やわらかい色合いで描かれた脳のイラスト

認知機能ってそもそも何? 〜記憶・注意・判断を支える「脳のしくみ」を知る〜

「最近、人の名前がスッと出てこない」 「やることを順序立てて進めるのが、前より大変になってきた」―― そんな小さな引っかかりを感じたことはありませんか? そもそも私たちの「認知機能」とは、いったいどんな能力で、脳のどこが担っているのでしょうか。 これを知っておくと、年を重ねたときに何が起きているのか、どこを大切に守ればいいのかが、ぐっと見通せるようになります。 今日は、認知機能の話の いちばんはじめ――脳のしくみのお話を、できるだけやさしくまとめてみます。 ✅ 認知機能は、記憶・注意・判断などいくつもの能力の集まり。それぞれ脳の違う場所が担っています ✅ 脳は 単独の部屋 ではなく、チームプレー(ネットワーク) で働いています ✅ 「衰える場所」を知れば、「守るべき場所」が見えてきます 目次 そもそも「認知機能」とは? 脳の主役① 前頭前皮質 〜段取りと判断の司令塔〜 脳の主役② 海馬 〜記憶の入り口〜 注意のスイッチを切り替える「サリエンスネットワーク」 脳は「ネットワーク」で動いている 最新の話題:脳をささえる「もう一つの細胞」アストロサイト まとめ おわりに そもそも「認知機能」とは? 「認知機能」と聞くと、なんとなく 記憶力 のことだけを思い浮かべる方が多いかもしれません。 でも実は、認知機能はもっと幅広い能力の集まりです。 代表的なものを並べてみると―― 記憶:新しいことを覚える/思い出す 注意:必要な情報に目を向ける/よそ見をしない 実行機能:段取りを立てる・判断する・優先順位をつける 言語:話す・聞く・読む・書く 視空間認知:地図を読む/物の位置を把握する これらが組み合わさってはじめて、私たちは買い物に行ったり、料理を作ったり、人と会話したりできるわけです。 つまり「認知機能の低下」と一口に言っても、どの能力が、どのくらい衰えているかで見え方はずいぶん違ってきます。 脳の主役① 前頭前皮質 〜段取りと判断の司令塔〜 おでこのすぐ裏側にあるのが 前頭前皮質(ぜんとうぜんひしつ) と呼ばれる場所です。 ここは、人間の脳の中でいちばん「人間らしさ」を支えている部分とも言われています。 担っているのは―― 計画を立てる(旅行の段取り、料理の手順) 判断する(信号を渡るタイミング、買うかどうかの決断) ワーキングメモリ(一時的に情報を頭の中に置いておく能力) がまんする(衝動を抑える) なかでも前頭前皮質の「外側」にある 背外側前頭前皮質(はいがいそく ぜんとうぜん ひしつ) という部分は、注意を維持して、頭の中の情報を操作するときに大活躍します。 たとえば「電話番号を聞いて、それをメモするまでの数秒覚えておく」――こんなとき、ここがフル回転しています。 加齢やストレスでこの場所が弱ると、「段取りが苦手になる」「気が散りやすくなる」といった変化が出やすくなります。 脳の主役② 海馬 〜記憶の入り口〜 耳のすぐ内側、脳の奥のほうに 海馬(かいば) と呼ばれる、タツノオトシゴのような形をした小さな器官があります。 名前は知らなくても、「認知症で最初に縮みやすい場所」として聞いたことがあるかもしれません。 海馬の役割は、ひとことで言えば 「記憶の入り口」。 ...

