「買ったんですけどね、あんまり使っていないんです」
補聴器の話をすると、驚くほどよく返ってくる言葉です。引き出しにしまったまま、という方に、私は何人もお会いしてきました。
前回の記事では「いつから使えばいいのか」を書きました。今回はその続きです。つけたあとの話をします。
前回の記事はこちらです。 👉 補聴器は、いつから使えばいいの?
✅ 33か国・6万人を超える調査で、補聴器を使っている方は認知症のリスクが9%低いという結果が出ました
✅ ただし内訳を見ると、「よく聞こえるようになった」と答えた方だけが14%低く、「あまり良くならなかった」方では差がありませんでした
✅ 大事なのは持っていることではなく、ちゃんと聞こえる状態にしておくこと。そのために、調整に通う必要があります
目次
- 6万人を超える調査でわかったこと
- 「持っている」と「聞こえている」は違う
- なぜ、つけただけでは足りないのか
- 調整に通う、ということ
- まだ聞こえている方へ 難聴は防げます
- 現場で見てきたこと
- いま、私たちにできること
- おわりに
- 参考にした情報
6万人を超える調査でわかったこと

2026年、香港大学のグループが大きな調査結果を発表しました。
- 33か国、7つの大規模調査のデータをまとめたもの
- 対象は55歳以上で、聞こえに問題のある61,089人
- 平均6.5年追いかけ、そのあいだに認知症が疑われた方は8,911人
結果、補聴器を使っている方は、使っていない方に比べて認知症のリスクが9%低いという関係が見られました。
ここまでは、これまでにも言われてきたことです。新しいのは、その先でした。
「持っている」と「聞こえている」は違う
研究チームは、使っている方をさらに2つに分けました。
| 認知症のリスク | |
|---|---|
| 「よく聞こえるようになった」と答えた方 | 14%低い |
| 「あまり良くならなかった」と答えた方 | 差なし |
同じ「補聴器を使っている人」でも、結果がまったく違いました。
研究をまとめた先生は、こう述べています。
大事なのは機器をつけているかどうかではなく、その機器が日常生活のなかで、聞こえを本当に良くしているかどうかである。
つけていれば効く、というわけではないんですね……。
そうなんです。ここは、私にとってもハッとする結果でした。「補聴器を使いましょう」とお伝えするだけでは、足りなかったわけです。「聞こえるようになりましたか」まで確かめないと、意味が半分になってしまうのですね。
なぜ、つけただけでは足りないのか

補聴器は、めがねとは違います。買ったその日に、よく聞こえるようにはなりません。
理由は3つあります。
- その人の聞こえ方に合わせる作業が要る……高い音が聞こえにくい方、低い音が聞こえにくい方。どの音をどれだけ大きくするかは、一人ひとり違います
- 脳が慣れるのに時間がかかる……久しぶりに音が戻ってくると、はじめは「うるさい」と感じます。多くの方が、ここでやめてしまいます
- 聞こえは変わっていく……年月とともに聞こえ方は変わります。去年合っていた設定が、今年も合うとはかぎりません
だから、買ったあとに何度か通って、少しずつ合わせていく必要があるのです。
はじめの「うるさい」は、我慢するしかないんですか?
我慢しなくて大丈夫です。むしろ、そのまま伝えてください。 「うるさい」は調整の大事な手がかりですから、遠慮すると合わせようがないんですね。ただ、少しずつ音に慣れていく期間はどうしても要ります。そこは「慣らしていく時期」と思っていただけたらと思います。
調整に通う、ということ

