげる薬」 と 「進行を遅らせる薬(疾患修飾薬・DMT)」 の2系統に分かれてきている ✅ 注目の新薬(レカネマブ・ドナネマブ)は MCI〜軽度の段階 で、かつ アミロイド検査 の確認が必須 ✅ 薬だけでは完結しません。早期発見・運動・食事・対人交流を組み合わせた 「統合的アプローチ」 が大前提です 少し長めの記事になりますので、気になるところからお読みください。 そもそも:認知症の薬には2つの流れがある これまでの主役:症状をやわらげる4つの薬 新世代の薬:『進行を遅らせる』DMT 新薬の副作用「ARIA」をどう見守るか 2026年以降:さらに広がる治療の選択肢 薬だけでは完結しない:統合的アプローチ いま私たちにできること そもそも:認知症の薬には2つの流れがある あなた 先生、新しい認知症の薬ってよくニュースで聞くんですけど、これまでの薬と何が違うんですか? Torapon いい質問ですね。実は認知症の薬には、いま大きく 2つの流れ があるんですよ。 ひとつ目は、症状をやわらげる薬(対症療法薬) です。 神経の働きを調整することで、記憶力や意欲、行動の悪化のスピードをゆるやかにしてくれます。 これまでの認知症治療の 主役 だったお薬です。 ふたつ目が、近年登場した 進行を遅らせる薬(疾患修飾薬=DMT) です。 DMTは「Disease-Modifying Therapy」の略で、病気の経過そのものを変える治療 という意味です。 これまでの薬のように症状をやわらげるのではなく、病気の原因物質そのもの に直接働きかけて、進行のスピードを抑えようとする、まったく新しいタイプのお薬です。 あなた 「原因物質」って、いったい何のことですか? Torapon アルツハイマー型認知症の場合、脳に アミロイドβ(ベータ)——ねばねばしたたんぱく質のかたまりが、20〜30年もかけて少しずつ溜まっていくことが、発症の一因と考えられているんです。 新世代の薬は、この アミロイドβを脳から取り除く ことを目的としています。 これまでの主役:症状をやわらげる4つの薬 日本では、長らく以下の 4種類 が使われてきました。 症状や重症度、合併症、ご本人の状況にあわせて、医師が一人ひとりに合うものを選びます。 お薬の名前 特徴 主な適応 ドネペジル(アリセプト®) 内服。意欲低下や自発性の低下が目立つときに 軽度〜高度のAD、レビー小体型認知症 にも保険適応 ガランタミン(レミニール®) 内服。液剤もあり、固形物が飲みにくい方に 軽度〜中等度のAD リバスチグミン(イクセロンパッチ®/リバスタッチ®) 唯一の貼り薬 ◎ 飲み込みが心配な方や、内服での吐き気を避けたい方に 軽度〜中等度のAD メマンチン(メマリー®) 上の3剤と 併用できる ◎ イライラ・攻撃性・焦燥感が強いときに 中等度〜高度のAD ※AD=アルツハイマー型認知症の略です。 ...