May 12, 2026 · 1 分
やさしい色合いで描かれた、年を重ねていく脳のイラスト

認知機能はなぜ衰えるの? 〜脳の中で起きている4つの変化〜

「同じ話を何度かしてしまう」 「テレビのリモコンを置いた場所を、つい忘れてしまう」―― そんな小さな変化に気づくたび、「これは年のせい?」「それとも何かのサイン?」 と心配になることはありませんか? 前回の記事 では、認知機能を支える脳の主役たち(前頭前皮質・海馬・サリエンスネットワーク)をご紹介しました。 今回はその続きとして、「では、それらが、どんなふうに衰えていくのか?」 をテーマにお話しします。 仕組みを知っておくと、「むやみに怖がること」も「逆に油断すること」も、少なくなります。 ✅ 脳は加齢で 少しずつ縮みます。でも、衰え方には個人差があります ✅ ポイントは 脳の萎縮・ミエリンの劣化・ネットワークの不調・ストレスや生活習慣 の4つ ✅ 認知症は「ある日突然」ではなく、何年もかけて少しずつ進んでいきます 目次 そもそも脳は何歳まで成長するの? 脳の萎縮 〜灰白質がやせていく〜 ミエリンの劣化 〜情報の通り道が傷んでくる〜 ネットワークの不調 〜切り替えが鈍くなる〜 ストレスと生活習慣 〜脳をすり減らす要因〜 認知症のタイプによってメカニズムも違う まとめ おわりに そもそも脳は何歳まで成長するの? 意外に思われるかもしれませんが、脳は20代の前半くらいまで「育っている途中」 です。 特に、脳の中の電線にあたる「ミエリン」(神経の通り道を保護する膜)は、20代半ばでようやく完成するといわれています。 つまり―― 0〜25歳ごろ:脳がぐんぐん育つ時期 30〜50代:成熟していて、もっとも安定している時期 60代以降:少しずつ機能が変化していく時期 「もう年だから」と思いがちですが、60〜70代で新しいことを学んでも、ちゃんと脳の中で回路ができることが分かってきています。 これを 神経可塑性(しんけい かそせい) と呼びます。 衰えの話の前に、ぜひこの 「脳は変わり続ける」 という事実を、いちばんはじめに知っておいてください。 脳の萎縮 〜灰白質がやせていく〜 脳の表面は、灰白質(かいはくしつ) と呼ばれる神経細胞の集まりでできています。 年を重ねると、この灰白質が 少しずつ薄く・小さく なっていきます。これが 脳の萎縮(いしゅく) と呼ばれる変化です。 萎縮しやすい場所 特に縮みやすいのが、前回ご紹介した2か所―― 前頭前皮質:段取り・判断を担う場所 海馬:記憶の入り口 だからこそ、年を重ねると、 「段取りを立てるのが面倒」になったり 「新しいことが頭に入りにくい」と感じたり する変化が出てきます。 でも、これは「普通の老化」 ここで大事なのは、年相応の萎縮は誰にでも起きるということ。 健康な脳でも、毎年わずかずつ縮みます。 それでも何ら困ることなく暮らせている方が大勢いらっしゃいます。 「萎縮=認知症」ではありません。 萎縮があっても、認知機能が保たれている方はたくさんいます。 ...

