「最近、横断歩道を渡りきる前に、信号が点滅しはじめる」
「一緒に歩いていると、親の足がずいぶんゆっくりになった気がする」
そんなふうに感じたことはありませんか。
歩く速さについて、2026年の夏、アメリカの神経の専門誌に、興味深い研究が載りました。80歳を過ぎても、同じ年代の人よりずっと速く歩ける人たちは、頭のはたらきも保たれやすかった、という報告です。
先にお伝えしておきます。この記事は「速く歩けば認知症を防げます」という話ではありません。 ただ、歩く速さが「体と頭の元気さを映す鏡」になりうる、ということは、知っておいて損はないと思います。
✅ 80歳以上で、同じ年代・同じ性別の人よりずっと速く歩ける人(研究で実際にあてはまったのは約1割)は、そうでない人と比べて、生活にも支障が出るほどの認知機能の障害が起きる危険が、およそ半分でした
✅ 亡くなったあとに脳を調べると、認知症につながる変化は、ほかの人と同じくらいありました。それでも頭のはたらきは保たれていた。「持ちこたえる力」の目印かもしれないと考えられています
✅ ただしこれは 観察した研究 です。「頭の衰えが始まっていたから、歩くのが遅くなった」という逆の順番 もじゅうぶん考えられます
歩く「量」についての研究は、こちらでご紹介しています。今回は「速さ」の話です。 👉 1日5,000〜7,500歩で、アルツハイマー病の進行が遅くなる?
目次
- 「スーパー・ムーバー」とはどんな人か
- 3つのデータで調べた研究
- 分かったこと その1 認知機能の障害が、およそ半分
- 分かったこと その2 脳の中は、ほかの人と同じだった
- いちばん気をつけたいのは「順番が逆」という可能性
- 正直に書いておきたいこの研究の弱いところ
- 理学療法士として現場で思うこと
- 自分の歩く速さを、測ってみませんか
- いま私たちにできること
- おわりに
- 参考にした情報
「スーパー・ムーバー」とはどんな人か
研究をしたのは、アメリカ・ニューヨークにあるアルバート・アインシュタイン医科大学のジョー・ヴァーギーズ先生たちのグループです。歩き方と脳の関係を、長く研究してきたチームです。
このグループは、80歳以上で、同じ年齢・同じ性別の人たちの平均より、ずっと速く歩ける人のことを「スーパー・ムーバー」(とても動ける人、という意味)と名づけました。
どれくらい速いかというと、計算の上では同じ年代の9割以上の人より速いくらいです。前の研究では「30歳若い人と同じくらいの速さ」とも書かれています。

何メートルで何秒、みたいな基準があるんですか?
じつは、「秒速何メートル以上ならスーパー・ムーバー」という決まった線はないんです。国ごと、男女ごとに「同じ年代の平均と比べて、どれくらい速いか」で決めています。ですから、日本人にそのまま当てはめられる数字はありません。ご自分で目安を測る方法は、あとでご紹介しますね。
3つのデータで調べた研究
この研究は、2026年6月に『Neurology』(ニューロロジー)という、アメリカ神経学会の専門誌に発表されました(2026年7月号に掲載)。
おもしろいのは、性格のちがう3つのデータを組み合わせていることです。
| データ | 人数 | 何を調べたか |
|---|---|---|
| 世界の高齢者調査5つをまとめたもの | 3,989人(平均84歳前後) | 認知機能の障害が、新たに起きるかどうか |
| ニューヨークの長寿研究 | 197人(平均84.6歳) | 頭のはたらきの下がり方と、脳のMRI |
| シカゴの研究(亡くなったあとに脳を調べる) | 692人(平均85.6歳) | 脳の中の、認知症につながる変化 |
どのデータも、調べはじめた時点で、認知症やアルツハイマー病ではなかった80歳以上の方が対象です。
分かったこと その1 認知機能の障害が、およそ半分
いちばん大きなデータ(3,989人)の結果です。
3.4〜5.4年のあいだ追いかけたところ、スーパー・ムーバーの方は、そうでない同じ年代の方と比べて、認知機能の障害が新たに起きる危険が、およそ半分(0.49倍)でした。
ここでいう「認知機能の障害」とは、
- 記憶などのテストの点数が、同じ年代の平均よりはっきり低い
- そのうえで、買い物・お金の管理・電話など、暮らしの中のことにも支障が出ている