May 10, 2026 · 2 分
脳と血管のイメージイラスト

薬の大半は、脳に届いていなかった 〜「関所」を越える研究のいま〜

以前、認知症の薬、いま何が変わったのか という記事で、進行を遅らせる新しい薬(レカネマブ、ドナネマブ)をご紹介しました。 あの記事を書いたあと、読者の方からこんなご質問をいただくことがありました。 「せっかく効く薬ができたのに、どうして『少し遅らせる』程度なのですか?」 もっともなご質問だと思います。今回は、その答えのひとつになりそうな話をお届けします。 結論から申し上げると、こういうことでした。 投与した薬の大部分は、そもそも脳に入っていなかった。 脳には、外から入ってくるものを厳しく選り分ける 「関所」 があります。薬は、その関所でほとんど止められていたのです。 そしていま、この関所をどう越えるかという研究が、静かに、しかし確実に進んでいます。 ✅ 脳を守る 血液脳関門(けつえきのうかんもん) という関所があり、抗体の薬はここをほとんど通れません ✅ 突破する方法が2つ試されています。超音波で門を一時的に開ける 方法と、通行証を持った「乗り物」に載せる 方法です ✅ ただし、どちらも まだ数人〜数十人規模 の段階です。期待しすぎず、しかし目は離さずに 目次 脳には「関所」がある 薬は、関所で止められていた 方法① 超音波で門を開ける 方法② 通行証つきの乗り物に載せる ここは正直に ― まだ数人の話です それでも、意味があると思う理由 いま、私たちにできること おわりに 参考にした情報 脳には「関所」がある 脳は、体のなかでも特別に守られている臓器です。 その守りの中心が、血液脳関門(けつえきのうかんもん) と呼ばれるしくみです。英語の頭文字をとって「BBB」と呼ばれることもあります。 脳のなかを走る血管は、壁の細胞どうしがすき間なくぴったりくっついて います。体のほかの場所の血管は、もう少しゆるく、栄養や水分がしみ出せるようになっているのですが、脳だけは違います。 おかげで、細菌や有害な物質は脳に入れません。とてもありがたいしくみ です。 ただ、この関所には困ったところがあります。通してほしい薬まで、まとめて止めてしまう のです。 あなた 体を守るための関所が、治療の邪魔もしてしまうということですか。 Torapon そのとおりなんです。関所は「よい薬」と「悪い物質」を見分けてくれません。 大きな分子は通さない、という単純な基準で門を閉じています。そして、いま使われている認知症の新薬は——まさにその「大きな分子」なのです。 薬は、関所で止められていた レカネマブやドナネマブは、抗体(こうたい) という種類の薬です。 抗体は、体が細菌やウイルスと戦うためにつくるたんぱく質で、とても大きな分子 です。脳のなかにたまったアミロイドβという物質にくっついて、掃除を助けるはたらきをします。 問題は、その大きさでした。 大きい分子ほど、関所を通れません。 抗体の薬を点滴で入れても、脳に届くのは、投与した量のごくわずか(1%にも満たないとされます)。残りは、体のほかの場所をめぐって終わります。 ここで、少し見え方が変わってこないでしょうか。 いまの薬が「進行を少し遅らせる」程度にとどまっているのは、薬の力が弱いから、とはかぎらない のです。そもそも、現場にほとんど到着していなかった。 だとすれば、やるべきことは薬を強くすることではありません。どうやって現場まで届けるか。 いま研究者たちが取り組んでいるのは、そこです。 方法① 超音波で門を開ける ひとつめは、いかにも力技に聞こえる方法です。 ...