May 13, 2026 · 1 分
変化していく脳のイメージ

脳は、いくつになっても変われる 〜リハビリでわかった『脳の可塑性』のお話〜

「もう年だから、これ以上は良くならないよ」 リハビリの現場でも、ご本人やご家族から、そんな声をよく耳にします。 でも、私が理学療法士として毎日のように見ているのは、それとは少し違う光景です。 脳の病気やケガのあとでも、練習を重ねるうちに、できなかった動きが少しずつ戻ってくる――。そんな場面が、たしかにあるのです。 その背景には、脳がもともと持っている 「変わる力」 があります。今回はその力、「脳の可塑性(のうかそせい)」 について、やさしくお話しします。 ✅ 脳には、経験や練習に応じて、神経のつながりを作りかえる力 「脳の可塑性」 があります ✅ 脳卒中などで脳の一部が傷んでも、残った部分が役割を肩代わりしようとする(脳の再構成)。リハビリは、その力を引き出す手助けです ✅ この力は 高齢になってもゼロにはなりません。日々の運動・学び・人との関わりが、脳の“余力”を育てます 目次 そもそも「脳の可塑性」って? 脳が自分を作りかえる「再構成」の話 リハビリは「脳の変化」を引き出すお手伝い 現場で感じていること 高齢になっても、脳は変われる いま私たちにできること おわりに そもそも「脳の可塑性」って? あなた 脳って、一度できあがったらもう変わらないものだと思っていました……。 Torapon よく聞くお話ですね。でも実は、脳のつながり方は生まれたまま固定されているわけではないんです。練習や経験に応じて作りかわる力 ——それが『脳の可塑性』なんですよ。 私たちの脳の中には、「神経細胞(しんけいさいぼう)」 が、数えきれないほどたくさんあります。この細胞どうしは、手をつなぐように 「シナプス」 という接ぎ目でつながり、網の目のようなネットワークをつくっています。 このつながり方は、生まれたときのまま固定されているわけではありません。何かを練習したり、新しい経験をしたりすると、つながりが太くなったり、新しくできたりします。この「経験に応じて、脳の回路を作りかえる力」のことを、「脳の可塑性(かそせい)」 と呼びます。 たとえば、よく使う神経のつながりは、信号が伝わりやすくなっていきます。これは専門的には 「長期増強(ちょうきぞうきょう、LTP)」 と呼ばれ、学習や記憶の土台になっている仕組みです。「習うより慣れろ」という言葉は、まさに脳の可塑性のことを言い当てているのかもしれません。 脳が自分を作りかえる「再構成」の話 この「変わる力」が、いちばん頼もしくはたらくのが、脳卒中(のうそっちゅう)などで脳の一部が傷ついたあとです。 脳のある場所が傷んで、そこが担っていた役割(手を動かす、言葉を話すなど)がうまくいかなくなったとき――傷つかずに残った部分が、ネットワークを組み替えて、その役割を肩代わりしようとすることがあります。これを 「脳の再構成(さいこうせい)」 といいます。 休んでいた回路が活性化したり、残った神経どうしが新しいつながりをつくったりして、失われかけた働きが、少しずつ再び組み立て直されていくのです。 ただし、いいことばかりではありません。脳が傷ついたあとには、回復のじゃまをするタンパク質が現れることもわかってきており、これが回復の壁になる場合があります。だからこそ、早めに・適切にはたらきかけることが大切だと考えられています。 リハビリは「脳の変化」を引き出すお手伝い あなた リハビリって、ただ我慢して頑張るだけの、つらいものだと思っていました。 Torapon がむしゃらに頑張ればいい、というものではないんです。リハビリは、脳が変わりやすい状況を外から手伝ってあげる もの。運動や繰り返しの練習が、その『変わる力』をそっと引き出してくれるんですよ。 では、その「変わる力」を、どうやって引き出すのでしょうか。 そこで登場するのが、リハビリテーションです。 リハビリは、運動や、同じ動きの反復練習といった刺激を通して、脳の可塑性を 意図的に引き出し、失われた機能の回復を促していくプロセスだと考えられています。やみくもに頑張るのではなく、「脳が変わりやすい状況」を、外から手伝ってあげるイメージです。 カギをにぎるのが、脳の中で出る アセチルコリン という物質です。記憶や注意に深くかかわる脳の部位(マイネルト神経核)から出るこの物質が、脳の可塑性を後押しするスイッチのような役割をすると考えられています。さらに、こうした物質を調整して人工的に可塑性を高め、リハビリの効果を底上げしようという研究も進められています。 そしてもう一つ大切なのが、環境と経験です。ヒトの脳は、まわりの環境や、積み重ねる経験によって育ちます。刺激の豊かな環境――人と話す、手先を使う、体を動かす――が、脳の作りかえを後押しすると考えられています。 運動が脳を元気にする話は、こちらの記事もあわせてどうぞ。 👉 運動でつくられる“脳の若返り物質”の話 現場で感じていること 理学療法士として現場に立っていると、教科書の言葉以上に、この「脳の可塑性」を実感する場面があります。 最初はわずかな動きしか戻らなくても、あきらめずに、こつこつ続けた方ほど、半年・一年と経つうちに、できることが増えていく――そんな姿を、何度も見てきました。派手な特効薬があるわけではありません。地道な繰り返しこそが、脳の変化を引き出す確かな道なのだと、現場で教えられています。 高齢になっても、脳は変われる ...

