「運動は脳にいい」――もう耳にタコができるほど聞いた言葉かもしれません。
でも、こう思ったことはありませんか。
「足を動かしているのに、どうして頭によいのだろう?」
血のめぐりがよくなるから。気分が晴れるから。よく言われる説明ですが、どこか腑に落ちない感じが残ります。筋肉と脳は、離れた場所にあるのに。
その「離れた場所」を、実はモノがやりとりされていた――そんな研究が、2026年1月に順天堂大学から発表されました。
運動でつくられたある「部品」が、血のなかを流れて、脳まで運ばれていた というのです。
✅ 運動をすると、筋肉のなかで ミトコンドリア(細胞のエネルギー工場) が増えます
✅ 増えたミトコンドリアは血液中に放り出され、血小板(けっしょうばん) がそれを拾い上げます
✅ 血小板は 血のめぐりが悪くなった場所に集まる性質 があるため、結果的にミトコンドリアが 脳の弱った部分へ届けられて いました
⚠️ 先にお伝えしておきます。 これは マウス(ねずみ)の実験 で分かったことです。人間でも同じことが起きているかは、これから確かめる段階です。この記事では、そこを正直に書きます。
目次
- そもそもミトコンドリアって何?
- 順天堂大学が見つけた「運び屋」
- なぜ血小板だったのか
- ここは正直に ― まだマウスの話です
- 「にぎる力」の話とつながっている
- いま、私たちにできること
- おわりに
- 参考にした情報
そもそもミトコンドリアって何?
学校で聞いたことがある、という方も多いと思います。少しだけおさらいさせてください。
ミトコンドリアは、細胞のなかにある「発電所」 です。私たちが食べたものと吸った酸素から、体を動かすためのエネルギーをつくり出しています。

大事なのは、この発電所の数は、生まれつき決まっているわけではない ということです。
運動をすると、筋肉のなかのミトコンドリアは増えます。 これは以前から分かっていたことで、「持久力がついた」という状態の正体のひとつが、これです。
そして脳もまた、体のなかでとくに電気を食う臓器 です。重さでは体の2%ほどしかないのに、エネルギーの2割前後を使っています。脳にとって、発電所の元気さは死活問題なのです。
運動すると筋肉の発電所が増える、というのは分かります。でも、それが脳とどう関係するのでしょう?
そこが、今回の研究のいちばん面白いところなんです。筋肉で増えた発電所が、筋肉のなかにとどまらなかった ――そういうお話です。
順天堂大学が見つけた「運び屋」
研究をしたのは、順天堂大学の稲葉俊東先生、宮元伸和先生、服部信孝先生らのグループです。成果は2026年1月15日、医学誌 『MedComm』 のオンライン版に発表されました。
研究チームがマウスで確かめたのは、こういう流れでした。
① 運動する → 筋肉のミトコンドリアが増える
まず、これは想定どおりです。
② 増えたミトコンドリアが、血液のなかに出ていく
ここが意外なところです。筋肉のなかにしまわれたままではなく、一部が血液中に放り出されて いました。
③ 血小板が、それを拾い上げる
血液のなかを流れているミトコンドリアを、血小板が取り込んで いたのです。
④ 血小板が、脳の弱った場所へ運ぶ
そして血小板は、血のめぐりが悪くなった場所に集まる という性質を持っています。その性質のおかげで、ミトコンドリアは 脳の弱っている部分に届けられて いました。

研究チームは、脳の血流が慢性的に足りない状態のマウス と、急に脳梗塞を起こしたマウス の両方で検証し、運動していたマウスのほうが脳の細胞が守られていた ことを確かめました。
つまり、こういうことです。
運動でつくった「発電所」を、血小板が宅配便のように脳まで届けていた。
血小板って、けがをしたときに血を止めるもの、というイメージでした。
そのとおりです。傷をふさぐのが本業 ですね。その血小板が、まさか荷物を運んでいたとは……。研究者の方も驚かれたのではないかと思います。
なぜ血小板だったのか
「運び屋」が血小板だった、というのが、この研究のうまくできているところです。
考えてみてください。もし、ただ血液に溶けて流れるだけなら、ミトコンドリアは 体じゅうにばらまかれてしまいます。必要な場所に集まってくれる保証はありません。
ところが血小板は、血管が傷ついたり、血のめぐりが悪くなったりした場所を目がけて集まります。
だから、血小板に乗せると――
いちばん助けが必要な場所に、自然と荷物が届く。
配達先を指定しなくても、困っている場所に届く仕組みになっていた、ということです。体のしくみのうまさに、あらためて感心させられます。
住所を書かなくても、必要な人のところに届く宅配便みたいですね。
うまい例えです。しかも いちばん困っている家から先に回ってくれる 宅配便ですね。人間の体は、こういう仕組みをいくつも持っています。