具体的には、こういうことです。
- はじめの数か月は、何度か調整に通う
- 「うるさい」「言葉が聞き取りにくい」を、遠慮せず伝える。それが調整の材料になります
- 落ち着いたあとも、年に1度は聞こえの確認をする
- 電池や耳あかの詰まりでも、聞こえは落ちます。手入れの仕方も教わっておく
何度も行くのは、正直めんどうです……。
よく分かります。ただ今回の結果からすると、この通う手間こそが効いているのだと思います。せっかくのものを引き出しにしまってしまうより、あと数回だけ足を運ぶ。そう考えていただけたらと思います。
まだ聞こえている方へ 難聴は防げます
ここまでは「聞こえにくくなったあと」の話でした。もうひとつ、お伝えしたいことがあります。
難聴には、防げる部分があります。
・大きな音を避ける
耳の奥には有毛細胞という、音を感じ取る細胞があります。この細胞は、一度こわれると元に戻りません。 だから「防ぐ」しかないのです。
WHOが示している目安は、80デシベルの音なら週40時間まで。80デシベルは、走っている電車の中くらいの音量です。
イヤホンで音楽を聴くのは、よくないんでしょうか?
量の問題です。まわりがうるさいと、つい音量を上げてしまうのがいちばんこわいところですね。電車のなかで音量を上げていると感じたら、それは耳が悲鳴を上げる一歩手前かもしれません。音を遮ってから、小さめの音量で聴くほうが、耳にはずっとやさしいんです。
工事の音、パチンコ店、ライブ会場、草刈り機。長くいる場所ほど気をつけたいところです。耳栓はいちばん手軽な備えになります。
MOLDEX(モルデックス) 耳栓 お試し9種類セット
耳栓は、耳の穴の形に合わないと痛くなったり、すき間から音が入ったりします。いろいろな形が少しずつ入ったお試しセットなら、自分に合う形を探せます。工事や草刈り、コンサートのときに。
・血管を守ることが、耳を守ることになる
意外に思われるかもしれませんが、耳はとても細い血管に支えられた器官です。ですから、血管に悪いことは耳にも響きます。
- たばこ……27の研究・30,465人をまとめた解析で、吸っている方の難聴は吸わない方の約2倍でした
- 糖尿病……糖尿病のある方の難聴は、ない方の約2倍の頻度と報告されています
- しかもたばこと糖尿病が重なると、さらに上乗せされることが分かっています
- 高血圧・脂質異常症も、同じ道すじで関わるとされています
血圧や血糖を整えることは、心臓や脳のためだと思われがちです。耳のためでもあったわけですね。
・そのほか、見落とされがちなこと
- 耳あか……これで聞こえが落ちている方は、本当に珍しくありません。取れば戻ります
- 薬の影響……一部の抗菌薬や抗がん剤には、耳への副作用があります。ただし自己判断でやめないでください。気になるときは処方した先生に相談を
- 年に一度、測っておく……聞こえは少しずつ進むので、自分では気づきません。数字で追うのがいちばん確かです
現場で見てきたこと
私がリハビリの現場でよく見たのは、補聴器を持っているのに、机の上に置いたままの方でした。
理由を聞くと、たいてい同じです。「うるさいから」「よく聞こえないから」。
そういうとき、ご本人は「補聴器は自分に合わなかった」と思っておられます。でも実際は、合わせきる前にやめてしまったことが多いのです。もったいない、といつも思っていました。
今回の調査は、その実感に数字をつけてくれたように感じています。
いま、私たちにできること

- ☑ すでにお持ちの方……いま「よく聞こえている」と言えますか。言えないなら、買ったお店か耳鼻科に、もう一度相談を
- ☑ しまい込んでいる方……捨てないでください。調整で変わることがあります
- ☑ これから買う方……値段より先に、調整に通えるお店かを見てください
- ☑ ご家族の方……「聞こえてる?」ではなく、「テレビの音、前より小さくできてる?」のように具体的に聞くと分かります
- ☑ 聞こえが気になり始めたら、まず耳鼻科へ。耳あかが原因のこともあります
補聴器を始める時期や、集音器との違いについては前回の記事にまとめています。 👉 補聴器は、いつから使えばいいの?
📺 テレビの音で、家族がもめる前に
聞こえにくくなると、まず困るのがテレビです。ご本人にちょうどよい音量が、家族にはうるさい。 これで気まずくなるお宅を、たくさん見てきました。
手元に置くスピーカーは、その仲裁をしてくれます。テレビ本体の音量は下げたまま、手元でだけ大きくできるからです。
山善 テレビ用 お手元ワイヤレススピーカー YTR-D500
テレビの音を手元まで飛ばす、小さなスピーカーです。コードがなく、置く場所を選びません。※これは補聴器ではありません。聞こえそのものを調べたり補ったりするものではありませんので、聞こえが気になるときは耳鼻科にご相談ください。
おわりに
この調査は、「補聴器を買えば安心」ではないことを教えてくれました。
けれど私は、これを残念な結果だとは受け取っていません。むしろ逆です。「聞こえるようにすれば、意味がある」とはっきりしたのですから。
そして聞こえるようにする方法は、もう分かっています。通って、合わせること。 手間はかかりますが、できないことではありません。
引き出しの奥に、しまったままのものはありませんか。もう一度だけ、出してみてください。
参考にした情報
- Hearing aid effectiveness and probable dementia risk across 33 countries: A pooled analysis of seven cohorts(Cell Reports Medicine 2026年5月)/香港大学公衆衛生大学院ほか
- 世界保健機関(WHO)の安全な音の目安(80デシベル・週40時間)
- 喫煙と難聴:27研究・30,465人をまとめた解析(現在喫煙者のオッズ比 2.05)
- 糖尿病と難聴、および喫煙との相乗効果に関する報告(Scientific Reports 2020年ほか)
- 前回の記事:補聴器は、いつから使えばいいの?
※この記事は公表された研究をもとに、一般の方向けにやさしく言い換えたものです。聞こえに不安があるときは、耳鼻咽喉科にご相談ください。