June 27, 2026 · 1 分
運動で体と脳を元気にするイメージ

「にぎる力」が、脳を守る? 〜筋肉と脳の、新しい関係のお話〜

「このごろ、ペットボトルのフタが開けにくくなった」 「握手した手に、昔ほど力が入らない気がする」 そんなふうに、手の力(握力)の衰えを感じたことはありませんか? 「年のせいだから、しかたない」と思ってしまいがちですが、実はいま、この“にぎる力”と、脳の元気との関係に、世界中の研究者が注目しています。 理学療法士として現場に立っていると、「体の力」と「頭の元気」は、思っている以上に深くつながっていると感じます。今回は、筋肉と脳の、新しい関係について、やさしくお話しします。 ✅ 握力は「体全体の筋力の鏡」。大規模な研究で、握力が強い人ほど、将来アルツハイマー病になりにくい傾向が報告されています ✅ アメリカの有名な研究所が、**2026年を「脳の健康の年」**と位置づけました。運動が、脳を元気にする物質 「BDNF」 を増やすことがわかっています ✅ カギは、中年期からの筋力づくり。歩くなどの有酸素運動だけでなく、「筋トレ(筋力を保つこと)」も脳を守る、という新しい視点が広がっています 目次 そもそも、握力と脳って関係あるの? 世界が注目「2026年は、脳の健康の年」 握力は「体全体の筋力の鏡」 なぜ、筋肉が脳を守るの? 現場で感じていること いま私たちにできること おわりに そもそも、握力と脳って関係あるの? あなた 手の力と、脳の元気……。まったく別のもののように思えるのですが。 Torapon そう感じますよね。でも、握力は「体ぜんたいの筋力」をうつす鏡のようなもの。手の力が保てている方は、体全体の筋肉も元気なことが多いんです。そして、その体の元気が、脳の元気ともつながっている——そんなことが、少しずつわかってきたんですよ。 握力とは、文字どおり「手でにぎる力」のことです。健康診断で測ったことがある方もいらっしゃるかもしれません。 この握力、じつは 「体全体の筋力の目安」 として、医療の現場でよく使われています。手の力だけを特別にはかっているのではなく、握力が保てている人は、全身の筋肉も元気なことが多いからです。 そして近年、この握力と、脳の健康・認知症のリスクとの関係を調べる研究が、世界中で相次いで報告されるようになりました。順番に見ていきましょう。 世界が注目「2026年は、脳の健康の年」 アメリカに、ソーク研究所(Salk Institute) という、脳科学で世界的に知られる研究所があります。この研究所が、2026年を「脳の健康の年(Year of Brain Health)」 と位置づけ、脳を守るしくみの解明に力を入れると発表しました。 その中で、大きなテーマの一つとされているのが 「運動」 です。 運動をすると、脳の中で 「BDNF(ビーディーエヌエフ)」 という物質が増えることがわかっています。これは 「脳を元気にする栄養」 のようなもので、神経細胞が生き延びるのを助け、学びや記憶を後押しし、新しい神経細胞が育つのを支えるはたらきがあると考えられています。 