「体にいいのは分かっているんです。でも、一人だとどうしても続かなくて」

地域の体操教室でも、リハビリの場面でも、私がいちばんよく聞くお話です。そして、たいていそのあとに、こう続きます。

「私は、意志が弱いから」

2026年7月、その受け止め方を少し変えてくれそうな研究が、医学雑誌『The Lancet(ランセット)』に発表されました。

先にお伝えしておきます。この研究は「運動や食事が効くかどうか」を調べたものではありません。 調べたのは、同じテーマの生活改善を、手厚い支えのもとで続けるか、アドバイスをもらって自分で取り組むか の違いでした。

✅ 中南米11か国の1,065人(平均67.5歳)を、くじ引きで2つのグループに分けて2年間 比べました。比べたのは「スタッフの指導と、仲間との集まり(2年間で38回)がある、手厚く支えるやり方」と「アドバイスをもらって、自分で取り組むやり方(集まりは4回)」です

✅ 認知機能テストの点の伸びは、手厚く支えたグループが1年あたり0.31、自分で取り組むグループが1年あたり0.20 (どちらも「標準偏差」という統計の単位です)。その開きは 1年あたり0.11 でした

✅ ただし、これは 認知機能テストの点についての話 です。暮らしの中で何がどう変わるのか、認知症そのものが減るのかまでは、この2年間の研究では 分かっていません

「何を、どれくらいやればいいのか」については、以前の記事にまとめました。今回はその続きで、「どういう形でやるのか」 のお話です。 👉 『何を、どれくらい』のヒントが見えてきました 〜MCIから始める運動の最適解〜


目次

  1. そもそも何を比べた研究なのか
  2. くじ引きで分ける試験という形
  3. 結果はこうでした
  4. この数字をどう受け取るか
  5. 正直に書いておきたいこの研究の限界
  6. 理学療法士として現場で思うこと
  7. いま私たちにできること
  8. おわりに
  9. 参考にした情報

そもそも何を比べた研究なのか

研究の名前は LatAm-FINGERS (ラタム・フィンガーズ)といいます。中南米の11か国が参加した、大がかりな研究です。

参加したのは 1,065人、平均年齢は 67.5歳。期間は 2年間 でした。60〜77歳で、血圧などの危険因子があって認知症になりやすいと判定され、テストの成績もやや低めだった方々です。

扱ったテーマは、両方のグループとも同じです。

  • 運動
  • 食事の見直し
  • 頭を使う活動
  • 血管の危険因子の管理(血圧・血糖・コレステロールなどを整えること)

このように、ひとつのことだけでなく、いくつもの生活習慣をまとめて整えるやり方を 多因子介入 (たいんしかいにゅう)と呼びます。

体をのばして体操をしているおじいさんのイラスト

ここがこの研究のいちばん大事なところです。テーマは同じでも、支え方の手厚さがまったく違いました。

手厚く支えたグループ(539人) 自分で取り組むグループ(526人)
運動 スタッフの指導つき アドバイスのみ
食事 脳によいとされる食事法をもとにした相談 アドバイスのみ
頭を使う活動 パソコンを使ったトレーニング アドバイスのみ
血圧などの管理 定期的なチェック アドバイスのみ
グループでの集まり 2年間で38回 2年間で4回

つまり、この研究が比べたのは「やる人」と「何もしない人」ではありません。どちらのグループも、生活を良くすることに取り組んでいます。 違ったのは、専門スタッフの指導や見守りと、仲間と集まる機会の多さ でした。ここは、あとでもう一度触れます。

あなた あなた

テーマが同じなら、結果もあまり変わらない気がしますけれど。

Torapon Torapon

私は逆で、支えの手厚さがこれだけ違えば、結果も変わるだろう と思いました。実際、そのとおりの結果でした。大事なのは、それを思い込みではなく、くじ引きで分けた試験で確かめた ことです。


くじ引きで分ける試験という形

この研究は、無作為化比較試験 (むさくいかひかくしけん)という形で行われました。

箱からくじを引いている人のイラスト

無作為化とは、平たく言えば くじ引き です。参加した1,065人を、本人の希望ではなく、くじ引きで2つのグループに分けました。

もし本人に選んでもらうと、もともと元気でやる気のある人ほど、手厚いほうを選ぶ かもしれません。そうなると、良い結果が出ても、プログラムのおかげなのか、もともとの元気さのおかげなのかが分かりません。くじ引きなら、そうした違いが両方のグループに均等にばらけます。だから、医学の証拠としていちばん強い形 と言われています。

