「認知症は、もう治せない病気だと思っていませんか?」
最近のニュースで、新しいお薬(レカネマブ・ドナネマブ)の話題を耳にした方も多いと思います。「うちの家族にも使えるのかな?」「薬がダメでも、家でできることってあるの?」——そんな疑問を抱えていらっしゃるご家族・ご本人もいらっしゃるのではないでしょうか。
実は、2026年5月、日本の認知症治療の 教科書(ガイドライン) が 9年ぶりに大改訂 されました。 中身を読むと、認知症をめぐる景色が この10年で大きく変わった ことがよく分かります。
今日はその改訂のポイントを、できるだけやさしく整理してみます。
✅ 認知症は「治せない病」から 「進行を抑える病」 へと、医療の前提が変わってきています
✅ 新しいお薬は MCI〜軽度 が対象。それ以外の方や進行例には 運動療法・認知リハ・音楽療法 がしっかり位置づけられました
✅ 中でも 「二重課題(デュアルタスク)」 は、認知機能が低下した方にも取り入れやすい新しい運動の形です
少し長めの記事になりますので、気になるところからお読みください。
- そもそも:「ガイドライン」って何のこと?
- 改訂のポイント①:「治せない」から「進行を抑える」へ
- 改訂のポイント②:新しいお薬の位置づけが明確に
- 改訂のポイント③:非薬物療法がしっかり書き込まれた
- PTの目から見た「二重課題運動」の重要性
- 家でできる二重課題の例
- いま私たちにできること
- おわりに 〜希望が持てる時代へ〜
そもそも:「ガイドライン」って何のこと?
ガイドラインというのは、ひとことで言えば お医者さんたちの「最新の教科書」 です。
日本では各分野の専門学会が、その時点で最も信頼できる研究をまとめて「いま、この病気にはこう向き合うのが標準ですよ」という指針を作っています。今回大改訂されたのは、日本神経学会などが中心となってまとめている 『認知症疾患診療ガイドライン2026』。
前のバージョンは2017年版。9年ぶりの大改訂 ということになります。

なぜ9年もかかったのか。それは、ここ数年で 認知症の景色が大きく変わった からです。
改訂のポイント①:「治せない」から「進行を抑える」へ
これが、今回の改訂の 一番大きな変化 だと私は感じています。
2017年の前回版が出た頃、認知症は「進行を止められない病」と考えられていました。お薬は 症状をやわらげる ことが目的で、病気そのものの進行には手が出せませんでした。
ところが、2023年末に レカネマブ、2024年に ドナネマブ という新しいタイプのお薬が日本で承認されたことで、状況が変わります。
これらの新薬は、アルツハイマー病の原因と考えられている アミロイドβ(ベータ) という脳のゴミを取り除くことで、病気の進行そのものを遅らせる ことを目指したお薬です。
つまり——
- 2017年:認知症は「治療不可能な病」
- 2026年:認知症は「進行を抑制できる病」
このわずか9年で、認知症医療の前提が 180度近く変わった わけです。
💡 詳しい新薬の解説は、以前まとめた記事もぜひ参考にしてください。 👉 認知症の薬、いま何が変わったのか
改訂のポイント②:新しいお薬の位置づけが明確に
ガイドライン2026では、新薬(レカネマブ・ドナネマブ)の 使い方の枠組み がしっかり書き込まれました。
ポイントは大きく2つです。
- 対象は MCI〜軽度のアルツハイマー型認知症 に限られる
- 使う前に アミロイド検査(PET検査または脳脊髄液検査) で、脳にアミロイドβが溜まっているかを確認する必要がある
つまり「アルツハイマー型認知症と診断された人全員が使えるお薬」ではないのです。 早期に、検査を経て 使うお薬という位置づけが明確になりました。

このため、「もの忘れが少し気になる」段階で受診すること の意味が、これまで以上に大きくなっています。
改訂のポイント③:非薬物療法がしっかり書き込まれた
新薬の話題が目立ちますが、私が今回の改訂で 特に注目 したいのは、もう一つの大きな変化です。
それは 「お薬の対象にならない方」「すでに進行している方」に対して、何ができるのか が、これまで以上に詳しく書き込まれたことです。
具体的には——
- 運動療法(有酸素運動・筋トレ・二重課題など)
- 認知リハビリテーション(記憶・注意・判断のトレーニング)
- 音楽療法
- 回想法
といった 非薬物療法 が、エビデンスにもとづいて整理されています。
新薬は「早期」の方限定です。だからこそ、それ以外の幅広いステージの方には、「生活そのもの」で支えていく という方向性が、これまで以上にはっきりと打ち出されたわけです。
💡 関連記事: 👉 認知症リスクを45%下げる運動習慣
PTの目から見た「二重課題運動」の重要性
ここからは、現場で30年関わってきた 理学療法士としての視点 で、特に注目したい部分をご紹介します。
それが、ガイドライン2026で 進行例にも有効 と明記された 「二重課題(デュアルタスク)」 の運動療法です。
二重課題(デュアルタスク)ってなんですか?
ひとことで言えば、「2つのことを同時にやる」 運動のことです。
たとえば——
- 歩きながら しりとり をする
- 足踏みしながら 100から3ずつ引き算 をする
- 椅子に座って 足を上げ下げしながら 都道府県の名前を順番に言う
このように、体を動かしながら頭も使う 運動です。皆さんも、「コグニサイズ」という言葉を聞いたことがあるかもしれませんね。コグニサイズも、この二重課題運動の代表的な取り組みのひとつです。