あなた 運動が、脳の栄養を増やしてくれるんですね。ちょっと意外です。 Torapon そうなんです。しかも研究所は、「有酸素運動」だけでなく「筋力(筋トレ)」も、脳を守るのではないかと考えて、くわしく調べはじめています。歩くことに加えて、筋肉を保つことも大事、というわけですね。 これまで「運動といえば、ウォーキングなどの有酸素運動」というイメージが強かったかもしれません。でもいま注目されているのは、筋力そのもの。筋肉が強い人ほど、脳が守られやすいのではないかという、新しい視点です。 運動でつくられる“脳の若返り物質”の話は、こちらの記事もあわせてどうぞ。 👉 運動でつくられる“脳の若返り物質”の話 握力は「体全体の筋力の鏡」 「筋力が脳を守る」という話を、より具体的に示したのが、握力を使った大規模な研究です。 ある研究では、約8万6千人という、とても多くの人を長い期間にわたって追いかけました。その結果、握力が強い人ほど、将来アルツハイマー病になるリスクが低い、という関係が、段階的にみられたと報告されています。握力が強いほどリスクが下がっていく——そんなゆるやかな傾向です。 また、2025年に発表された別の大規模な追跡研究でも、筋力が弱い人は、将来認知症になるリスクがやや高いという結果が示されました。握力や全身の筋力の低下が、将来の脳の健康を映すサインの一つになりうる、というわけです。 あなた 握力が弱いと、もう手おくれ……ということでしょうか。 Torapon いいえ、そうではありません。これらはあくまで「傾向」であって、握力が弱いから必ずそうなる、という話ではないんです。むしろ大切なのは、筋力は、いくつからでも育てられるということ。とくに 40〜60代の中年期から筋力を保つことが、将来の脳を守る土台になると考えられているんですよ。 ここで大事なのは、「握力の数字におびえること」ではありません。握力は、あくまで体の状態を知る手がかりの一つです。数字そのものより、**「これから、体の筋力をどう保っていくか」**のほうが、ずっと大切です。 なぜ、筋肉が脳を守るの? では、どうして筋肉が、脳を守ってくれるのでしょうか。そのしくみは、まだ研究の途中で、すべてが解明されたわけではありません。ただ、いくつかの道すじが考えられています。 運動が「脳の栄養(BDNF)」を増やす……体を動かすことで、神経を元気に保つ物質が増えると考えられています 筋肉そのものが、脳によい物質を出す……近年、筋肉は「動くための器官」であるだけでなく、体じゅうに“よい信号”を送り出す器官でもあることがわかってきました 血のめぐりがよくなる……運動や筋力の維持は、脳へ届く血の流れを助けます 生活習慣が整う……体を動かす習慣は、睡眠・血圧・血糖など、脳に関わる多くのことを、よい方向へ導きます ソーク研究所も、「筋肉を育てるしくみ」が、年をとった脳を守る手がかりになるのではないか、と考えて研究を進めています。つまり、筋肉を保つことは、脳への“うれしい贈りもの”を増やすことでもあるのです。 ...

