認知症のご家族が、以前より 怒りっぽくなった、あるいは 元気がなくなって一日ぼんやり過ごすようになった――そんな変化に、戸惑ったことはありませんか?
こうした、もの忘れ以外の「心と行動の変化」は、ご本人にとっても、支えるご家族にとっても、とてもつらいものです。
そんな中、ちょっと驚くような、でも心があたたかくなる研究が報告されました。テーマは、なんと 「プロ野球」。阪神タイガースが優勝したあと、ファンの認知症の方の “心の症状” がやわらいだ というのです。
理学療法士として長く介護の現場にいる私自身、学生時代は野球部で、いまも阪神ファンのひとり。この話には、つい身を乗り出してしまいました。今日は、この研究から見えてくる 「好きなこと・楽しみの力」 について、ごいっしょに考えてみたいと思います。
✅ 阪神ファンの認知症の方 19名 で、2023年の優勝後に BPSD(ビーピーエスディー=認知症にともなう心と行動の症状)が やわらいだ と報告された
✅ 怒りっぽさ・無気力・興奮・昼夜逆転・気分の落ち込みなど、幅広い症状 で良い変化がみられた
✅ ただし 19名の小さな探索的な研究。「好きなこと・楽しみが心に効くかもしれない」という ヒント として受け止めたい
目次
そもそも「BPSD」って何?

認知症というと、「もの忘れ」を思い浮かべる方が多いと思います。これは 中核症状(ちゅうかくしょうじょう)と呼ばれる、脳のはたらきが直接およぼす症状です。
いっぽうで、それを取り巻くように現れるのが BPSD(行動・心理症状)です。たとえば、
- 怒りっぽくなる、強い言葉が出る
- 不安そうにする、落ち着かず動き回る
- 元気がなくなる、何ごとにも関心をしめさなくなる
- 昼と夜が逆転する
- 気分が沈む
といったものです。BPSDは、ご本人の体調・気持ち・まわりの環境 などによって、強くなったり、やわらいだりします。裏を返せば、接し方や環境を整えることで、和らげられる可能性がある ということでもあります。
どんな研究だったの?

今回の研究は、大阪・脳神経内科はつたクリニックの 初田裕幸(はつた ひろゆき)医師 らによるもので、医学誌 Geriatrics & Gerontology International(2026年5月号)に報告されました。
研究では、関西地方にお住まいの認知症の方 855名 を対象に、プロ野球の試合結果 と BPSDの変化 に関係がないかを調べました。
そして、そのうち 阪神タイガースのファンだった19名 に注目したところ、2023年にチームがセ・リーグで優勝したあと、BPSDのスコア(症状の強さを表す点数)が、はっきりと下がっていた(=症状がやわらいでいた)のです。
ここで、ひとつ大切なことを正直にお伝えします。これは 「探索的レトロスペクティブ研究」 といって、過去の記録をふり返って関係を探す、最初の手がかりを見つけるタイプ の研究です。注目したのも19名という小さな人数。ですから、「優勝すれば症状が必ず良くなる」と言い切れるものではありません。あくまで 「こういう面白い関係がありそうだ」という、出発点の発見 です。
どんな症状が、やわらいだの?

研究では、もう少しくわしく症状の種類ごとに見ています。優勝のあと、とくに次のような症状で良い変化がみられたと報告されています。
- きつい言葉・相手を責めるような言葉 が減った
- 無関心・無気力(何ごとにも興味がわかない状態)がやわらいだ
- 興奮・いらだち が落ち着いた
- 昼夜の逆転 が整ってきた
- 気分の落ち込み・ゆううつな気分 が軽くなった
こうして並べてみると、ひとつの症状だけでなく、心のあり方そのものが、ふわっと明るい方へ動いた ような印象を受けます。好きなチームの優勝という、心が大きく動く出来事 が、その人の毎日に良い波を広げたのかもしれません。
なぜ「好きなこと」が、心に効くのでしょう