という状態のことです。「もの忘れが少し増えた」程度のことではなく、生活に影響が出るほどの変化を数えています。

ニューヨークの197人のデータでも、スーパー・ムーバーの方は、記憶も、それ以外の頭のはたらき(考えるスピードや段取りの力など)も、下がり方がゆるやかでした。MRIでは、記憶にかかわる海馬(かいば)の一部の体積が保たれていたそうです。
半分というのは、すごいですね……。
数字だけを見ると、そう感じますよね。ただ、この「半分」は、年齢と性別だけをそろえて比べたものです。学歴や持病、ふだんの運動習慣などの違いは、そろえていません。スーパー・ムーバーの方は、もともと持病が少なく、生活習慣もよい人が多いことが分かっています。「速く歩けること」だけの力とは言えないのです。
分かったこと その2 脳の中は、ほかの人と同じだった
わたしがいちばん興味深いと思ったのは、シカゴのデータです。
この研究に参加した方は、亡くなったあとに脳を調べることに、生前に同意されています。スーパー・ムーバーの方は、生きているあいだ、頭のはたらきがよく、認知症やアルツハイマー病と診断されている人の割合も低くなっていました。
ところが、亡くなったあとの脳を調べると、アミロイドやタウなど、認知症につながる変化の量は、ほかの人と変わらなかったのです。
つまり、脳の中には同じように変化があったのに、頭のはたらきは保たれていた。研究チームは、スーパー・ムーバーの方には、脳の変化があっても「持ちこたえる力」があるのかもしれない、と考えています。

いちばん気をつけたいのは「順番が逆」という可能性
ここは、しっかりお伝えしておきたいところです。
研究チーム自身が、以前の発表でこう書いています。もの忘れなどの症状がはっきり出てくる前、長い人では10年ほど前から、歩く速さが遅くなりはじめることがある。
ということは、こうも考えられます。
- 速く歩くから、頭が保たれる
- 頭(脳)が元気だから、速く歩ける。脳の衰えが始まると、まず歩き方に出る
歩くという動作は、じつは脳がたくさん働いてこなしています。足の運び、バランス、まわりの確認。脳の変化が、歩く速さに先に表れることは、十分にありえます。
じゃあ、歩くのが遅くなったら、認知症の始まりなんですか?
そうとは限りません。 歩くのが遅くなる理由は、ひざや腰の痛み、筋力の低下、心臓や肺の病気、目の見えにくさなど、たくさんあります。むしろ、そちらのほうがずっと多いです。「遅くなったな」と感じたら、不安になるより、まずは体全体を見直すきっかけにしてください。気になるときは、かかりつけ医に相談しましょう。
正直に書いておきたいこの研究の弱いところ
- 観察した研究です。「速く歩く練習をすれば防げる」ことを確かめたものではありません
- 比べるときにそろえたのは、年齢と性別だけです
- 対象は欧米の80歳以上の方で、日本人に当てはまるかは分かりません
理学療法士として現場で思うこと
リハビリの現場で、日々いろいろな方の歩く姿を見ています。
その中で感じるのは、リハビリを続けて歩くのが速くなってくる方は、表情が明るくなり、お話もなめらかになっていくということです。
もちろん、これは私が現場で感じていることで、研究のように数えたものではありません。どちらが先なのかも分かりません。それでも、歩く姿と、その方の元気さは、つながっている。今回の研究を読んで、あらためてそう感じました。
自分の歩く速さを、測ってみませんか
スーパー・ムーバーの基準は、日本人にそのまま当てはめられません。そのかわり、日本で使われているふたつの目安があります。
① 横断歩道の青信号
横断歩道の青信号は、一般に秒速1メートルで歩けば渡りきれるように設定されています(警視庁)。青のあいだに余裕をもって渡りきれるかは、ひとつの目安になります。
② 「秒速1メートル」の目安
筋肉が減って体の力が落ちる「サルコペニア」のアジアの診断基準(2019年)では、6メートルを秒速1.0メートル未満でしか歩けないと、「体のはたらきが落ちている」と判断します。
ご自宅でも、次のように測れます。
- 廊下や公園などで、まっすぐ6メートルの距離をとる(前後に2〜3メートルずつ、助走と止まる余裕をつくる)
- ふだんの速さで歩いて、6メートルにかかった時間を測る
- 6秒より短ければ、秒速1メートル以上です

がんばって速く歩いて測ってもいいんですか?