July 3, 2026 · 1 分
夜空の下、月明かりにそっと照らされる脳のイラスト

ぐっすり眠ると、脳が掃除される? 〜眠りと脳のふしぎな関係〜

「最近、ぐっすり眠れていますか?」 夜中に何度も目が覚めたり、朝起きても疲れが残っていたり——。 そんな日が続くと、なんとなく頭がぼんやりして、集中力も落ちてきますよね。 でも、もし「睡眠」が、ただの休憩ではなく、脳の中をきれいに掃除する大切な時間だったとしたらどうでしょう? 実は、2012年に発見されたある仕組みによって、それが本当のことだと分かってきました。 今回はその仕組み——「グリンパティック・システム」をやさしくご紹介します。 この記事のポイント ✅ 脳には、寝ている間に老廃物を流す独自の「掃除システム」があります ✅ そのカギを握るのは、脳脊髄液(のうせきずいえき)と、 星型の細胞「アストロサイト」です ✅ 睡眠不足は、認知症の原因物質の蓄積につながる可能性があります 目次 そもそも「グリンパティック・システム」って? 寝ている間、脳の中で何が起きているの? 掃除がうまくいかないと、どうなる? どうやって守ればいいの? まとめ そもそも「グリンパティック・システム」って? あなた グリンパティック……? なんだか難しそうな名前で、読む前からくじけそうです。 Torapon 名前は難しそうですが、中身はシンプルなんです。ひとことで言うと、眠っている間に脳のゴミを水で洗い流すしくみ。それだけ分かれば十分ですよ。 聞き慣れない言葉ですが、難しく考えなくて大丈夫です。 脳の中を流れる水(脳脊髄液)が、老廃物を洗い流してくれる仕組み——そう思っていただければ十分です。 私たちの体には「リンパ系」という、老廃物や余分な水分を集めて流す仕組みがあります。 ただ、脳の中にはリンパ管がほとんど通っていません。 ではどうやって脳の中の “ゴミ” を片付けているのか——。 それを2012年に解き明かしたのが、デンマークの神経科学者ネーデルガード博士のチームでした。 彼らは脳特有の “もう一つのリンパ系” として、この仕組みをグリンパティック・システムと名付けました。 「グリア(脳の支援細胞)+リンパ」という意味の造語です。 脳の中にも、私たちが眠っている間にせっせと働く"掃除部隊"があったのです。 寝ている間、脳の中で何が起きているの? あなた 寝ているだけなのに、脳の中でそんなに色々なことが起きているんですか? Torapon そうなんです。眠っている間の脳は、休んでいるどころか 『そうじタイム』 の真っ最中。3つの主役が力を合わせて働くんですよ。順に見てみましょう。 このシステムの主役は、3人います。 1. 脳脊髄液(のうせきずいえき)——脳と背骨の中を流れる、無色透明の液体です。 2. アストロサイト——脳の中で神経細胞を支える、星のような形をした細胞です。 3. 血管の “ゆっくりした拍動”——心臓に合わせて広がったり縮んだりするポンプの動きです。 眠りに入ると、これらが連携して動き始めます。 ① 細胞の “すき間” が広がる ノンレム睡眠(深い眠り)に入ると、脳の中の興奮を高める物質(ノルアドレナリン)の量がぐっと下がります。 すると、脳の細胞が少し縮み、細胞と細胞のすき間が約60%も広がることが分かっています。 このすき間こそが、脳脊髄液の “通り道”。 広がった通り道を、液体が一気に流れやすくなるのです。 ② 脳脊髄液が流れ込む 血管の周りには、ほんのわずかな空間(血管周囲腔)があります。 脳脊髄液は、ここを通って脳の奥深くまで入り込み、老廃物を集めて再び外へと運び出します。 ...