この発見は、脳梗塞の後遺症 や 血管性認知症(脳の血のめぐりが悪くなって起こる認知症)に対する、新しい治療の手がかりになるかもしれない、と期待されています。
血管性認知症をふくむ認知症の種類については、こちらの記事にまとめています。 👉 認知症の種類とMCIをやさしく解説
ここは正直に ― まだマウスの話です
さて、ここからが大事なところです。
この研究は、マウスで行われたものです。
わくわくする話ではありますが、「だから今日から運動すれば脳梗塞が治る」ということではありません。研究チーム自身も、これから 人間で同じことが起きているかを確かめ、安全性と効果を調べる臨床研究を進める としています。
動物で見つかった仕組みが、そのまま人間に当てはまるとはかぎりません。医学の歴史には、マウスではうまくいったのに人間では効かなかった という例が数えきれないほどあります。
では、この研究はまだ期待しないほうがいいのでしょうか。
いえ、そうとも思いません。ただ、「運動が脳を守る理由が、またひとつ説明できるようになった」 という受け取り方がちょうどいいのだと思います。運動をすすめる理由が増えた ということですね。
もうひとつ、この研究には別の可能性もあります。研究チームは、自分では運動するのが難しい方 への応用にも触れています。もしミトコンドリアを届ける仕組みだけを取り出せれば、運動できない方にも、運動と同じ恩恵を届けられるかもしれない ――そういう方向です。
リハビリの現場で、麻痺や痛みで思うように動けない方と向き合っていると、この一文には、正直なところ胸が熱くなります。
にぎる力の話とつながっている
以前、「にぎる力」が、脳を守る? という記事を書きました。握力の強さと、認知症のなりにくさに関係がある、という内容です。
あのときは、「なぜ筋肉と脳がつながっているのか」 という肝心のところを、はっきりとは書けませんでした。分かっていなかったからです。
今回の研究は、その空白に ひとつの答えらしきもの を置いてくれました。
筋肉は、ただ体を動かす部品ではなく、脳に向けて何かを送り出している臓器でもある。
筋肉から出て体じゅうに働きかける物質は、ほかにも見つかっています。当ブログでご紹介した イリシン も、そのひとつでした。
こうして並べてみると、ここ数年の研究の流れが見えてきます。「運動が脳にいい」の中身が、少しずつ具体的になってきている のです。
いま、私たちにできること
こういう研究を読んだあと、私がいつも思うことがあります。
結局、やることは変わらない。
新しい仕組みが見つかっても、私たちにできることは、これまでと同じです。
- ☑ 今日、少し歩く。研究がどう進んでも、これが土台であることは変わりません
- ☑ 息が少しはずむくらい を目安に。ミトコンドリアが増えるのは、そのあたりからです
- ☑ 筋肉にも刺激を。歩くだけでなく、立ち座りやかかと上げなども混ぜてみてください
- ☑ 続けられる形にする。週に3回20分でも、まったくやらないのとは大違いです
- ☑ 膝や腰が痛む方は、痛みの出ない範囲で。水中歩行や椅子に座ってできる運動もあります
- ☑ 持病のある方は、始める前にかかりつけ医へ ひとこと相談を

とくに、血圧が高い方、糖尿病のある方、以前に脳梗塞を起こしたことがある方。今回の研究は、そういう方にこそ意味のある話だと思います。血のめぐりが心配な場所ほど、荷物が届く仕組みだったからです。
おわりに
運動した筋肉から、発電所が血のなかへ出ていって、血小板がそれを拾って、弱った脳まで運ぶ。
はじめてこの流れを読んだとき、私は思わず「よくできているなあ」と声が出ました。体は、私たちが思っているよりずっと連携している のだと思います。
もちろん、まだマウスの話です。これが人間でも確かめられるまでには、何年もかかるでしょう。
それでも、ひとつだけ確かなことがあります。その答えを待つあいだにも、歩くことはできる。
散歩に出た足が、知らないうちに脳へ荷物を送っているかもしれない――そう思うと、いつもの道が少しだけ違って見えませんか。
今日も、無理のない範囲で。
参考にした情報
- 順天堂大学「運動が脳を守る新たな仕組みを解明」(2026年)。稲葉俊東先生、宮元伸和先生、服部信孝先生らによる研究。掲載誌は『MedComm』オンライン版(2026年1月15日)
- 研究は慢性的な脳の血流低下モデルと、急性脳梗塞モデルのマウスを用いて行われたものです
※この記事は一般的な情報提供を目的としたものです。紹介した研究は動物実験の段階であり、人間で同じ効果が確認されたものではありません。運動の内容や強さには個人差があります。持病のある方、痛みや不調が続く場合は、必ずかかりつけ医にご相談ください。