ふだんの速さで測るのが基本です。無理に急ぐと、転んでしまうことがあります。ご家族がそばで見守りながら、すべりにくい靴で測ってください。数か月に1回くらい、同じ場所で測ると、自分の変化に気づきやすくなりますよ。
時間を測るときは、スマートフォンのストップウォッチでもかまいません。数字の大きい、見やすいものがあると、ご家族と一緒に測るときに便利です。
ストップウォッチ(大きい表示)
6メートルを歩く時間を、ご家族と一緒に測るときに。ボタンが大きく、数字がはっきり見えるものを選ぶと、スマートフォンより手軽に使えます。歩く速さの記録は、数か月ごとに同じ場所で測って比べるのがおすすめです。
いま私たちにできること
繰り返しになりますが、「速く歩く練習をすれば認知症を防げる」とは言えません。研究チームも、そうは言っていません。
研究をまとめたヴァーギーズ先生は、報道の取材に対して、有酸素運動と筋トレ、そして血圧や糖尿病の管理が、歩く力と脳の両方を支えうるという趣旨のことを話しています。つまり、「速く歩けるための体」を保つことが大切、ということだと思います。
- ✅ ふだんの散歩で、ときどき「少し速め」の区間をつくる(信号から信号まで、など。息が弾むくらいで十分です)
- ✅ 足の筋肉を保つ(椅子からの立ち座り、かかと上げなど)
- ✅ 血圧・血糖など、持病の管理を続ける
- ✅ 歩くのが急に遅くなった、つまずきやすくなったと感じたら、かかりつけ医に相談する
- ✅ 数か月に1回、自分の歩く速さを測ってみる
毎日どれくらい歩いているかを知るには、歩数や歩いた時間を記録できる道具も役に立ちます。
ガーミン vivosmart 5
歩数や歩いた時間を、手首につけるだけで記録できます。画面が大きく文字も見やすいモデルです。「今日はどれくらい歩いたか」を数字で見られると、散歩を続ける励みになります。
歩くことが、なぜ脳にとって大切なのか。その理由を、一般の読者向けにやさしく解説した本もあります。
運動脳(新版)
「歩くこと」を含む体を動かす習慣が、なぜ脳によいと考えられているのか。その理由を、一般の読者向けにやさしく解説した一冊です。散歩を毎日の習慣にするヒントになります。
運動習慣を始めたい方は、こちらもあわせてどうぞ。 👉 認知症リスクを45%下げる運動習慣
握る力と脳の関係については、こちらで取り上げています。 👉 「にぎる力」が、脳を守る?
おわりに
80代でもスタスタ歩ける人は、頭のはたらきも保たれやすかった。
とても励みになる結果ですが、「速く歩けば防げる」ではなく、「速く歩ける体と頭は、つながっている」 というのが、いまの時点で言える、いちばん正直なところだと思います。
歩く速さは、特別な検査をしなくても、6メートルとストップウォッチがあれば、ご家庭で分かる数少ない目安です。ご自分のため、そしてご家族のために、一度測ってみてはいかがでしょうか。
参考にした情報
- Jayakody O, Milman S, Barzilai N, Weiss EF, Wang C, Jin Y, Blumen H, Verghese J「Cognitive Aging and Brain Health: A Comparison of Super Movers vs Nonsuper Movers」『Neurology』2026年;107(1):e214776(2026年6月16日オンライン公開) https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/42302219/ (論文の本文は有料のため、この記事は公開されている要旨と、同じ研究チームの学会発表をもとにしています)
- Harvard Health Publishing(ハーバード大学医学部の健康情報)の解説記事、2026年7月 https://www.health.harvard.edu/brain-health/fast-walking-super-movers-may-have-sharper-brains-as-they-age
- 警視庁ウェブサイト(横断歩道の青信号の時間についての解説)
- 長寿科学振興財団 健康長寿ネット(サルコペニアの診断基準 AWGS2019 の解説)
※この記事は一般的な情報提供を目的としたものです。歩く速さが遅くなる理由は、認知機能以外にもたくさんあります。歩き方の変化やもの忘れが気になる場合、また運動を始める場合で持病のある方は、必ずかかりつけ医にご相談ください。 歩く速さを測るときは、転ばないよう、ご家族の見守りのもとで行ってください。