「物忘れが出てきたと言われたけれど、耳も遠くて……。いまから補聴器をつけて、意味はあるんでしょうか」。
ご本人からも、ご家族からも、たまに聞かれる質問です。
このブログでは、補聴器について2回取り上げてきました。どちらも、まだ物忘れのない人が中心の話でした。今回は、すでに軽い物忘れ(MCI)が始まっている人を対象にした、2026年9月発表の試験をご紹介します。
✅ 中国・上海で、難聴とMCIのある703人を、くじ引きで「補聴器の組」と「健康教室の組」(補聴器は使わず、聞こえのケアや健康について説明を受ける組)に分け、2年間調べました
✅ いちばん確かめたかった「認知症の段階へ進むのを防げるか」では、はっきりした差は出ませんでした
✅ 一方で、物忘れが「正常」まで戻った人は、補聴器の組で約15%、健康教室の組で約2%。ただし、偶然の可能性も残るため、研究者自身が慎重に受け止めるよう注意しています
これまでの補聴器の記事は、こちらです。 👉 補聴器は、いつから使えばいいの? 👉 補聴器は、つけただけでは足りませんでした
目次
MCIとは?
MCI(軽度認知障害)とは、物忘れなどが年齢相応より目立つけれど、日常生活はおおむね自分でできている段階のことです。認知症の「手前」にあたります。
MCIの方の中には、認知症へ進む人もいれば、正常の範囲に戻る人もいます。だからこそ、この段階で何ができるかが注目されています。
MCIについては、こちらでくわしく書いています。 👉 認知症の種類とMCIをやさしく解説
703人を、くじ引きで2つに分けた
試験の対象は、上海の病院と地域で集めた、60歳以上で、中等度以上の難聴とMCIがある703人です(平均74.5歳)。学術誌『JAMA Neurology』に、2026年9月に発表されました。
| 補聴器の組(353人) | 健康教室の組(350人) | |
|---|---|---|
| 内容 | 両耳の補聴器を無料で、専門家が調整 | 補聴器は使わず、聞こえのケア・持病の管理・生活習慣について説明を受ける |
| 通う回数 | 6・12・24か月ごとに、調整と手入れ | 同じ時期に、45分ほどの説明 |
物忘れの検査は、補聴器を外してから、どちらの組の人か知らない担当者がおこないました。
「くじ引き」で分けると、何がいいんですか?
「もともと元気な人が補聴器を選んでいた」というかたよりが起きにくいんです。くじ引きで分けると、2つの組は、年齢や元気さなどがだいたい同じになります。ちがうのは「補聴器を使ったかどうか」だけ。だから、もし結果に差が出れば、それは補聴器のおかげだったと考えやすくなるんです。これまで紹介した研究の多くは「関係が見られた」というところまででしたが、くじ引きの試験は、もう一歩ふみこんで確かめられます。
認知症への進行は、防げたとは言えなかった
いちばん確かめたかったのは、2年のあいだに、認知症の段階まで進んだ人の割合です。
- 補聴器の組:約3.1%
- 健康教室の組:約4.7%
補聴器の組のほうが少なめでしたが、偶然の範囲を超える差とは言えませんでした。
研究者たちは、その理由のひとつとして、認知症へ進んだ人が予想よりずっと少なかったことを挙げています。進む人が少ないと、差を見つけにくくなるためです。
じゃあ、補聴器は意味がなかったということですか?
「認知症への進行を防げた」とは言えなかった、というのが正確なところです。ただ、もうひとつ、見ておきたい結果があります。
「正常に戻った人」は、補聴器の組で多かった
試験では、はじめから「見る」と決めていたもうひとつの項目がありました。2年後に、物忘れが「正常」の段階まで戻った人の割合です。
- 補聴器の組:約15%
- 健康教室の組:約2%
ただし、研究者自身が、この結果は慎重に受け止めてほしいと書いています。この試験で「いちばん確かめたいこと」として決めていたのは、前の章の「認知症への進行」のほうでした。こちらは「あわせて見ておく」項目だったので、偶然そうなった可能性も残る、ということです。ほかにも、注意点がいくつかあります。
- 物忘れの程度は、聞き取り中心の1つの物差しだけで判定していた
- 補聴器が無料だったので、参加者の答え方が良い方向にかたよった可能性がある
- 参加者の9割が家族と同居。一人暮らしの方に、同じように当てはまるかは分からない
- 中国語は、日本語とは性質のちがう言語で、日本でも同じ結果になるかは分からない
それでも研究者たちは、補聴器は、認知症予防の効果がはっきりしなくても、会話のための大事な道具だと述べています。
物忘れが始まってからでも、補聴器を考えていいんですね。
はい。「MCIと言われたから、もう遅い」ということはありません。ただ、「補聴器で物忘れが治る」と期待しすぎないこと。会話が楽になる、家族と話す時間が増える。まずはそこを目的にするのが、いちばん自然だと思います。
いま、私たちにできること
- ☑ 耳鼻科で、聞こえを調べてもらう……物忘れの相談と一緒に、耳の相談もしてみてください
- ☑ 補聴器は「調整に通う」までがセット……この試験でも、半年〜1年ごとに調整していました(前回の記事 もどうぞ)
- ☑ 毎日、起きている時間につける……この試験の平均は1日約6時間でした。外す時間が長いと、慣れにくくなります
- ☑ ご家族は「つけてね」より「話そうね」……補聴器をつけて、話す相手がいることがいちばんの支えになります
📺 テレビの音量で、もめていませんか
補聴器を使う前、使い始めのころは、テレビの音量でご家族ともめることがよくあります。手元に置くスピーカーなら、テレビ本体の音量は下げたまま、手元でだけ大きくできます。
山善 テレビ用 お手元ワイヤレススピーカー YTR-D500
テレビの音を手元まで飛ばす、小さなスピーカーです。コードがなく、置く場所を選びません。※これは補聴器ではありません。聞こえそのものを調べたり補ったりするものではありませんので、聞こえが気になるときは耳鼻科にご相談ください。
※補聴器を選ぶときは、耳鼻科の医師や、認定補聴器技能者のいるお店にご相談ください。
おわりに
今回の試験は、「補聴器で、MCIから認知症への進行を防げる」とは言えませんでした。
それでも、物忘れが正常の範囲に戻った人が、補聴器の組で多かったという結果は、これからの研究で確かめていく価値のある、希望のある数字だと思います。
物忘れが始まっていても、聞こえを整えることは、遅すぎることはありません。目的は、まず「話すことが楽になる」こと。その先に、頭の働きへの良い影響があるのかどうか。続く研究を、私も見守っていきたいと思います。
参考にした情報
- Chen Y ほか(CHOICE Collaborative Research Group)「Hearing Intervention for Older Adults With Mild Cognitive Impairment: The CHOICE Randomized Clinical Trial」JAMA Neurology 2026年9月28日オンライン版(e263395)
※ 本記事は、上記の論文をもとに、一般読者向けにわかりやすくまとめ直したものです。補聴器の効果には個人差があります。聞こえや物忘れが気になるときは、耳鼻科やかかりつけ医にご相談ください。