なぜ「進行例にも有効」と書かれたのか
これまで、認知機能が低下してきた方には「単純な運動」が中心でした。複雑な指示は混乱を招くと考えられていたからです。
ところが近年、軽度〜中等度の認知症の方であっても、適切な難易度で二重課題を取り入れると——
- 転倒予防 に役立つ
- 認知機能の 維持 につながる
- 日常生活の自立 を支える
といった効果が報告されるようになってきました。
ガイドライン2026は、こうしたエビデンスを踏まえて、進行例にも積極的に運動療法を組み合わせる という方針を明確にしました。
これは、現場で関わる私たちにとって、とても大きな一歩です。
家でできる二重課題の例
実際にどんなことから始めればいいのでしょうか。ご自宅でも安全に取り入れやすい例を、いくつかご紹介します。
① 足踏み × しりとり
椅子に座って、または立って 足踏み をしながら しりとり をします。 転倒の心配がなく、お一人でもご家族とでもできる 入門編 です。
② 椅子からの立ち座り × 引き算
「椅子から立ち上がって座る」を繰り返しながら、100から3ずつ引き算 をします。 「100、97、94、91……」とつぶやきながら、ゆっくりで構いません。
③ ウォーキング × 計算
散歩しながら 100から7ずつ引き算する、今日の天気を口に出す、周りの色を3つ言う など、外の景色を観察しながら 体を動かすのも立派な二重課題です。

ポイントは2つ:
- 転倒に注意 すること。最初は座って行う、または手すりがある場所で
- やりすぎない こと。疲れすぎると逆効果。「気持ちよく頭が回る」くらいで十分です
うちの母も以前、施設に入る前は、私が遊びがてら「数えながらお洗濯物をたたむ」をやってもらっていました。遊びの延長で、楽しく取り入れる のがいちばん長続きします。
みんなでやるともっと楽しい
私が日々の臨床や地域の体操教室で実感していることがあります。それは——
ご自宅でお一人でやる二重課題(コグニサイズ)よりも、地域のみんなで集まって一緒に取り組むほうが、ずっと楽しく、ずっと長続きする ということです。
笑い声がある、間違えても恥ずかしくない、誰かのリズムに引っ張られる。これは、お一人ではなかなか味わえない時間です。
お住まいの地域に 介護予防教室・百歳体操の会・コグニサイズの集まり があれば、ぜひ一度のぞいてみてください。きっと、ご本人にもご家族にも、新しい居場所が見つかるはずです。
💡 関連記事: 👉 1日5,000〜7,500歩で、アルツハイマー病の進行が遅くなる?
いま私たちにできること
ガイドライン2026から、ご家族・ご本人の暮らしに引き寄せて、整理しておきます。
✅ もの忘れが気になり始めたら、早めに受診 する。新薬は「早期」が対象です
✅ 受診時に アミロイド検査 の話が出たら、検査が必要な理由をお医者さんに聞いてみる
✅ 新薬の対象でない方も、運動療法・認知リハ・音楽療法 などの選択肢がしっかりある
✅ 二重課題運動(例:足踏み × しりとり)は、ご自宅でも取り入れやすい
✅ お住まいの地域の 介護予防教室・コグニサイズの集まり に参加すると、楽しく長続きしやすい
✅ お薬・検査の判断は 必ずかかりつけ医に相談 してから
おわりに 〜希望が持てる時代へ〜
正直に申し上げます。 私自身、ガイドラインの改訂内容を読んで、「希望が持てる時代になってきたな」 と素直に感じました。
「治せない病」から「進行を抑える病」へ。 これは、認知症と向き合うご家族にとっても、現場で関わる私たちにとっても、気持ちの持ちようが変わる 大きな転換だと思っています。
そしてもう一つ、私が嬉しく感じたのは——
「お薬だけ」ではなく、「運動」「リハビリ」「音楽」といった、生活そのものでも、認知症の進行を緩やかにできる
ということが、教科書に明記されたことです。
私たち理学療法士が、地域の体操教室や通所リハで「二重課題、もっと取り入れていきましょう」と提案しやすくなりました。 ご家族の中で「散歩しながらしりとりしてみよう」と工夫することにも、ちゃんとした 科学的な裏付け ができたわけです。
これからの9年間で、認知症が 「進行を抑える病」から「治せる病」へ と、また景色が変わっていくことを、心から願っています。
希望は、もう絵空事ではありません。
参考にした情報
- 日本神経学会ほか『認知症疾患診療ガイドライン2026』2026年5月発刊
- 解説記事:ケンタツマガジン「9年ぶりの大改訂!新薬承認とアルツハイマー病連続体がもたらすパラダイムシフト」 (2026年)
- 関連:レカネマブ・ドナネマブの国内承認情報、各種医学誌レビュー
※本記事の医療情報は一般的な解説です。お薬の使用や検査の判断は、必ずかかりつけ医にご相談ください。