研究者らは、「好きなチームに強い思い入れのある方ほど、心が動くスポーツの出来事がBPSDの変化に関係していた可能性がある」 と考えています。
ここで大切なのは、「野球だから」ではない ということです。鍵になっているのは、おそらく その人の “好き” や “生きがい” が、強く心を動かしたこと のほうです。
認知症が進んでも、うれしい・たのしい・なつかしいといった「感情」は、最後まで豊かに残る といわれています。記憶があいまいになっても、「好きな歌を聞くと表情がやわらぐ」「昔の趣味の話になると、目がいきいきする」――そんな場面に、現場で何度も出会います。
あわせて読みたい
👉 脳を守る「刺激とつながり」 〜耳・目・心・環境の7つの危険因子〜
好きなこと、心が動くこと、誰かと分かち合えること。こうした 「楽しみ」 は、薬とはちがう形で、その人の心をそっと支えてくれているのかもしれません。
理学療法士として、私自身のこと
冒頭でも少し触れましたが、私は学生時代に野球をやっていて、いまも阪神ファンのひとりです。だからこの研究を読んだとき、「わかる気がするなあ」と、つい笑顔になりました。
そして、もうひとつ思い出したことがあります。私の母も、認知症とともに歩んだ人でした。母は 歌が好き な人で、言葉が少なくなってからも、なじみのある歌が流れると、口ずさんだり、やわらかい表情を見せてくれることがありました。
「好きなこと」が心に届く瞬間は、特別なものではなく、日々の暮らしのすぐそばにある のだと思います。野球でも、歌でも、花でも、お茶でも――その人の「好き」を、いっしょに大切にすること。それが何より、と感じています。
いま、私たちにできること

今回の研究は小さな一歩ですが、そこから受け取れる「できること」は、あたたかくてシンプルです。
✅ その人の “好き” を、いっしょに楽しむ。 野球、歌、相撲、園芸、お茶――昔から好きだったことを、生活の中に取り入れる
✅ 心が動く時間を大切に。 勝ち負けや上手・下手よりも、「うれしい」「たのしい」と感じる時間そのものに価値がある
✅ なじみのある音楽や思い出の品を、そばに。 昔の歌・写真・好きだった場所の話などは、表情をやわらげるきっかけになりやすい
✅ 「できないこと」より「楽しめること」に目を向ける。 完璧を目指さず、その人のペースで
✅ 困った症状が続くときは、抱え込まずに専門職へ。 かかりつけ医やケアマネジャーに相談を
BPSD(心と行動の症状)が強くて毎日がつらいときは、ご家族だけで抱えこまないでください。※ 気になる症状が続くときは、必ずかかりつけ医や担当の専門職にご相談ください。
おわりに
「阪神が優勝したら、おじいちゃんが元気になった」――そんな話が、ちゃんと研究として報告される時代になりました。なんだか、ほっとするような、うれしいニュースです。
もちろん、これは19名の小さな探索的な研究で、これからさらに確かめていく段階のものです。それでも、「好きなこと・楽しみが、その人の心を支えるかもしれない」 という方向性は、現場の実感ともよく重なります。
大切な人の「好き」は何だろう。そんなふうに思いをめぐらせる時間そのものが、きっと、いちばんの薬なのかもしれません。
参考にした情報
- Hatsuta H. 「Association between professional baseball outcomes and behavioral and psychological symptoms of dementia」 Geriatrics & Gerontology International(2026年5月号;2026;26:e70519)
- ケアネット 医療ニュース「阪神ファンの認知症患者、優勝後にBPSDが大きく改善!?」(2026年)※閲覧には会員登録が必要です
※ 本記事は、上記の研究・解説をもとに、一般読者向けにわかりやすくまとめ直したものです。ご紹介した研究は、少人数を対象とした探索的な(手がかりを探す段階の)研究であり、「好きなことをすれば症状が必ず良くなる」と保証するものではありません。気になる症状が続く場合や、接し方にお悩みの場合は、かかりつけ医や担当の専門職にご相談ください。