May 15, 2026 · 1 分
やわらかな夜空のもと、星と本のイラストが穏やかに浮かぶ

眠っている間、脳は何をしているの? 〜記憶と感情の整理整頓〜

「ぐっすり眠ったはずなのに、頭がスッキリしない」 「悲しいことがあった日は、よく眠れない」 そんな経験はありませんか? 実は、私たちが眠っている間、脳の中ではとても大切な"作業"が行われています。 それは——記憶の整理と、感情の処理です。 前回はグリンパティック・システム(脳の掃除のしくみ)をお話ししました。 今回はその続きとして、「眠っている間、脳が裏側で何をしているのか」を、もう少しのぞいてみましょう。 この記事のポイント ✅ 睡眠は2つの段階に分かれていて、それぞれ違う"仕事"をしています ✅ ノンレム睡眠は記憶を脳に定着させ、レム睡眠は感情をやさしく整えてくれます ✅ 睡眠不足は、学ぶ力・気持ちのコントロール・人との関わりにも影響します 目次 睡眠は「ひとつ」じゃない ノンレム睡眠:記憶を"刻み込む"時間 レム睡眠:「一晩のセラピー」と呼ばれる理由 眠りが足りないと、心と頭はどうなる? まとめ 睡眠は「ひとつ」じゃない 「眠っている時間」と聞くと、ずっと同じ状態が続いているように感じますよね。 でも実際の睡眠は、2つの段階が約90分ごとに交互にやってくることが分かっています。 ノンレム睡眠——脳が深く休んでいるけれど、体は動かせる状態。深さによってさらに段階が分かれます。 レム睡眠——体は休んでいるけれど、脳は活発に動いている状態。夢を見るのは主にこの時間です。 ひと晩に4〜5回、この2つを行き来しながら朝を迎えます。 そして面白いことに、前半はノンレム睡眠が多く、後半(朝方)はレム睡眠が多くなります。 だから「もう少し寝かせてほしいな」と感じる朝方は、実はレム睡眠のまっただ中なのです。 ノンレム睡眠:記憶を"刻み込む"時間 日中に「あ、これは大事だな」と思ったことや、新しく覚えた人の名前、運動の動きなどは、いったん「海馬(かいば)」という脳の小さな部屋に仮置きされます。 そのままだと、しばらくして消えてしまうことも。 ところが眠っている間、特にノンレム睡眠の深い段階になると、不思議なことが起こります。 昼間に活動した神経細胞のパターンが、もう一度ゆっくり再生されるのです。 これを「海馬のリプレイ」と呼びます。 「もう一度なぞり書きをしてもらう」イメージに近いかもしれません。 リプレイによって、海馬に置かれていた記憶は、より広い"長期保管庫"である大脳皮質(だいのうひしつ)へと書き写されていきます。 2024〜2025年の研究では、このリプレイのタイミングが「睡眠紡錘波(すいみんぼうすいは)」と呼ばれる特殊な脳波と同期しているほど、翌日の記憶テストの成績が良いことも分かってきました。 子どもが昼寝のあとに新しい言葉をスラスラ使えるようになるのも、この働きのおかげとされています。 学んだことを忘れたくないとき、夜更かしして詰め込むより、早めに眠った方が結果的に身につくのは、こういう理由なのです。 レム睡眠:「一晩のセラピー」と呼ばれる理由 つらい出来事があった日、ぐっすり眠った翌朝に「不思議と少し気持ちが楽になっていた」と感じることはありませんか? これは気のせいではなく、レム睡眠の働きとされています。 睡眠研究の世界では、レム睡眠を**「一晩のセラピー(overnight therapy)」**と呼ぶことがあります。 不安をやわらげるしくみ レム睡眠のあいだ、脳の中では、ストレスを高める物質(ノルアドレナリン)の分泌がぐっと下がります。 ストレスホルモンが少ない、安全な状態で、その日にあった出来事を脳が"もう一度なぞる"のです。 すると、出来事の「内容(こんなことがあった)」は記憶として残るのに、くっついていた不快な感情だけが少しずつ薄められていく——そんなことが脳の中で起きています。 これがレム睡眠の「セラピー機能」です。 寝酒がよくない理由 ところが、アルコールはこのレム睡眠を強く抑え込みます。 夜にお酒を飲むと、寝つきは良くなったように感じても、レム睡眠が短くなり、その大切な"セラピー時間"が失われてしまいます。 「つらい日こそ飲んで寝る」が逆効果になりやすいのは、このためです。 ストレスを感じた日ほど、しっかりとした"素の眠り"が必要なのです。 眠りが足りないと、心と頭はどうなる? ここまでをまとめると、睡眠は頭の中の “編集者” と “整理係” のような役割を担っていることが分かります。 編集者(NREM)が記憶を清書し、整理係(REM)が感情をていねいに片付けてくれているわけです。 その時間が足りないと、当然いろんな影響が出てきます。 物覚えが悪くなる——昼間に覚えたことが、長期記憶に書き写されにくくなります。 イライラ・不安が強くなる——感情の整理が追いつかず、小さなことで揺れやすくなります。 判断力が落ちる——前頭前皮質(判断を担う領域)の働きが鈍くなります。 人とのつながりが浅くなる——表情を読み取る力や共感する力も弱まることが報告されています。 睡眠と脳の関係について、もう少し基本から知りたい方はこちらの記事もどうぞ。 👉 認知機能ってそもそも何?〜記憶・判断・注意のしくみ〜 ...