さらに、テストの点を測る担当者には、その人がどちらのグループかを伏せていました(単盲検=たんもうけん)。思い込みが点数に入り込まないようにするためです。


結果はこうでした

2年間の結果です。

総合的な認知機能テストの点の伸びは、こうなりました。

グループ 1年あたりの伸び
手厚く支えたグループ 0.31
自分で取り組むグループ 0.20
その開き 0.11 (P<0.0001)

単位は「標準偏差」というものです。これが何なのかは、次の章でまとめて説明します。

机に向かってテストを受けている人のイラスト

まず、数字の並びだけを見ておきましょう。0.31と0.20 ですから、手厚く支えたグループのほうが、伸びが およそ55%大きかった ことになります。

そして、この開きは 記憶・実行機能・処理速度 のそれぞれの項目でも、同じ傾向が見られました。

  • 記憶 … 覚えて、思い出すはたらき
  • 実行機能 (じっこうきのう)… 段取りを立てて、順序よく進めるはたらき
  • 処理速度 (しょりそくど)… 考えるスピード

また、途中でやめた人は、自分で取り組むグループのほうが多く(20.2%と15.2%)、手厚く支えたグループのほうが続けやすかったこともうかがえます。

なお、表の中の P<0.0001 というのは、「たまたまこうなっただけ、という可能性はとても低い」ということを示す目安です。偶然のいたずらでこうなった、とは考えにくい、という意味だとお考えください。

あなた あなた

55%も大きいなんて、ずいぶん違うんですね。

Torapon Torapon

ここは、ちょっと落ち着いてお読みいただきたいところです。もとの数字が0.31と0.20という小さな数字 ですから、割合にすると大きく見えます。この0.11がどれくらいのものなのか、次の章で説明します。


この数字をどう受け取るか

標準偏差 (ひょうじゅんへんさ)とは、点数のばらつき具合を測る物差し です。ばらつき1つ分を「1」とした目盛りで、11か国で違う種類のテストをまとめて比べるために使われました。

巻き尺(メジャー)のイラスト

今回の 0.11 は、その目盛りの 10分の1くらい の開きです。

ただし、これは統計の上での目盛りで、暮らしの中で何がどう変わるかを表したものではありません。 買い物の計算が楽になるのか、人の名前が出てきやすくなるのか。そうしたことは、この研究では示されていません。

あなた あなた

では、この研究は何を教えてくれたのでしょうか。

Torapon Torapon

続かないのは、意志が弱いからではなく、続けやすい仕組みがないからかもしれない ということです。指導してくれる人がいて、仲間と集まる機会がたくさんある形のほうが、テストの点はよく伸びました。何が効いたのか一つには絞れませんが、支えのある形で続けるのがよさそうだ、という強い裏づけ が得られた、と私は受け取っています。


正直に書いておきたいこの研究の限界

良いところだけを並べても、役に立つ情報にはなりません。この研究について、気をつけて読むべきところを書いておきます。

① 比べた相手も、生活を良くしています

いちばん誤解されやすいところです。今回の0.11という開きは、「取り組んだ人」と「何もしなかった人」を比べたものではありません。 自分で取り組んだグループも、生活改善に取り組んで、1年あたり0.20 伸びています。 どちらのグループも前に進んでいて、その進み方を比べた研究です。

② 見ているのは、認知機能テストの点です

2年間の研究で分かったのは、テストの点の伸び方までです。認知症になる人が減ったのかどうかは、この研究では分かっていません。 認知症そのものが減るかを確かめるには、もっと長い年数が必要になります。

③ 暮らしへの意味は、まだ示されていません

前の章で書いたとおりです。0.11という目盛りが、日々の暮らしの何にあたるのか。そこはこれから確かめられていく部分です。

④ 中南米のデータです

参加したのは中南米11か国の方々です。食事の中身も、家族との暮らし方も、地域の集まりの形も、日本とは違います。日本人にそのまま当てはまるとは限りません。 ただ、「仲間と決まった形で取り組む」という部分は、日本の通いの場や体操教室と、かなり近い形でもあります。

⑤ 何が効いたのかは、切り分けられていません

手厚いグループには、指導つきの運動、食事の相談、頭のトレーニング、血圧などのチェック、そして38回の集まりが、まとめて 入っていました。ですから、仲間と一緒だったから伸びたのか、専門スタッフの指導があったから伸びたのか、それとも全部が合わさった結果なのかは、この研究からは分かりません。

あなた あなた

なんだか、良い話なのか悪い話なのか、分からなくなってきました。

Torapon Torapon

分かりにくくて申し訳ありません。私はこう整理しています。「一緒にやると認知症を防げる」とまでは、まだ言えません。 けれど、手厚い支えのもとで、仲間と集まりながら続けたほうが、テストの点はよく伸びた ことは、かなり強い形で確かめられました。 言い切れるところと、まだ言えないところを分けておくと、ふり回されずにすみます。