August 20, 2026 · 1 分
脳のしわの山の部分はきれいに片づき、谷の部分には落ち葉が残っている様子を、庭の手入れにたとえたイラスト

アミロイドが消えた場所には、タウも少なかった 〜ひとりの方の脳が教えてくれたこと〜

アルツハイマー型認知症の新しい薬は、脳にたまった「ゴミ」を取りのぞく薬です。 では、ゴミを取りのぞくと、脳の中では本当に何かが変わるのでしょうか。 2026年、アメリカのペンシルベニア大学のチームが、薬の治療を受けたあとに亡くなった、ひとりの男性の脳をくわしく調べた結果を発表しました。 ✅ 1人だけを調べた報告です。薬でアミロイドがほとんど消えていた場所では、もうひとつのゴミ「タウ」も、治療を受けていない人の脳にくらべて少なくなっていました ✅ 一方、同じ脳の中でもアミロイドが残っていた場所では、タウは治療を受けていない人と同じくらいありました ✅ 使われたのは、いまは販売が終わっている古い薬です。「早く治療すれば防げる」とまでは、この1例からは言えません 目次 アミロイドとタウ、ふたつのゴミ 亡くなったあとの脳を、くわしく調べた 「山」は片づき、「谷」には残っていた この研究から言えること、言えないこと いま、私たちにできること おわりに 参考にした情報 アミロイドとタウ、ふたつのゴミ アルツハイマー型認知症の脳には、2種類のゴミがたまることが知られています。 アミロイドβ(ベータ)……神経細胞の外にたまる、ねばねばしたたんぱく質のかたまり。先にたまりはじめます タウ……神経細胞の中にたまり、もつれた糸のようになるたんぱく質。神経細胞が弱っていくことと、深く関係していると考えられています いま日本で使われている新しい薬(レカネマブ・ドナネマブ)は、点滴でアミロイドβを取りのぞく薬です。 ただ、「アミロイドを取りのぞけば、そのあとのタウや、脳がやせていくことも抑えられるのか」は、人の脳では、まだよく分かっていませんでした。 あなた 薬の試験で「進行がゆるやかになった」と聞きましたが、それとは違うんですか? Torapon 試験で分かるのは、もの忘れなどの症状の変わり方です。脳の中でタウがどうなったかを、目で見て確かめるには、亡くなったあとに脳を調べるしかありません。そういう機会は、とても少ないんです。 亡くなったあとの脳を、くわしく調べた 調べられたのは、50代で、軽いもの忘れの段階と診断された男性です(軽度認知障害=日常生活はおおむね自分でできるが、もの忘れが目立つ段階のこと)。 この方は、アルツハイマー型認知症になりやすさに関わる遺伝子の変化(TREM2という遺伝子)を持っていました。 薬の試験に参加し、アデュカヌマブという抗アミロイド薬を受けた 4年半のあいだに、30回の点滴を受けた 最後の点滴から4年後に亡くなり、亡くなったあとに脳がくわしく調べられた 研究チームは、この方の脳を顕微鏡でくわしく調べ、治療を受けていない14人の脳(年齢、または同じ遺伝子の変化の有無をそろえた人たち)とくらべました。 このように、ひとりの方を、時間をかけてくわしく調べた報告を「症例報告」といいます。たくさんの人を集めてくらべる研究とは違い、ひとりの中で起きたことを細かく見られる反面、「ほかの人でも同じか」は分かりません。 さらに、生きているあいだに撮っていた画像検査(PET=脳にたまったゴミを映す検査、MRI=脳の形を映す検査)も、あわせて調べています。 あなた アデュカヌマブって、聞いたことがない薬です。 Torapon アメリカで最初に、早い段階の承認を受けた抗アミロイド薬です。ただ、いまは販売が終わっていて、日本では使われていません。いま日本で使われているレカネマブやドナネマブとは、別の薬だということは覚えておいてください。 「山」は片づき、「谷」には残っていた 脳の表面には、たくさんの「しわ」があります。盛り上がった山の部分と、その間の谷の奥があります。 調べてみると、この方の脳は、場所によってアミロイドの残り方がまだらでした。 場所 アミロイド タウ しわの山 ほぼ消えた 少なめ しわの谷の奥 多く残った 同じくらい ※タウの量は、治療を受けていない14人の脳とくらべたものです。 つまり、同じひとりの脳の中で、「アミロイドがよく取れた場所」と「取れなかった場所」が隣り合っていたのです。 さらに、生前のMRIを見直すと、アミロイドが少なくなった場所では、脳がやせていくスピードがゆるやかだったという関係も見られました。 アミロイドが残った場所でも、脳の表面に近い層では量が少なく、深い層にたくさん残っていました。薬が届きやすい場所と、届きにくい場所があるのかもしれません。 あなた それなら、アミロイドをしっかり取れば、タウも防げるということですか? Torapon 研究チームも「しっかり取りきることが必要なのかもしれない」と考えています。ただ、これは1人の脳で見られたことです。アミロイドが取れたからタウが少なかったのか、もともとタウがたまりにくい場所だったからアミロイドも取れやすかったのか、そこまでは決められません。 この研究から言えること、言えないこと 言えること 薬でアミロイドがほとんど消えた場所では、タウが少なく、脳のやせ方もゆるやかだった 取れ方には「むら」があり、しわの山では取れやすく、谷の奥では残りやすかった 言えないこと 1人だけの報告です。ほかの人にも同じことが起きるかは分かりません アミロイドを取ったことが「原因」で、タウが少なくなったとまでは言えません 使われたのはアデュカヌマブで、いま日本で使われている薬で同じことが起きるかは分かりません 報道では、研究チームが「早い段階で、しっかり取りのぞくことが大事なのかもしれない」と話しています。また、薬の試験はふつう1年半ほどで結果を判断するため、もっと長い時間がたってから出てくる違いを見のがしているかもしれない、とも指摘しています。 ただし、これは研究チームの「そうかもしれない」という考えで、まだ確かめられたわけではありません。この1例だけで「早く治療すれば認知症を防げる」と分かったわけではありません。 ...

October 19, 2026 · 1 分