May 16, 2026 · 1 分
朝のやわらかな光のなかで、湯気のたつお茶のあるテーブルのイラスト

今日から始める『脳が喜ぶ眠り方』 〜睡眠の質を上げる実践のヒント〜

ここまで2回にわたって、睡眠と脳の関係を見てきました。 第1回:ぐっすり眠ると、脳が掃除される?〜眠りと脳のふしぎな関係〜 第2回: 眠っている間、脳は何をしているの?〜記憶と感情の整理整頓〜 「脳って、寝ている間にこんなに頑張ってくれているんだ」と、少しだけ眠る時間が愛おしくなった方もいらっしゃるかもしれません。 最終回の今回は、その大切な時間をもっと味方につけるための、実践のお話です。 むずかしい道具やお金は一切いりません。今夜から始められるものばかりです。 この記事のポイント ✅ 「何時間寝るか」と「いつ寝るか」が、脳の修復力を大きく左右します ✅ お酒・カフェイン・スマホは、知らずに眠りの質を下げています ✅ 血圧・血糖値の管理は、脳の “そうじ機能” を守ることにつながります 目次 まずは「7〜9時間ルール」 寝る時間・起きる時間を一定に お酒とカフェインの落とし穴 寝室の “三拍子”——涼しく・暗く・静かに 血管の健康が、脳の眠りを守る まとめ まずは「7〜9時間ルール」 研究の世界では、成人の理想的な睡眠時間はおおむね7〜9時間とされています。 この範囲を外れた場合、脳の老化の指標である「白質高信号(はくしつこうしんごう)」が増えやすいことが、4万人規模の脳画像研究で示されました。 「6時間で十分だ」と長く感じていた方も、1日30分早く布団に入ることから始めてみませんか。 特に朝方のレム睡眠は、感情を整える大切な時間です。 睡眠時間を削ると、ここがいちばん最初に失われてしまいます。 「忙しい日ほど早く寝る」——これが、本当の意味での “脳の節約術” かもしれません。 寝る時間・起きる時間を一定に 「休みの日くらいは、ゆっくり寝かせて」——わかります。 でも、毎日の就寝・起床時刻が2時間以上ずれると、体内時計が混乱して、深い眠りに入りづらくなることが分かっています。 特に起床時刻のばらつきは、体内時計の調整に大きく影響します。 休日も、平日との差は1時間以内におさえると、脳のリズムが整いやすくなります。 朝、起きたらカーテンを開けて自然光を浴びるだけでも、体内時計のスイッチが入ります。 散歩や朝ごはんもセットにできれば、なお良し。 「寝つきが悪い」とお困りの方も、まずは朝の光から見直してみてください。 夜の眠りは、朝の習慣に支えられています。 お酒とカフェインの落とし穴 「寝つきが悪いから、寝る前にちょっとだけ」—— お酒のお話、耳が痛い方もいらっしゃるかもしれません。 実はアルコールは、レム睡眠を強く抑え込みます。 たしかに寝つきは良くなったように感じますが、感情の整理を担う"一晩のセラピー"の時間が削られてしまうのです。 ストレスを感じた日ほど、寝酒は逆効果になりやすいことが知られています。 カフェインも要注意です。コーヒー、紅茶、緑茶、エナジードリンク—— 午後3時以降の摂取は、その夜の眠りに影響が出る可能性があります。 カフェインは体内に半日ほど残ることもあるので、夕方以降はノンカフェインのお飲み物に切り替えてみてください。 寝酒がなぜよくないのか、もう少し詳しいお話は前回の記事でも触れています。 👉 眠っている間、脳は何をしているの?〜記憶と感情の整理整頓〜 寝室の “三拍子”——涼しく・暗く・静かに ぐっすり眠るためには、寝室の環境がかなり大事です。 ポイントは3つ。 1. やや涼しく——深い睡眠に入るとき、体は中心の温度をすこし下げる必要があります。室温は18〜22℃を目安に。 2. 暗く——わずかな光でも、深い眠りを妨げると言われています。豆電球は消すか、なるべく暗いものに。 3. 静かに——耳栓やホワイトノイズで、突発的な音をやわらげるのも有効です。 そしてもうひとつ、寝る30分前のスマホ・テレビ・パソコン。 これらの強い光と情報量は、脳を「まだ起きていてね」と勘違いさせてしまいます。 代わりに、読書・ストレッチ・温かい飲み物など、ゆったりした習慣を取り入れてみてください。 「眠る準備」を整える時間そのものが、脳のスイッチを少しずつオフにしてくれます。 血管の健康が、脳の眠りを守る 第1回でお話ししたグリンパティック・システム(脳の掃除機能)は、血管のしなやかさに支えられています。 動脈がやさしく拍動することで、脳脊髄液が押し出され、老廃物が流れていく仕組みでしたね。 ...

May 17, 2026 · 1 分