理学療法士として現場で思うこと

私は理学療法士として、病院でのリハビリのほかに、地域の健康教室にも関わってきました。そこで毎年のように見てきた光景があります。

教室で一緒に体操をしていた方に、「同じことを、おうちでも週に2回やってみてくださいね」とお伝えします。紙に書いてお渡しもします。ところが次にお会いすると、多くの方が「やろうと思ったんですけどね」とおっしゃる。そして決まって、ご自分を責められます。

にこやかに世間話をしているおばあさんのイラスト

一方で、同じ方が、教室には毎回きちんと来られます。 雨の日も、少し膝が痛い日も来られる。「今日は休もうかと思ったけれど、行かないと心配されるから」と笑いながら来られた方もいました。誰かが休むと「あの人どうしたのかな」と声が上がり、次の週にその方が来ると、みんなで迎えるのです。

同じ人が、同じ体操をするのに、家では続かず、教室では続く。 現場にいると、これは意志の強さの問題ではなく、続く形になっているかどうかの問題 だと感じます。決まった曜日と時間があり、行く場所があり、待っている人がいる。それだけで、続き方が変わります。

現場で感じてきた「みんなでやると続く」ということが、今回、くじ引きで分けた試験でも同じ傾向として出た のは、うれしい驚きでした。もちろん、分かったのはテストの点の伸び方までで、仲間と集まることだけの効果を確かめたわけではありません。それでも、教室で毎週顔を合わせることには意味がある、と背中を押してもらえた気がしています。


いま私たちにできること

難しく考えなくて大丈夫です。ひとつだけ選んで始めていただければ十分です。

  • 続かないご自分を、責めないでください。 続かないのは意志の弱さではなく、続く形になっていないだけかもしれません
  • 「通える場所」をひとつ確保する。 お住まいの市区町村には、高齢者向けの体操教室や、公民館・集会所で開かれている集まりがあります。広報紙やホームページに載っていることが多いです
  • 地域包括支援センターに聞いてみる。 近所にどんな通いの場があるかを教えてくれる、公的な相談窓口です。お住まいの地区の担当が決まっています
  • 「決まった曜日・決まった時間」にする。 家で続けたい方も、日時を決めてしまうほうが続きます。今回の研究でよく伸びたのも、決まった予定で集まる機会が多かった、手厚く支えたグループでした
  • 一人で始めるなら、誰かに宣言する。 ご近所の方でも、通院先のスタッフでもかまいません。待っている人がいるかどうかは、思っている以上に大きいです
  • 内容は、組み合わせるほうがよさそうです。 運動だけでなく、食事・頭を使う活動・血圧や血糖の管理も一緒に。ここは以前の記事にまとめました
  • 持病のある方は、始める前にかかりつけの先生に相談を。 運動の強さや量には、お一人ずつ違いがあります

つながりが減ることと認知症の関わりについては、こちらもあわせてどうぞ。 👉 脳を守る「刺激とつながり」 〜耳・目・心・環境の7つの危険因子〜


おわりに

健康の話は、どうしても「何をやるか」に集まりがちです。どの運動がいいのか。何を食べるといいのか。私自身、そういう記事を何本も書いてきました。

今回の研究が投げかけているのは、それとは少し違う問いだと思っています。

同じことをやるとしても、あなたはそれを、どういう形でやりますか。

一人で、思い立った日に。それとも、決まった曜日に、顔なじみの人たちと。

同じテーマでも、支えがあって続けやすい形かどうかで、2年後の伸び方は同じではなかった。 それが、1,065人が2年かけて見せてくれたことでした。

もちろん、この研究が示したのは認知機能テストの点についてであって、「認知症を防げる」と言い切れる話ではありません。そこは正直に受け止めておきたいところです。

それでも、もしいま「続けたいのに続かない」とご自分を責めている方がいらっしゃったら、責める先を、意志から仕組みに変えてみませんか。

行く場所をひとつ決める。曜日をひとつ決める。待ってくれる人を一人つくる。

遠回りに見えるかもしれませんが、続く形をつくることが、いちばんの近道 なのだと思います。


参考にした情報


※この記事は一般的な情報提供を目的としたものです。お体の状態や持病には個人差があります。運動を始めるとき・強さを上げるときは、必ずかかりつけ医やリハビリ担当者にご相談ください。 また、物忘れが気になる場合は、自己判断せず医療機関にご相談ください。