前回、「やせる薬」(GLP-1受容体作動薬といいます)が認知症に効くのかどうかを書きました。
前回の記事はこちらです。 👉 「やせる薬」は、認知症に効くのか
あの記事を書いたあと、ずっと引っかかっていたことがあります。理学療法士として、いちばん気になるところに触れていなかったのです。
体重が減るのは分かりました。では、減っているのは何なのでしょうか。
✅ 高齢の糖尿病の方432人を24か月追いかけたところ、薬を使った方は筋肉の量・握力・歩く速さが、使わなかった方より低下していました
✅ これは薬を否定する話ではありません。使うなら、筋肉を守る手を一緒に打っておきたい、という話です
✅ 守り方は地味です。たんぱく質をしっかり摂り、筋肉に力を出させること。それだけです
目次
- 体重が減るとき、何が減っているのか
- 432人を24か月追いかけた研究
- この研究の弱いところも書いておきます
- なぜ高齢の方でとくに心配なのか
- 筋肉を守るために、できること
- 現場で見てきたこと
- おわりに
- 参考にした情報
体重が減るとき、何が減っているのか
体重計の数字は、脂肪と筋肉を区別してくれません。
食事の量が減れば、体は脂肪だけでなく筋肉も一緒に手放します。これは薬にかぎった話ではなく、どんなやせ方でも起きることです。
ただ、若い方と高齢の方では、意味がまるで違います。
どう違うんですか?
若い方は、あとから筋肉を取り戻せます。でも年を重ねると、減らすのは簡単で、戻すのは何倍も大変なんです。そして高齢の方にとって筋肉は、見た目の話ではありません。立ち上がる、歩く、転ばない——暮らしそのものを支えているものなんですね。
432人を24か月追いかけた研究

2025年、中国のグループがこんな報告を出しました。
- 対象は65歳以上で2型糖尿病のある432人
- セマグルチド(やせる薬の一種)を使った220人と、使わなかった212人を比べた
- 24か月追いかけて、筋肉の量・握力・歩く速さを測った
結果、薬を使ったグループは、使わなかったグループと比べて、
- 手足の筋肉の量が低下
- 握力が低下
- 歩く速さが低下
していました。しかも薬の量が多い方ほど、影響が大きいという関係も見えています。
もうひとつ気になるのは、参加した方の27.7%が、はじめからサルコペニア(筋肉が減って力が落ちた状態のこと)だったことです。もともと少ない方が、さらに減らしていた可能性があります。
この研究の弱いところも書いておきます
大事な但し書きです。この研究は、あとから記録をさかのぼって調べたものでした。
くじ引きで薬を使う人と使わない人を分けた研究(そのほうが確かなことが言えます)ではありません。ですから、「薬のせいで筋肉が減った」と断定はできません。
「薬を使った方には、そういう変化が見られた」——いまはそこまでです。
じゃあ、そんなに心配しなくてもいいのでしょうか。
私は、心配しすぎず、備えはしておくくらいがちょうどいいと思っています。というのも、筋肉を守る手立てはどれも、やって損のないことばかりだからです。研究の結論を待たなくても、今日から始められます。
なぜ高齢の方でとくに心配なのか
理由は単純です。筋肉が減ると、生活の自由が減るからです。
- 立ち上がりにくくなる
- 歩く速さが落ちる
- 転びやすくなる
- 転んで骨折すると、そこから寝たきりにつながることがある
体重が10キロ減って血糖値がよくなっても、歩けなくなってしまったら、差し引きで損です。そこは天秤にかけ直したいところです。
筋肉を守るために、できること

やることは、たった2つです。
・たんぱく質を、いつもより意識して摂る
食事の量が減るぶん、中身の密度を上げます。
目安は体重1キロあたり1.0〜1.2グラム。体重60キロの方なら、1日60〜72グラムです。肉・魚・卵・大豆製品・乳製品を、毎食ひと品ずつ入れるとおおよそ届きます。

※腎臓の病気がある方は、たんぱく質を増やすと負担になることがあります。必ずかかりつけの先生に相談してからにしてください。
・筋肉に、力を出させる

歩くだけでは、筋肉は増えません。「よいしょ」と力を出す動きが要ります。
- 椅子から立ち上がる。10回を1セット、朝と晩に
- かかとの上げ下げ。台所で、10回
- ペットボトルを持って、ひじの曲げ伸ばし。10回
きつくなくて大丈夫です。続くことのほうが、はるかに大事です。
歩くだけでは足りないんですね。毎日1時間は歩いているのですが……。
歩くのは素晴らしいことです。心臓にも脳にもいい。ただ、筋肉を増やす刺激としては軽すぎるんですね。歩くのはそのまま続けていただいて、そこに「よいしょ」を10回足す。それだけで受け持ちがひとつ増えます。
🏋️ もう少し、しっかりやりたい方へ
家でできることを挙げましたが、筋肉を増やすには、少しずつ重さを足していけるほうが確実です。マシンがあると、その調整がしやすくなります。
「家だとつい後回しになってしまう」という方にも、通う場所があること自体が助けになります。
フィットネスジム FIT24
24時間いつでも通える、フィットネスジム。早朝でも夜でも、自分の生活リズムに合わせて体を動かせます。「決まった時間に通うのはむずかしい」という方の、運動を続けるきっかけに。

※お薬で治療中の方は、運動を始める前にかかりつけの先生に一声かけてください。血糖値の下がり方が変わることがあります。
・ときどき、確かめる
握力は、いちばん手軽な目安です。健診で測る機会があれば、数字を控えておいてください。
一般に、男性で28キロ未満、女性で18キロ未満だと、筋肉が減っている可能性を考えます。あくまで目安ですが、去年より下がっていないかを見るだけでも役に立ちます。
現場で見てきたこと
リハビリの現場で、こんな方にお会いすることがありました。
「痩せてよかったと思っていたのに、いつのまにか歩けなくなっていた」
ご本人にもご家族にも、悪気はありません。体重が減ることは、長いあいだ「よいこと」とされてきましたから。減っているものの中身までは、なかなか気が回らないのです。
だから私は、減らすときこそ、筋肉の話を一緒にしたいと思っています。
おわりに
この記事は、薬をやめましょうという話ではありません。
やせる薬は、必要な方にとって大きな助けになります。日本でも使えるようになり、一部は保険もききますが、多くは自費です。そして自己判断で手に入れるのは、絶対にやめてください。 使うかどうかは、必ず主治医と決めることです。
お伝えしたいのは、ただ一つです。使うのなら、筋肉を守る手を同時に打っておきましょう。
たんぱく質と、「よいしょ」の運動。地味ですが、あとから効いてくるのはこちらのほうだと、現場にいて思います。
参考にした情報
- Semaglutide Therapy and Accelerated Sarcopenia in Older Adults with Type 2 Diabetes: A 24-Month Retrospective Cohort Study(Drug Design, Development and Therapy 2025年)※後ろ向きコホート研究です
- 握力の目安は、アジアのサルコペニア診断基準(AWGS 2019)で示されている値です
- 前回の記事:「やせる薬」は、認知症に効くのか
※この記事は公表された研究をもとに、一般の方向けにやさしく言い換えたものです。お薬の使用・中止・変更は、必ずかかりつけの医師にご相談ください。